■ all or nothing
「好きです」
青島の告白を聞きながら、これで何度目だったかと室井は思い返していた。
青島は酔ったはずみでうっかり口を滑らせ室井に想いを告げてからというもの、折に触れて告白を繰り返していた。
今も室井の部屋で二人きり、青島が食べたいというから作ってやったきりたんぽ鍋をつつきながら、青島が室井に好きだと繰り返している。
酒は入ってはいるが、泥酔はしていない。
最初の告白以外は、うっかり口を滑らせているわけではなく、自分の意志でそうしている。
一度口を滑らせてしまえば、最早隠しておく必要がないと思っているようだった。
「好きですよ」
臆面もなく繰り返される告白はすっかり耳慣れて、挨拶に近い。
「そうか」
室井の返事もいつも一緒だった。
これ以外の言葉を返したことはなかった。
青島は苦笑したが、わざとらしく唇を尖らせて膨れっ面を作った。
「室井さんはいつもそれしか言いませんね」
「他に言うことがないからな」
「人が告白してんのに?もう少しなんかあるでしょ」
作った不機嫌面で溜め息を吐く青島は、室井のことをもう諦めているのだろうか。
最近では、室井の返事などまるで期待していないようだ。
それどころか、現状の酷く曖昧な関係に慣れてしまったらしい。
「大体さあ、室井さん鈍いですよね」
聞き流されていると知っていながら、好きだと繰り返し酔ったふりで絡んでくる。
青島はそれを楽しんでいるのではないかと、室井は感じていた。
「付き合い長いのに俺の気持ちに全然気付かないし、何回好きだって言っても無反応だし。普通、嫌がるとか迷惑がるとか、なんか反応するもんでしょ。それを、相手にしてないって感じで、しらーっとしちゃってさ」
室井に文句を言いながら、合間にきりたんぽを齧っては旨いと唸っている。
「そのくせ、こうやって部屋に呼んで、飯食わせてくれたりして。一体、どういうつもりですか。複雑な俺の気持ちが分かりませんか?蛇の生殺しってやつですよ。全く本当に鈍いんだから」
酷い言われようである。
ここまで言われれば、室井も我慢しているのが馬鹿らしくなってくる。
そもそも、最近では苦痛で仕方なかったのだ。
青島と二人きりで過ごすことも、好きだと繰り返されることも。
青島は室井が無反応だと言うが、いい加減にしろと怒鳴りつけたくなったことは一度や二度ではない。
青島は一方的に気持ちを告げてすっきりしたのか、今となっては口では色々文句を言うものの、居心地が良いのか大きな顔をして室井の部屋に遊びに来ては、平気で泊まっていく。
もう我慢はしなくていいだろう。
真面目に悩んでいた室井は、すっかり馬鹿馬鹿しくなった。
「鈍いのはどっちだ」
室井が席を立つと、青島は目を丸くした。
露骨に顔色が変わる。
「なに、やっぱり迷惑でした?」
ぎこちない笑みに青島の動揺が伝わるが、構わず室井は青島の隣にどっかりと腰を下ろした。
「迷惑なら、わざわざ自宅に招いたり、泊めたりすると思うか」
ほとんど睨み付けるようにして尋ねれば、青島はその迫力に圧されるように僅かに怯んだ。
「それは、室井さんの人がいい…もとい、優しいからでしょ」
「俺は別にお人好しではないし、付き合いが良い方でもない」
「じゃあ、同情かな」
「同情できりたんぽを作ってやるほど、暇じゃない」
「趣味なんでしょ?前に、作るのが好きだって言ってたじゃないですか」
「昔はな。今は忙しくて、滅多なことじゃ作らない」
「ええと…良く分かんないですけど、つまり?」
「だから、君のために、わざわざ手間かけてきりたんぽ作ったり、旨い日本酒を秋田から取り寄せたり、局長の誘いを断って予定を開けておいたりしていると言ってる」
噛んで含めるように言えば、青島が目を丸くした。
「え?ええ?なに?局長?ちょ、ちょっと、そっち優先してくださいよ!何してんすか!」
室井がこれまで仕事を除けば彼の誘いを最優先にしていたことなど、寝耳に水の青島は慌てているが、室井は平然としたものだ。
「君の誘いの方が魅力的なのだから、仕方ないだろ」
どんどんと青島の目が真ん丸になっていくのが、見ていて面白い。
「…何言ってんですか?」
全く理解ができていないらしい青島に、室井は呆れた顔をした。
「だから、どっちが鈍いというんだ」
何故分からないと言えば、青島の顔に初めて照れのようなものが浮かんだ。
それでも、まだ訝しげである。
室井の気持ちがはっきりと見えていないのだろう。
見せてこなかったのだから当然だが、今までの室井の態度に何の疑問も持っていなかったのだとしたら、青島はやっぱり鈍いと言えた。
告白された相手をその気もないのに部屋に呼ぶ人はいない。
「だって、室井さん、俺に何も応えてくれなかったじゃない」
焦ったように青島が言うが、室井は相変わらず淡々としていた。
「泥酔して呂律の怪しい告白を簡単に信じられるか」
泥酔していて呂律は回っていなかったが、最初の青島の告白に室井も喜ばなかったわけではない。
ただ、室井は青島よりもずっと慎重で、真剣だった。
青島の告白が本気だったのか、自分の想いと同じなのか、見極めないと動けなかったし応えられなかった。
「そりゃあ、初めは酔った勢いでしたけど…俺、その後も何回も好きだって言ってるじゃないですか」
それで信じてくれても良かったのではないかと言う青島に、室井は真顔でずばりと言った。
「信用できなかった」
「ひでえなあ」
さすがに青島がぼやく。
告白を信用できないと言われれば、青島でなくても怒るだろう。
「別に君の気持ちを疑ったわけではない。今現在の気持ちはな」
「それって、俺がすぐ心変わりするんじゃないかって意味ですか?」
どっちにしろ失礼な話だと思っているのか、青島は眉をひそめた。
「そういう意味ではない」
どう説明しようか、室井は迷った。
好きだと本心から思ってくれているから、男であり上司にあたる室井に告白してくれていたことは理解していた。
初めは酔ったはずみでの失言だとしてもその想いに嘘があったとは思っていないし、それからはある程度青島なりに腹を括って室井に想いを告げていたはずだ。
酔いを理由に忘れたふりをせず、からかっただけだと冗談にもしなかったということは、そういうことだと理解していたが、それが室井と同じ腹の括り方なのかどうかが、室井には判断がつかなかった。
自分が彼を想う強さで想われないと満足しないなどと傲慢なことを要求しているわけではない。
ただ、青島の本気を量りかねた。
だが、もう青島の腹を探るのはやめにした。
青島が好きだと想いをぶつけてきのだから、室井が遠慮する必要もない。
遠慮のない青島に遠慮するのが馬鹿馬鹿しくなったとも言う。
室井は青島の手を握った。
「君と付き合うなら、俺は一生離さないぞ」
青島が目を剥いた。
手を握ったからか、室井の宣言にか、あるいはその両方に驚いたのかもしれない。
「一生添い遂げる覚悟があるか?」
ぽかんと室井を見つめていた青島だが、思わずといった感じで呟いた。
「重い、重いよ、室井さん」
「何が」
「何がって…その、恋愛観が、重いです」
まるで「結婚を前提にお付き合いしてください」と言っているようなものだ。
青島の言う通りだが、室井は改めるつもりはない。
「放っておいてくれ、性分だ」
「それはそうでしょうけど」
「大体、一度手にいれたら、離してもらえるなんて思う方が間違えてる」
「ええ?」
「どれだけ惚れてると思ってる、俺は生涯くらいかけるぞ」
今度こそ、呆気に取られたように青島は絶句した。
室井が青島の想いにすぐに応えられなかったのは、これが理由だった。
上司と部下の枠を越え、心も身体も繋いでしまえば、室井には青島を手放せる自身が全くなかった。
今でさえ、彼に対する執着は尋常ではないと自覚している。
それが例え仕事であっても、仮に他に頼れる人がいなかったからだとしても、青島に信用されて頼りにされれば嬉しかったし、何としても青島の想いに応えようと思った。
青島に期待されるだけで興奮し奮起してしまう自分を、どうやって冷静に保とうかと苦労するほどだった。
あまりにも強すぎる執着心に、それが恋心によるものだと気付くのに随分かかった。
これほど強烈な感情を誰かに向けたことなどなかったからだ。
片想いの時ですらそんな有り様だったのに、両想いになって恋人になろうものなら、自分がどうなるのか空恐ろしい。
なのに、青島はのほほんと室井を好きだと繰り返す。
愛しさ余って憎さ百倍。
何度か青島を張り倒したくなっても、俺が悪いわけではないと、室井は真剣に思っていた。
「それで、どうする」
絶句したまま固まっている青島に、室井は素っ気なく尋ねた。
言葉はぶっきらぼうだったが、青島の手を両手で握りしめて離すまいと行動で示す。
「どうって…」
「俺に一生を寄越す気はあるのか?」
かなり傲慢な言いぐさになったが、これまで我慢した分室井も開き直っていた。
それくらいの覚悟をしてもらわなければ、青島にはきっと自分の気持ちを受け止められない。
本気でそう思っていた。
呆けていた青島の眼差しに、力が戻る。
挑むような意志の強い眼差しは、室井の好きなそれだった。
「見くびらないでくださいよ」
握っていた青島の手に力がこもり、強く握り返された。
「望むところです」
ニッと歯を見せて笑う青島に、室井は背中が震えるのを感じていた。
青島が室井に生涯を誓う。
心のどこかで、そんな日が来ることは生涯ないと思っていたのかもしれない。
「こっちこそ離してあげませんから、覚悟してくださいね」
笑ってそんなことを言う唇に、我慢できずに噛みついた。
END
2015.4.19
あとがき
久しぶりのまともな更新ですが、室井さんが相変わらずです(笑)
ゼロか百かという極端な室井さんになってしまいました。
室井さんはいつでも警察官僚として責任を取るための覚悟の辞表と一緒に、
青島君との婚姻届を胸にしまってあるんだと思います。
何を言っているんでしょうか。
久しぶりの更新で何を書いたらいいもんだか、分からなくなりましたが(笑)
次は、止まりに止まっている連載の続きを更新したい…
お粗末様でした!
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