変わるもの変わらないもの


会議を終えた室井が席を立ち会議室を出ると、新城が後を着いてきた。
二人とも現在は警察庁所属であり、顔を合わせる機会が増えていた。
昔のように、ライバル心剥き出しの新城が突っかかってくることもない。
官房審議官にまで出世した室井に対して、ある程度の敬意を払ってくれていることも感じられた。
「やはり足並みは揃いませんね」
新城はそう言ったが、そもそも警察機構の隠蔽体質が一朝一夕に変わるわけがないと思っていたのか、落胆しているようではなかった。
もっとも、落胆している新城というのも、あまりお目にかかったことはない。
「予想はしていた」
室井は前を見据えたまま言った。
簡単に事が運ばないからといって、室井も落胆することはなかった。
警察組織改革審議委員長に就任し組織の改革に乗り出してはいるが、閉鎖的で保守的な警察上層部の考え方は、室井も嫌というほど分かっている。
自身の警察官としての人生のほとんどを、それとの戦いに費やしてきたと言っていい。
そのたび降格や左遷という憂き目もみた。
そこまでしても警察の体質を変えることは難しかった。
だが、だからといって、諦めるつもりは更々ない。
「時間は掛かるだろうが」
「はい」
「方法を考える」
「ええ、そうですね」
新城から至極素直な同意が返ってきて、室井はちらりと新城を振り返った。
昔の新城であれば、いい加減現実を見ろと嫌味の一つも口にしたことだろう。
思えば、この男も随分と変わった。
相変わらず気が合うとは思わないが、それでも警察官としては同じ場所を目指しているように感じていた。
「何か?」
室井の視線に気付き涼しげな眼差しを寄越す新城に、まさか「嫌味がないから落ち着かない」とも言えない。
「いや」
それだけ返して、また前を向いた。
「ところで」
新城が話題を変えた。
「なんだ」
「青島は相変わらずですか」
再びちらりと視線をやると、新城は微かに笑っていた。
若干の他意を含んだ笑みに、室井の眉間に皺が寄った。
どこまで気付いているのか知らないが、新城は時々室井に青島の話題を振ってくる。
振られても、室井に答えられることは多くない。
青島と個人的に深い付き合いがあることなど、誰かに打ち明けるつもりは無かったし、その必要も感じなかった。
極端な言い方になるが、若い頃には例え青島との関係を誰かに知られたとしても愛があるから大丈夫だと言い切れたが、今は少し考えが変わっている。
もちろん知られたからと言って別れるつもりは無いが、仕事がし辛くなるのは目に見えている。
好奇の視線に晒されることになるのはまだしも、青島との間にいらぬ波風を立てるような真似をわざわざしたいとは思わない。
関係を続けたければ、秘密は守るに越したことはない。
今はそう思っていた。
だから、新城の物言いたげな目線も、いつも気付かぬふりで無視をしている。
幸いなことに、新城も突っ込んだことは聞いては来ない。
もしかしたら、知りたくもないのかもしれない。
新城には室井と青島のプライベートなど関係がないのだ。
新城にとって興味があるのは、室井が警察官僚として役に立つかどうかである。
「あの男が変わることなどないだろう」
青島だって様々な経験をし歳を重ねた分、考え方や生き方に変化が全くないわけではない。
それでも、根本的な部分は変わりはしない。
相変わらず、変わらぬ信念を胸に抱えて闘っている。
室井はそれを知っていた。
淡々とした室井の回答に、新城は鼻で笑った。
「確かに」
「何故青島を気にする?」
「また暴走でもされて、室井さんの足を引っ張られては困りますからね」
案に「気をつけろ」と釘を刺されているようだ。
余計な世話だと思うし、青島が暴走して見える時、そこには大抵ちゃんとした理由があり正義があった。
それに共感する限り、室井は青島と一緒に身体を張るだろう。
クビをかけてでもだ。
「その時はうまくやろう」
しれっと答えたら、新城は鼻白んだようだが、それ以上何も言わなかった。
不意に室井の携帯電話が鳴った。
足を止めた室井に黙礼し、新城はエレベーターホールに向かって行った。
ひっそりと溜め息を吐いてそれを見送り、携帯電話を取り出すとディスプレイを見て眉をひそめる。
どこかで話でも聞いていたのだろうかと馬鹿なことを思いながら、通話ボタンを押した。
「はい」
『あ、お疲れ様です』
「お疲れ様、どうした?」
『今、大丈夫ですか?』
大丈夫だと答えながら、ひと気を避けて廊下の端に移動した。
『ええと、ちょっとまた腰をやっちゃいまして』
苦笑する青島の声に、自然と室井の眉が寄る。
青島は腰に古傷を持っていて、無理をすると痛むことがあるようだった。
数か月前にも室井の命令で走り倒して、悪化させたばかりだった。
また捜査で無茶をしたのだろうと思えば心配にもなるが、自分の仕事に誇りを持ち身体を張って誰かを守ろうとする彼に惚れているのだから始末に負えない。
「大丈夫なのか?」
『大丈夫大丈夫。今日はもう使い物にならないからって早退させてもらったし、明日も休みにしてもらいました』
二日も休めば落ち着くだろうと、青島は慣れたものだった。
『そんなわけで、今日はキャンセルさせてください』
青島と仕事終わりで待ち合わせて、食事に行く約束をしていた。
早退して自宅で休んでいるのなら、当然デートなどしている場合ではなかった。
室井に異論はない。
「それはいいが、飯はどうするんだ」
『大丈夫ですよ。カップラーメンとか買い置きありますから』
独身の一人暮らしの強い味方だと笑っている青島に苦笑し、室井は時計を見た。
「飯くらい、作りに行ってやる」
『あ、まじっすか?』
「ああ、なるべく早く行くから」
頭の中でこれからの予定を立てながら、青島に約束した。
『いい子にして待ってますから』
つくづく調子の良い男だと思う。
だが、それすら愛しいのだから、どうしようもなかった。
自然と柔らかくなった室井の顔を見ている人は、幸いなことに誰もいなかった。




室井は予定よりも少し早めに仕事を終えて、青島の自宅に向かった。
途中のスーパーで適当に食材を買い込んだ。
青島の自宅の冷蔵庫に、まともな食材など期待していなかった。
合鍵で勝手に部屋に入ると、青島はソファで横になっていた。
「おかえりなさい」
寝転んだまま手を振って寄越す青島は寝ぼけた顔をしていた。
転寝でもしていたのだろう。
「すいません、家まで来てもらっちゃって」
外で食事をする約束だったが、その後は青島が室井の部屋に泊まる予定だった。
「気にするな、俺も飯を食うなら一人より二人がいい」
笑って頷く青島に少し待つように言い残し、室井は慣れた台所に立った。

室井は数年前に都内にマンションを購入しており官舎を出ていたから、時々青島を泊めることがあった。
官舎の時は気が引けたのか滅多に泊まりに来ようとはしなかったから、官舎を出て良かったと室井は思っていた。
いずれは青島と一緒に暮らすマンションであり、そのつもりで青島の意見も参考にして購入していた。
一緒に暮らせるとしたら、定年後になるだろう。
室井がその話を持ち掛けた時、青島は酷く驚いていたし「気が長いですね」と呆れていたが、結局はそういう未来も悪くないという答えをくれた。
青島がその答えを出すのに三か月近くもかかっていたから、青島もそれが室井にとって実質的なプロポーズであったことに気付いていたようだった。
男同士であり生涯を誓うには、リスクも考えるし覚悟も必要に決まっている。
真剣に悩み考え抜いて、室井の気持ちに応えてくれたのだと、室井は思っていた。
マンションを買ったからと言って、二人の関係において何が変わったというわけでもないが、青島は少しだけ変わった。
室井の自宅に来ることを躊躇わなくなったし、時々は二人の遠い未来の話を口にするようになった。
長い旅行に行きたいとか、ペットを飼うのもいいなとか、彼が楽しそうに退職後の計画を話してくれることが、室井には嬉しかった。

食事を終えると、室井は後片付けをしてリビングに戻った。
青島は相変わらずソファに横になっている。
「ベッドに行ったらどうだ?」
「寝るには早いでしょ」
「今、転寝してなかったか」
「バレたか…」
笑った青島が寝たままテーブルに腕を伸ばした。
煙草を取ろうとしていることに気付いて、室井は煙草と灰皿を取って青島に渡してやった。
「すいません」
「他にして欲しいことはないか?」
室井が見下ろすと、青島は煙草を咥えかけていた手を止めた。
「もう帰っちゃうんですか?」
あからさまに残念そうに言う。
いくつになっても、青島は変なところで素直だった。
意地を張って強がることもしばしばだが、根は甘え上手なのだ。
もっとも、室井にはわざわざ甘えるまでもない。
その相手は青島に限っているが、元々甘やかすつもりでいるからだ。
「今日は泊まっていく」
室井が言うと、今度はあからさまに青島の表情が輝いた。
「本当に?やった」
嬉しそうな青島が可愛くて、室井は腰を折った。
青島は笑みを浮かべたまま瞼を落とした。
軽く触れるだけで離れると、青島の手が引き止めるように室井の首に掛かる。
室井は眉を寄せた。
誘うなと言いたい室井の気持ちを悟ってか、青島が小さく笑った。
「もう少しだけ…」
室井は眉を寄せたままもう一度唇を重ねた。
青島の頬や額を撫ぜ、両手で愛撫しながらキスを繰り返した。
今度は室井が満足するまで貪ってから離れると、青島はぼんやりと室井を見上げていたが、濡れた唇を指先で拭ってやると、軽く睨み付けてきた。
「どこが少し?」
「俺にとっては、少しだ」
若干身体に熱がこもったのが自分だけではないことに満足し、室井は言い切った。
青島は呆れた顔をしたが、やがて苦笑した。
「なら仕方ないか」
青島の頬に触れていた手を握られるから、室井は軽く握り返した。
「あーあ、腰さえ痛くなきゃなあ」
ぼやきながら煙草を咥える青島に、ライターの火を差し出してやった。
久しぶりのデートに期待をしていたのは、もちろん青島ばかりではない。
むしろ元気な分、我慢を強いられるのは室井の方である。
不可抗力の不調を責めるほど幼稚ではないが、一言だけは言っておきたい。
「それはこっちの台詞だ」
煙を吐きだして青島が笑う。
「室井さんもその気だった?」
「早く治せ」
質問には答えずに短く要求すると、笑い声が返って来た。
笑い過ぎて腰に響いたのか盛大に顔を顰める青島に呆れた顔をしつつも、室井はその腰を撫ぜてやった。










END

2013.8.24

あとがき


ファイナルの室井さんに貫録を感じたもので、
落ち着いた感のある室井さんを目指してみましたが、
結局いつもの青島馬鹿な室井さんができあがりました。
通常運転ですね。どうもすみません(笑)



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