■ 曖昧で幸せな夜
玄関で靴を脱いでいると、後ろから腕を掴まれた。
ふらつく身体を抱き寄せられて、青島はされるがままになりながら笑った。
その唇を室井に塞がれる。
くぐもった笑い声が漏れたが、室井は気にする様子もなく、何度も口付けてきた。
青島ももっとしたくて片手で室井の頭を抱くが、身体に力が入らず思うように貪れない。
室井も壁に手をつき身体を支えながら片手で青島を抱いているが、同時に靴を脱ごうとするから足元が危うい。
抱かれている青島も一緒にぐらぐら揺れており、ちょっと押されれば廊下に転がりそうだった。
「ん、ん…ころ、転ぶ、転ぶよ、室井さん、押さないで、転ぶって」
わははと笑う青島の唇らへんに、室井の唇が当たる。
最早唇の狙いも定まらないのだ。
そんなことはお構いなしに室井は青島を離さないし、青島も室井の勢いに押されて転ぶ転ぶと楽しげに笑っているだけだ。
二人ともすこぶる酔っ払っていた。
一緒に泥酔するのも珍しいが、そんなことも今の二人にはどうでもよいことだ。
酔っ払っているのかどうかすら分からない、頭にない。
二人とも何とか靴を脱ぎ部屋に上がるが、そうしたところで状況はあまり変わらない。
青島が室井の手をとり指を絡めれば、室井はその手を握り返し飽きずにキスを仕掛けてくる。
夢中で絡めていた舌を、強く吸われて青島はまた笑った。
なんだかとにかく楽しかった。
甘えるように繋いだ手も、ひたすら奪われる唇も、互いの身体に回されたもどかしげな腕も、ぐらぐらしておぼつかない足元も、嬉しくて楽しくて仕方がない。
ただの酔っ払いである。
「室井さん、ベッド、ベッドいきましょう」
「ああ、そうだな」
そう言いながら顔を寄せてくる室井にあははと笑いながらキスをして、青島は室井の手をひき寝室に向かった。
向かう最中もキスをしたり抱き合ったりしているものだから、ベッドは思ったよりも遠かった。
寝室に入った途端、室井がほとんど突き飛ばすような勢いでベッドに押し倒してきた。
「あたた」
「すまない」
一応謝りながら乗りかかってくる室井に、青島は痛いよと言いながら抱き付いた。
相変わらず笑いっぱなしである。
手荒い扱いも、今日ばかりはひたすら楽しい。
「室井さんがっつきすぎ」
「すまない」
素直に謝るわりに、室井は両手で青島の頬を鷲掴みにし、深くキスをしてくる。
貪られているというのに、青島はどうにも笑いが止らない。
唇が離れればケラケラ笑う青島を気にもせず、室井は青島のシャツを乱し首筋に顔を埋めた。
熱い吐息や湿った舌が気持ち良くて、青島は目を細めた。
「気持ちいいです、室井さん」
「そうか」
「もっとして、もっと触って」
「いくらでもしてやる」
室井が青島を見下ろして笑った。
いい笑顔だなと、ぼやけた頭で思った。
「おめでとう、青島」
珍しい室井の全開の笑顔は、青島のためだけに浮かべられたものだった。
「ありがとうございます」
青島が笑みを返せば、それだけで室井は何故か満足そうだった。
青島は心も身体も堪らなくなり、早く早くと室井を誘った。
「室井さん、プレゼントください」
「うん?」
「プレゼント」
とんと室井の胸を叩き、愛しげに頬を包み、うっとりと笑う。
「俺に室井さんください、いっぱい、全部、俺に」
まとまらない日本語で、だけど確かに全部くれと訴える青島に、室井はらしくもなく目尻を下げた。
「ああ…お前が望むだけ、くれてやる」
再び愛撫が始まる。
首筋がチクリと痛んだような気がしたが、青島は嬉しげに室井の頭を抱いた。
朝日などとっくに昇りきり、明るい日差しがさす部屋の中。
どんよりした顔の男が二人、ベッドの上にいた。
「えーと…室井さん」
「…なんだ」
室井の顔が険しい。
いつも大体眉間に皺を寄せているが、今日は若干深いように感じる。
二日酔いかもしれない。
青島もそうだから、きっとそうに違いない。
痛むこめかみを指先で揉みながら、青島は曖昧に笑った。
「夕べのこと、覚えてます?」
「君の部屋に着いた辺りまでは」
「俺よりはマシですね」
青島の昨夜の最後の記憶は、店を出た辺りでストップしていた。
それを室井に言うと、室井も眉間を指で押して小さく溜め息を吐いた。
「羽目を外し過ぎたな…」
二人揃って記憶がないことも珍しかった。
そもそも室井は酒に強いから、酒を飲んで記憶を無くすこと自体が珍しい。
一体どれほど飲んだのだろうか。
店を出る前の記憶から大分怪しい青島だが、どっちみち精算したのは室井のはずだから、掛かった金額すら分からない。
だが、昨夜の行状を鑑みれば、飲み過ぎは間違いない。
ろくに記憶がないにも関わらず夕べの行状が分かるのは、記憶になくとも身体に残っているからだ。
青島はアンダーシャツは着ているものの下は裸というだらしのなさだし、それにも関わらず室井はシワシワのワイシャツを着たままで、スラックスすら脱いでいない。
一緒に眠っていて、片方だけ半裸になるような眠り方はまずしない。
青島は布団の下の心許無い下半身に半笑いになった。
「夕べって、やりましたっけね?」
中々に最低な確認だが、室井も呆れはしなかった。
だって、室井も覚えていない。
「挿れてはいないと思うんだが」
険しい顔で、室井がぼそぼそと言い辛そうに呟く。
「その、どんな具合だ?」
聞かれている意味を悟り、青島はさすがに照れてはにかんだ。
「あー、何ともないみたいですよ。うん、大丈夫」
酔いに任せて無理矢理こじ開けられたとしたら当然痛みがあるだろうし、そうではなくいつものように丁寧な愛撫を受けていたとしても翌日には多少の違和感が残る。
今の所何も感じていないから、そこを開かれてはいないはずだった。
「そうか」
ホッとしたように息を吐く室井も、青島に無体を働いたわけではないと知り安堵したようだ。
やはり、室井も何も覚えていないのだ。
二人揃ってどうしようもない。
二人揃っていることが、ある意味救いではあるが。
「何にも無かったわけでもないみたいですけどね」
青島が苦笑すると、ちらりと青島を見た室井も苦笑した。
「…そうだな」
室井はほとんど脱いでいないが青島は半裸であり、しかもざっと身体を眺めてみれば、室井が残した行為の痕が無くも無かった。
一体何をどこまで致したのかは分からないが、少なくとも布団に入り黙って眠ったわけではないようだ。
事実、途中で力尽きはしたものの、かなり夢中になって求め合っていたのだが、一夜明けた二人には愛し合った記憶など遥か彼方であり、残ったのは二日酔いだけである。
この時の二人はまだ知らないが、玄関には乱暴に脱ぎ捨てられた二足の靴が転がり、廊下には邪魔だとばかりに放り出された鞄やコートが落ちている。
一目散にベッドに向かったのだと匂わせる、昨夜の二人の足跡が残っていた。
青島は何故かヒリヒリする二の腕を軽く撫ぜ、指に触れる皮膚に違和感を覚えそこを覗きみ、二の腕に残る室井の愛撫の痕を見つけた。
「室井さんて、噛み癖ありましたっけ?」
室井に向かって腕を上げ、くっきりと歯形が残っている二の腕を見せた。
皮膚が切れた様子はなく血が流れた痕もないが、かなり強く噛まれたのか、きれいな歯形がついていた。
室井に歯形をつけられたのは初めてのことだった。
そのせいか、室井も困惑していた。
「俺がつけたのか、それ」
「でしょうね、二の腕なんか自分じゃ噛めませんから」
「…すまない」
「いいですよ、別に」
「首にもついてる」
「え?」
青島が目を丸くすると、室井が気まずそうな目を首筋に向けて指を差してきた。
指された右の首筋に指で触れてみれば、二の腕と同じような感触があった。
今更ながら若干痛い気もした。
実は脇腹にも同じような痕がついているのだが、この時はまだ気付いていなかった。
「初めてですよね、噛まれたの」
青島は純粋に驚いて言っただけだが、室井は益々気まずそうに目を伏せ「すまない」と繰り返す。
別に怒っているわけではない。
もしかしたら素面で噛まれれば結構痛くて怒っているかもしれないし、血が出るほどの傷であれば間違いなく怒るだろうが、酔いに任せた戯れで噛まれたことを怒る気にはならなかった。
むしろ、室井を愛しく思う。
「お腹でも減ってたんですか?」
青島がからかうように言うと、室井は眉間に皺を寄せた。
「覚えていない」
「ですよね、俺も噛まれたこと覚えてないもん」
俺の事食う気だったんですかと渋面の恋人をからかいながら、青島は気分が良かった。
噛まれて気分が良いというのも可笑しいし、痛いことをされるのが好きなわけでもないが、無意識につけられた歯型も意味合い的にはきっとキスマークと大差ない。
軽い痛みも立派な所有印の一つかなと思えば嬉しかった。
「すまない」
「いいってば、大して痛くないし」
「良くは覚えていないが、食ってしまいたいという欲求はあった気がする」
「おっと…激しい告白ですね」
改まって言葉にされれば照れくさく、青島は笑って誤魔化したが、室井は真顔だった。
真顔で青島のせいにしてくる。
「君のせいだ」
「ええ?」
「俺を煽るからだ」
「俺が煽ったって…夕べのこと、覚えてんの?室井さん」
「覚えていないが、欲しくて欲しくて堪らなかったことだけは覚えてる」
睨みつけるように言われて、青島は呆気にとられた。
しかもすぐに「いや、自制がきかない俺が悪い。すまなかった」とまた謝られるから、生真面目なのか頑固なのか分からない室井に少し呆れた。
だけど、その呆れも含めて愛しいのだから、青島も大概だ。
青島は苦笑すると、室井に向かって腕を伸ばした。
布団から出ると下だけ裸という間抜けな格好になってしまうので、腕だけ伸ばして室井を求める。
室井はすぐに応えて、抱きしめてくれた。
「もう謝らないでくださいよ、痛くないし」
「そうか」
「ちょっと嬉しかったし」
「…噛まれてか?」
「そう言われると、ヘンタイみたいでイヤなんですけど」
青島は笑いながら室井にキスをした。
「室井さんが残してくれる痕なら嬉しい、って話ですよ」
室井は目を細めて青島を見つめると、それならいくらでもと言って青島の首筋に顔を埋めた。
とはいえ、今の室井に強く噛みつく気はさらさらないようで、施されたのは甘噛みだった。
痕にはならないだろうが、愛しげに触れる唇や軽く食い込む歯に青島はゾクゾクした。
これはこれで、「痕」には違いない。
心に食い込む痕は、身体に食い込む痕よりも嬉しい。
「青島」
耳元で室井の声がして、青島はいつの間にか閉じていた瞼を持ちあげた。
「ん?」
「誕生日おめでとう」
そういえばそうだったなと、今更思い出す。
夕べ羽目を外すほど室井と飲んだのは青島の誕生祝いであり、今日が青島の誕生日だった。
なんとか休暇をもぎ取っておいて本当に良かったと思う。
昨夜も目一杯お祝いしてもらったはずなのだが、残念ながら半分くらい覚えていない。
幸いなことに、今日一日は、室井も青島のために開けておいてくれている。
飛んでいる夕べの記憶を二人で思い出してみるのもいいかもしれない。
思い出せないなら思い出せないでも構わない。
その時は、もう一度思い出を作るまで。
「ありがとうございます」
青島は室井の首に腕を回して、誘うようにベッドに横になった。
室井も抗わない。
愛しげに見下ろしてくる男にキスを送って、青島は笑った。
「室井さん、プレゼントください」
二人とも聞き覚えのある台詞だなと一瞬思ったが、思っただけでそれ以上は考えもしなかった。
END
2013.12.12
あとがき
一日フライングですが。
青島君、お誕生日おめでとうー!!!
嬉しくて楽しくて盛り上がり過ぎて記憶が飛ぶ夜もあるでしょう(笑)
ということで、羽目を外した青島君の誕生日話でした。
二人とも途中で寝ちゃったようですが。
翌朝リベンジ!
元気だな!(笑)
今年のお誕生日も、室井さんに目一杯お祝いしてもらってください。
祝うんだ室井さん!
おめでとう青島君!!
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