夢から覚めても


ぼんやりとした視界に、青島らしい人影を見た。
「あ、目が覚めました?良かった」
青島らしき人影が、青島らしい声で何かを話しているが、室井はそれを青島だとは思わなかった。
だって、青島が室井の部屋にいるはずがない。
自分がいる場所を正しく認識していたわけではなかったが、横になっているからには自宅に違いなかった。
「急に倒れるから心配しましたよ。もー、具合悪かったんなら、無理しちゃだめですよ」
青島が室井を心配して何か話しかけてくるが、室井の頭には入って来なかった。
青島の声を聞き逃したくなくて必死に耳を傾けようとするが、どうしたことか一つも理解できない。
不可解な現象に戸惑ったが、唐突に理解した。
―そうか、これは夢か。
当たり前だ。
青島が室井の傍にいるはずがなかった。
相手は友人でもなければ恋人でもない。
同じ職業についているとはいえ、職場すら違った。
会いたいとどんなに願っても、湾岸署で事件でも起こらない限り、室井が青島に会えるはずがなかった。
だから、これは夢だ。
室井の願望が見せる都合の良い夢。
「話し聞いてる?室井さん…てか、本当大丈夫ですか?」
何故か額に向かって伸びてきた青島の腕を掴むと、室井は力強く引っ張った。
強く引っ張ったつもりだったが、思うようにその身体を引き寄せられない。
夢だからか。
夢くらい、自由にできてもいいだろう。
「む、室井さん?どうし…」
すがるように腕を掴まれ動揺している青島に気付くこともなく、室井は更に力を囲めて腕をひいた。
今度は青島を引き寄せることに成功した。
迷うことなく、抱き締める。
夢にしてははっきりとした感覚に、室井は堪らなくなって青島に口付けた。
起きたらきっと虚しい気持ちになるだろうが、そんなことは構わなかった。
せめて夢でくらい、青島が欲しかった。
抱き締めた身体を自身の身体の下に敷き、欲望のまま舌を入れれば、青島が思い出したように抵抗した。
「ちょっと待って室井さん、寝ぼけてる、寝ぼけてますって」
室井の胸を叩いて抗う青島だが、顔は真っ赤で目が潤み、室井を嫌悪している雰囲気はない。
夢だから、これも室井の浅ましい願望だ。
室井は優しく青島にキスをすると、胸を叩いていた手をそっと握った。
「好きだ」
抗っていた青島がぴたりと動きを止めた。
夢ならこんなに簡単に告げられるのに。
室井は自嘲しながら、再び青島の唇を塞いだ。
舌を絡めると、今度は青島も応えてくれる。
夢とはなんて素晴らしいのだろうか。
室井は青島に夢中で口付けながら、青島のシャツのボタンを外し手を滑らせて素肌に触れた。
想像していたよりずっと、ひんやりとした身体だった。
首筋にキスをして、手と唇で青島の感触を確かめた。
「待って、待って、室井さん」
青島が抵抗しないままに、言葉だけで室井を止めた。
室井は眉を寄せながら、祈るように肌に吸い付いた。
「俺を拒まないでくれ、頼むから」
せめて夢の中でくらい、俺を受け入れてくれ。
そう祈りながら、青島に触れた。
「ほ、本当に?本当に室井さん、俺が好きなの…?」
「ああ、好きだ。好きで好きで堪らない」
夢とは、本当に都合が良く出来ている。
死んでも言えないと思っていた言葉がすらすら口を吐いたし、現実の青島に言えば幻滅されそうな告白をしたにも関わらず青島は室井を抱き締めてくれた。
こんな夢を見て青島に申し訳ないと思う余裕もない。
室井は溺れるように青島の身体に触れた。
「ん…マジですか、ねえ…信じますよ、俺…真に受けますよ」
「ずっと信じていてくれ、俺は君に嘘など吐かない」
これまでだって信じてやってきたじゃないか。
これからだって俺を信じていてほしい。
青島の信頼があるから頑張れる、諦めずに闘えるのだ。
青島がいなければ、室井にはきっと何も残らない。
警視総監を目指すのは自分の意志だが、その意味は青島が持っている。
「青島が俺の全てだ」
小さく微笑んで見下ろせば、青島は真っ赤な顔をしていた。
「くそ…っ、俺、もう知りませんからね、あ、アンタ、熱で頭ぶっ飛んでるみたいだけど…後から後悔したって知りませんから…っ」
青島が何かを叫んだが、室井の頭には響かない。
だって、青島が室井の頬を鷲掴みにして、唇を合わせてくるのだ。
言葉の意味など、考える必要はない。
室井は恍惚としながら、青島の唇を貪った。
そこからは、まさに夢の中だった。




額に冷たい何かが触れて、室井は目を覚ました。
「あ、目が覚めました?」
何故か、青島が見下ろしていた。
しばし凝視していたが、どれだけ見つめようともそれは姿形を変えることなく、青島俊作で間違いなかった。
思わず室井が飛び起き上がると、青島は慌てたように手を退いた。
その手には濡れたタオルがあった。
「少し熱下がったみたいだけど、まだ結構熱いから寝てた方がいいですよ」
親切な忠告をくれるが、室井には訳が分からない。
「青島、なんでここにいるんだ?」
室井が眠っていたのは、見慣れた自室のベッドだった。
それならば、青島がここにいるはずがない。
室井の真っ当な疑問に、青島は少し呆れた顔をして苦笑した。
「やっぱり覚えてない」
そうだと思ったと溜め息を吐いたが、青島は事情を説明してくれた。
「室井さん、今朝本庁のロビーで倒れたんですよ。覚えてない?」
言われて、今朝のことを思い返す。
今朝は起きたときから体調が悪かったが、ただの風邪だろうとさして気にもせず登庁した。
ところが、通勤途中に段々と体調が悪化し、本庁につく頃には意識が朦朧とするようになっていた。
ふらつくような足取りで本庁に到着した室井は、そこで誰かに呼び止められた。
振り返ったところまでは覚えているが、そこからの記憶がない。
「びっくりしましたよ、声かけた途端に室井さんがひっくり返るんだもん」
青島が溜め息交じりに言うから、室井も驚いた。
あの時、声をかけてきたのは青島だったのだ。
「課長のお供で本庁に行ってたんです。そしたら、室井さんがいたから」
咄嗟に声をかけた相手がいきなり倒れたのだから、青島もさぞかしびっくりしたことだろう。
「それで、君が自宅まで送ってくれたのか…」
「ええ、まあ」
「そうか、世話をかけたな」
すまないと頭を下げれば、青島は曖昧に首を振った。
「気にしないでいいですよ、俺が好きでしたことだし」
思わずぴくりと身体が反応してしまったが、青島の好きという言葉に他意などあるわけがない。
室井に気を遣わせないように、そう言ってくれただけだ。
だが、この礼を口実に、食事に誘うことくらいは許されるだろうかと、図々しいことを考えた。
それ以前に、まだ満足に礼も伝えていなかった。
「とにかく、世話をかけた。ありがとう」
「いえ、あの」
「この礼は、また改めて」
「いや、そんなことはどうでもいいんですけど…」
そう言いつつ、何か言いたげな青島に、室井は首を傾げた。
「どうした?」
「室井さん、他に忘れてることないですか?」
青島がじっと見詰めてくるから、室井はたじろいだ。
どこか責めるような視線の強さだった。
意識を失って部屋まで運ばせた挙げ句に、更に迷惑をかけたのだろうか。
室井は短い時間に必死になって記憶を探した。
青島がここにいる理由は分かったが、それ以外で思い出せることがない。
いや、待った。
青島かここにいる。
青島か室井の部屋にいることなど初めての経験のはずなのに、室井は既にこの非現実を経験している気がした。
そうだ、夢だ。
夢を見た、青島が傍にいる夢。
抱き締めてキスをして好きだと告げた、あり得ない夢。
あり得ない夢のはずだった。
室井は目を剥き青島を見詰めた。
「あ、青島、俺は、君に、まさか、その」
動揺があからさまな室井の声に、青島が笑った。
「あ、やっと思い出した」
笑ったその顔はとても嬉しそうだったのだが、顔から血の気が退いた室井にはそれに気付く余裕はなかった。
ベッドの上で勢い良く頭を下げた。
「すまない、俺はなんてことを…っ」
「待って、待って、室井さん」
慌てた青島が室井の肩を掴み、顔をあげさせる。
室井は熱のせいではなくグラグラする頭を必死に起こし、真剣な眼差しで青島を見詰めた。
「夢だと思っていたんだ、やったことの言い訳にもならないが」
夢だと思ったから、青島にキスをしたし、その身体にも触れた。
青島の意思を無視して、室井の望むままに。
夢でなければ、絶対に出来ないこと、してはならないことだった。
「俺は…君に無理強いを…」
室井は更に顔を青ざめさせた。
正直、未だに夢と現実の区別がついておらず、青島に何をどこまでしてしまったのか分からなかった。
ただ、沢山キスしたことだけは、はっきりと覚えていた。
唇だけではなく、身体のあちこちにキスをした。
その感触を唇が覚えていた。
室井の熱は上がる一方だった。
「もう…本当に覚えてないんだなあ」
呆れた口調だったが、青島に怒っている雰囲気は見られなかった。
だが、だからといって、何事もなく許されるはずがない。
熱のせいではあれど寝惚けて仕出かしたことで、青島を失うことだけは嫌だった。
また頭を下げようとした室井を制するように、青島が室井の手を握った。
そして、何かが唇に軽く触れる。
「ま、こうなるんじゃないかと思ってましたけど」
固まった室井の顔を覗きこむ青島は、笑っていた。
「心配しなくても、無理強いなんかされてませんよ」
「し、しかし、俺は、君を」
「言っときますけど、最後まではしてないですからね」
青ざめていた室井の顔に赤みが戻ってくる。
青島も少し照れくさそうにはにかんだ。
「室井さんは、ええと、そのー…俺を気持ち良くしてくれただけでしたよ」
いくらか気恥ずかしそうな青島が言葉を選んで教えてくれたことによると、室井は青島にキスしてその服を脱がし、あちこちに手や唇で触れて愛撫したが、それで青島を満たすと満足そうにしてそのまま眠ってしまったという。
呆気に取られた青島は、とりあえず室井を布団に戻し、ちゃんと服を着直して、看病に当たってくれていたようだった。
「そうだったのか…」
乱暴を働いたわけではなかったようなのでその点については安心したが、室井が強引に迫ったことは間違いない。
室井が思い出せる範囲で思い返してみても、驚き困惑していた青島に好きだ好きだと気持ちを押し付け、強引にのし掛かったように思う。
青島はきっと、病人の室井に強く抗えず、流されてくれただけだろう。
「どちらにせよ、申し訳ないことをした…」
その態度から、青島が怒っていないことも、嫌悪していないことも分かったが、謝らずにはいられなかった。
青島は今度こそ呆れ果てた顔をしていた。
「室井さん、まだ寝ぼけてんの?ちゃんと起きてる?」
「お、起きている、大丈夫だ」
「なら、分かるでしょ、謝る必要がないってことくらい」
青島が軽く揺さぶるから、手を繋がれたままだったということに、やっと気が付いた。
そういえばさっき、青島が何かしなかったか。
手を繋ぎ、唇が重なった。
あれは、キスではなかったか。
「青島、なんで、何故キスなんか」
大分遅れた湧いた疑問に、青島はとうとう吹き出した。
「んなもん、室井さんが好きだからに決まってんでしょっ」
目を剥いた室井に、青島が笑ったまま口付けた。
室井は何がなんだかわからなかったが、青島の手を強く握り返していた。










END

2014.8.18

あとがき

私が書いた中でも一番のどうしようもない感じの室井さんになりましたね(笑)
青島君が好きで好きでしょうがないということで許してください…

この後、一旦仕事に戻り、夜になって様子をみに戻ってきた青島君を見て、
室井さんはやっと現実だと受け入れるんだと思います。




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