■ 以心伝心
緒方のかんぱーいという発声で、湾岸署刑事課強行犯係主催の宴会が始まった。
事件解決と、真下の子どもを無事救出できたこと、青島と室井の首が繋がったことのお祝いという名目だった。
そのため、刑事課の面々に囲まれて、気まずそうな顔で室井も参加していた。
誘ったのは、一番親しいだろうという理由でその役を押し付けられた青島である。
無理はしなくていいですよと署員には内緒でこっそり後ろ向きに誘ったのだが、室井は少し悩んだものの最終的には参加すると答えてくれた。
事件解決に協力してくれた署員を、上層部代表として少しでも労いたいという気持ちがあったようだ。
俺が行ってもいいのだろうかという葛藤はあったようだが、だめならそもそも誘わない。
湾岸署署員は室井が好きなのである。
他の官僚なら誘いもしないし、誘ったところで来てくれるわけもないことくらい分かっているのだ。
青島が署員の好意を伝えれば室井は戸惑っていたが、彼らが構わないのなら参加しようという前向きな気持ちになったようだった。
達磨での宴会でも、室井の接待係は青島に回ってきた。
中央に位置づけられた室井の席の右隣に座らされても、青島に不満はない。
恋人だから当然だ。
だが、少し気まずい。
それも、恋人だからである。
普通にしていれば室井と付き合っていることなどバレることはないのだが、やはり少しは緊張した。
酒が入って軽くなった口で迂闊なことを口走らないようにしなければならない。
飲み過ぎには注意だなと思いながら、青島は室井のグラスにビールを注いだ。
「室井さん、遠慮しないで飲んでくださいね」
「…ありがとう」
青島の愛想笑いに、室井からは硬い礼が返ってきた。
室井も多少緊張感があるようだった。
「それにしても良かったですね、青島さんも室井さんも無事で」
青島の目の前、室井の左斜め前に座っていた和久が心底安心したように言った。
どんな事情があったにせよ鳥飼がしたことは犯罪だし、責任をでっちあげてまで青島や室井を追い落とそうとしたことは許せないが、鳥飼に対する青島の思いは複雑だ。
おそらく室井もそうだろう。
鳥飼がこれほど強行な手段で警察組織にメスを入れようとしなければ、青島や室井とも共感できる部分が沢山あったはずなのだ。
鳥飼が抱えていた警察という組織に対する憤りは、二人が抱えているそれと大差はなかったはずで、一概に鳥飼が犯した罪を馬鹿なことだと切り捨てることも出来なかったし、罠にかけられたことを単純に恨むことも出来なかった。
それでもやっぱり鳥飼は間違えているし、許すことはできないが、今更恨み言を言うつもりもなかった。
もう済んだことである、という気持ちが青島にはあった。
「俺たち何にも悪いことしてないんだから当然だろ」
笑って肩を竦めて「ねえ?」と室井に振れば、室井も難しい顔で頷いた。
「それは分かってますけど、かなりピンチだったじゃないですか」
「そうそう、完全な濡れ衣だったじゃないですか。青島さん、鳥飼さんに目の敵にされてたんじゃないですか?」
和久の隣に座っていた緒方が、青島さん何したんですかと聞いてくるが、別に何かをした覚えはない。
少なくても、鳥飼自身に何かをした覚えは全く無かった。
「そんなこと聞かれても、俺は知らないよ」
「青島さんのことだから、知らない間に何かやらかしたんじゃないですかあ」
室井を挟んだ向こうから、夏美が悪戯っぽく笑っている。
「言っとくけど、巻き込まれたのは、俺だけじゃないからね」
青島が言ってちらりと横を見やれば、室井はビールを飲みながらこちらに振るなとばかりに眉を寄せていた。
青島一人、酒の肴にされるのは不公平である。
「室井さんは嫉妬でもされたんじゃないのー」
そう言ったのは、室井の目の前に座っていたすみれだった。
最近は銃で撃たれた後遺症が少し良くなっているようで、青島も安心していた。
いい鍼灸院を見付けたのだと聞いていた。
「嫉妬って、何にですか?」
聞いたのは和久である。
「正しいことをしてても信念が貫けるところとか、同じ夢をみる仲間がいるところとか」
後半は青島を見ながら言うから、皆の視線が青島を向いて気まずい。
和久は素直に「なるほどさすが青島さん」と訳の分からない方向に感心しているが、緒方や夏美は「係長と関わるといいことばかりじゃないからなー」と笑っている。
「私だってそう思うけど」
「ちょっと」
上げたり下げたりするすみれに青島は憮然として突っ込んだが、すみれは肩を竦めただけだった。
「何か鳥飼さんの執着の仕方を見てると、青島君と室井さんが羨ましかったんじゃないのかなってちょっと思うけど」
そんなことをしみじみ言われても、青島も室井も反応に困る。
ちらりと視線を投げれば、室井も同じように青島を見ていた。
室井が話題を変えろと訴えてくる。
もちろん口で言ったわけではないが、何となくそれが伝わったから、青島は苦笑した。
「鳥飼さんのことはもういいでしょ、俺たちがどう想像したって本当のところなんか分かんないんだし」
それより、と言って、青島は室井とは逆の隣に座っていた栗山の顔を覗き込んで、優しく諭した。
「こういう時にスマホ弄るの止めようね、栗山君」
ずっと眺めていたスマホから顔を上げた栗山が、小さく頭を下げた。
若いからなのか単に世間知らずな栗山の特性なのか、いまいち社会人としての行動に不安のある男だが、注意しても露骨に反抗的な態度に出るところはないのは助かる。
「そうだぞ、栗山あ」
暑苦しい緒方の説教は嫌なのか栗山は顔をしかめたが、適当に返事をしながら緒方の相手をしていた。
それを潮に話題が散ってそれきり事件の話題は出なくなったから、青島と室井はホッとした。
「室井さん、どうして独身なんですか」
和久とメニューを見ながらつまみを選んでいた青島は、すみれの突っ込んだ質問に耳だけ傾けて苦笑した。
室井はさっきからすみれと夏美に絡まれている。
青島は素知らぬ顔をしていたが、何度か堀炬燵の下で室井に足を軽く蹴られていた。
「…相手がいないからだ」
「えー、官僚なんだからモテるんじゃないんですか?」
夏美ちゃんもうちょっと遠慮しようね、という青島の心の声はもちろん聞こえない。
「モテない官僚だっているということだ」
横目で盗み見れば、室井は眉間に皺を寄せつつも、淡々と応じていた。
「凄い理想が高いんじゃないんですかー」
「それ、すみれさんもじゃないんですか?すみれさんも結婚してないし」
「私?私はそうでもないわよ、私に釣り合う男が中々いないってだけよ」
「それが高いってことなんじゃないのか」
思わずといった感じで室井が突っ込んだから、青島は危なくビールを吹きそうになった。
「どういう意味かしら、室井さん」
「…何でもない」
すみれに睨まれて押し黙る室井が可笑しい。
「どうせなら、お二人が結婚したら良かったのに」
夏美ちゃん、だからそれ地雷。
「止めてよ、私にも選ぶ権利があるんだから」
「こっちの台詞だ」
「室井さんの場合、硬すぎる表情筋が原因なんじゃないですかあ」
「余計な世話だ、君こそ喋りすぎるのが悪いんじゃないのか」
「失礼ね、恋人の前ではおしとやかなんだから」
「猫を被っても、上手くはいかないだろう」
「独身でもうすぐ五十路の室井さんに言われたくないですー」
五十歩百歩な二人の会話に、青島は俯いて笑いを噛み殺した。
足をぐりぐりと踏まれて、なんとか笑いを引っ込める。
横目でじろりと睨まれた青島は、苦笑するとすみれにメニューを差し出した。
「すみれさん、追加オーダーするけど、何がいい?」
すみれさんと夏美がメニューに食い付くと、青島は室井に目で遅すぎた助け船を詫びた。
室井はむっつりしていたが、微かに頷くような仕草をし、グラスを傾けた。
途中で空だと気付いて、手を止める。
青島は今度は声に出して詫びて、店員を呼び止めた。
室井が最近はまっている日本酒を注文し、すみれたちが食べたいというつまみも一緒に頼んだ。
「青島さんと室井さんて、以心伝心ですね」
和久が感心したように言うから、青島はぎょっとした。
「何がだよ」
「だって、さっきから言葉にしなくても意思の疎通が出来てるみたいだし」
いや、確かに何度かアイコンタクトもあったけど、一度は足を思いきり踏まれたんだよ、とは言えない。
「お酒も室井さんに確認せずに注文してたし」
それはつい癖でやってしまったことだから、青島の失敗だった。
「付き合いが長いからね、まあ、何となく」
「それで、飲みたいお酒の銘柄まで分かるものですか?」
和久が不思議そうに聞き返してくるから、そんなわけあるかと思いつつ平然と言い返した。
「それは先に室井さんに聞いてあったんだよ、ねえ?」
「ああ」
室井は無表情に頷いた。
相変わらず嘘は嫌いだし融通のきかない頑固者だが、昔よりも更に芯が強く太くなった室井は、昔ほど青島の適当な嘘に動じなくなっている。
貫禄がついて逞しくなった室井はもちろん愛しいが、付き合い出した頃の四角四面で馬鹿正直な室井も懐かしい。
あの頃はまさかこの歳になっても室井さんと一緒にいるとは考えていなかったなあと、ふと思った。
決して、いずれ別れるだろうと思いながら室井と恋をしていたわけではないが、十年後も寄り添っているという未来を想像できていたかといえばそうではない。
重大なケンカがなかったわけではないし、男同士という不安だってあった。
いつかその時がきたら、離れなければならないのだろう。
そういう漠然とした覚悟が昔はあった。
だが、その覚悟もいつの頃からか意識しなくなった。
今度は、室井が傍にいない未来が想像できなくなったからだ。
未だに密やかな関係は続いている。
こうして、隣にいた。
「さすが青島さん、抜け目ないですね」
和久が誉め言葉なのかどうなのか微妙な感想を漏らしたから、笑いが起こった。
そこは気が利くって言ってよと言いながら、青島はテーブルの下で伸ばしかけた手を止めた。
つい求めるような気持ちのまま手を伸ばしたが、さすがにまずいかと思いなおして微かに苦笑した。
途端に、その手を何かに掴まれた。
何かも何も、掴んでいるのは隣に座った室井の手に決まっている。
指を絡めるようにして、室井が青島の手を握っていた。
青島が反射的に握り返すと、それに満足したようにすぐに室井の手は離れて行った。
室井にしては珍しい、人前での大胆な愛情表現。
誰の目にも触れることのないテーブルの下での一瞬の出来事だったが、青島は嬉しくて緩む顔を誤魔化すように、おしぼりで口元を拭った。
さりげなく室井に視線を向ければ、室井は夏美に何故か子育てのコツについて熱く語られており、困惑した顔をしていた。
青島はどうにも笑いが収まらないから、酔っ払ったふりで栗山の肩に腕を回して絡んでいった。
END
2015.6.27
あとがき
タイトルが物凄くリクエストままですけど(^^;
というわけで、50万HITリクの「会話がなくても伝わる二人」でした。
会話はないけど、結構足を蹴ったり踏んだりしてますね…。
皆の前でひっそりとそんなやりとりしていたら可愛いなあと思って書いたのですが、
40半ばと50目前の人にやらせることではなかったかもしれません(笑)
リクエストくださった方、ありがとうございました!
お粗末様でした!
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