■ old tale


青島が聞き込みから署に戻ると、何故か刑事課に室井の姿があった。
しかも何故か青島の席に座り、コーヒー片手にすみれや真下と談笑していた。
いや、談笑しているのはすみれや真下だけで、室井は難しい顔でコーヒーを啜っていただけだった。
今にも肩でも揉み出しそうな真下に、心の底から嫌そうな顔をしている。
何してんだろうねあの人はと内心で苦笑しながら、青島は大股で刑事課に入った。
「ただいまー」
青島を見て僅かに表情を和らげた室井に笑みを返す。
「お疲れ様です、今日はどうしたんすか?」
湾岸署で管理官の室井が指揮をとらなければならないような大きな事件が起こっているわけではないし、そもそもそんな事件が起こっていれば室井がのんびりお茶などしているわけがない。
かといって、室井が暇だからという理由で湾岸署で寛いでいる姿など見たことがなかった。
理由があって、湾岸署にいるはずだった。
「予算のことで、署長のとこにいらしてたんですよ」
答えたのは真下だった。
「あ、そ…用事終わったんですか?」
「ああ」
「なら本庁まで送りますよ」
どういう経緯ですみれたちに掴まったのか知らないが、どうせ署長に接待しろとでも言われてのことだろう。
さっさと開放してやろうと思っての、青島の申し出だった。
「あら、もう帰っちゃうんですかー?」
すみれが珍しく室井を引き止めるような素振りを見せる。
怪訝な顔をした青島に、真下が耳打ちした。
「すみれさん、さっきから延々と新城さんの苦情を室井さんに訴えてるんですよ」
「…なるほど」
それなら、いつも以上に険しい室井の表情にも頷ける。
先日、所用で湾岸署を訪れた新城は、相変わらずの強引さと傍若無人さで、一騒動起こして帰って行ったらしい。
青島は幸いなことに張り込み中で顔を合わせておらず、その代わり随分とすみれに当たったようだった。
もちろん、ただ当たられるすみれではない。
新城に反撃し、随分な舌戦になったと聞いている。
どうやらすみれはその愚痴を聞かせるために、室井にコーヒーを出し引き止めているらしい。
青島は同情の眼差しを室井に向けつつ、間に入った。
「室井さんだって忙しいでしょ、引き止めたら悪いよ」
「残念でした、その人もう直帰なんですって」
青島は少しだけ呆れた視線を室井に投げた。
用事があると言っておけばいいものを、今後の予定を聞かれて馬鹿正直に直帰と答えてしまったらしい。
青島の視線を感じているのか、室井は眉間に皺を寄せて黙っていた。
「あ、そうだ。室井さんも飲みに行きません?」
唐突に真下が提案するから、青島と室井は目を剥いた。
今日はこの後特別な事件でも起こらない限り、真下とすみれと雪乃の三人と飲みに行く約束になっていた。
「あら、いいわね。そうしましょうよ」
と、頷いているのはすみれで、室井の意思は無視である。
「いや、ちょっと待って…」
青島が慌てて止めるが、雪乃が「じゃあ、達磨に電話しますね」と早々に受話器を手にしていた。
「室井さんいるんだし、少し高いコースにしましょうか」
「経費で落とせるもんね」
「接待ってことにしますか」
「それなら寿司屋くらいいけるんじゃない?」
好き勝手に話を進める連中に、青島は言いかけた言葉を飲み込み溜め息に変えた。
こうなっては、青島の制止など聞いてくれる連中ではない。
横目で室井を見れば、眉間に皺を寄せつつ困惑を露わにしていた。
「…てわけですけど、室井さん大丈夫ですか?」
青島が苦笑ぎみに問えば、室井も渋面のまま深い溜め息を吐いた。
「接待は止めさせてくれ」
経費で落とされては敵わんとばかりの室井に、青島は笑って頷いた。
おかしな展開になったが、少しだけ嬉しく思う。
湾岸署にしては珍しく暇な一日だったが真下たちと約束していたし、室井に会えるとは思わなかったからだ。
室井が用事を終えてすぐに帰らなかったのも、青島に会いたいと思ってくれていたからかもしれない。
なんせしばらく会えていない。
恋人に会いたいと思うのは、当たり前のことだった。
もっとも、そんなことはすみれたちの知ったことではない。
室井との交際は同僚の彼らにも知らせていなかった。
彼らを信用していないわけではなく、ただ単に秘密を守るには秘密を知る人が少ないに越したことはないからだ。
今のところ、誰にも打ち明けるつもりはなかった。
何も知らない彼らが一緒だから言動には気をつけなければならないが、今夜室井と一緒にいられることは単純に嬉しかった。
付き合わされる室井には少し気の毒だったが―。


予約していたのが四人用の個室だったため、誕生日席に座った真下の音頭で乾杯し、宴会が始まった。
青島と並んで座った室井はどこか所在なさげだったが、酒の入ったすみれたちの勢いに押され、巻き込まれるように相手をしていた。
「キャリアって、普段どこで飲んでるんですか?」
「君達と変わらん」
「えー?でも、居酒屋ってことないんでしょ?」
「居酒屋くらい普通に行く」
「なんだ、キャリアって言っても結構庶民的なのね」
「庶民で悪いのか」
「悪いなんて言ってません。でも、もうちょっといいとこで飲んで欲しいわね」
「どこで飲もうが俺の勝手だ」
「ええ、ご飯に連れてってくれるんじゃなかったら、室井さんの勝手ね」
好き勝手なことを言うすみれに、室井の眉間に深い皺が寄っている。
すみれとは気が合うのか合わないのか、顔を合わせると時々子どもみたいな意地を張った言葉の応酬になるようだった。
青島は苦笑し、室井の猪口に酒を注いだ。
「すみれさん、室井さんにまでたかる気?」
「人聞き悪いわねー、青島君にはたかってないでしょ」
「昨日ランチご馳走したじゃない」
「あれは張り込みを手伝った報酬、当然の権利よ」
ニコリと笑うすみれに呆れた顔をし、室井を見た。
「こういう人なんで、気にしないでください」
眉を動かした室井が頷く。
「先輩と室井さんて、仲良いですよね」
酔いの回った真下がしみじみと呟くから、青島は内心で焦ったが、きっと室井も同様だろう。
だが、もちろん真下に深い意味などあるわけもなく、ただ単に羨ましそうだった。
出世欲のある真下にしてみれば、出世頭の室井と交流のある青島が羨ましいのかもしれない。
「青島君、誰とでもすぐ仲良くなるから」
「優秀な営業マンだったんですもんね」
だから対人関係が優秀なのだと雪乃は評してくれたが、すみれは八方美人なのだと笑い飛ばした。
あながち間違えでもないという自覚があるから、否定もできない。
「皆に嫌われるよりは、皆に好かれる方がいいでしょ」
開き直って極論を語ったら、真下が笑った。
「そういえば先輩、昔営業先でゲイに襲われたって言ってましたよね」
「ばかっ、違う、襲われたんじゃなくて迫られただけだよ」
青島は慌てて否定した。
確かに、サラリーマン時代に、営業先の担当者に誘われて飲みに行ったら、相手がゲイでホテルに誘われたことがあった。
丁重にお断りして逃げ帰ったのも、今では笑い話だ。
そんな話を飲み会のネタにしたことがあったが、まさかこんな時に暴露されるとは思わなかった。
こんな時とは、もちろん室井がいる時だ。
隣から不穏なオーラを感じたが、怖くて振り返れなかった。
「大差ないじゃないですか」
「襲われたと迫られたじゃ、全然違うだろ」
「ムキになるとかえって怪しいわよ」
すみれが意地悪く笑う。
「冗談じゃないよ、ちゃんとお断りしたんだから」
すみれに向かって言うが、実際は室井に向けた言葉である。
「青島さん、聞き込みの最中にもゲイの方にナンパされたことありましたよね」
雪乃までそんなことを言い出した。
ゲイバーに雪乃と二人で聞き込みに行った時のことだった。
聞き込みをした店長に、頭の天辺から爪先まで舐めるように見つめられ、働かないかと誘われたことがある。
「あれはナンパじゃなくて、リクルートだよ」
思わず言ったが、言ってみてからあまりフォローになっていないことに気が付いた。
横っ面に視線を感じる気がするが、やっぱり怖くて振り返れない。
「先輩、男にもモテるんですねえ」
「警務課の婦警が青島さんと飲みたいって言ってましたよ」
「八方美人で誰にでもいい顔するから、受けはいいのよねえ。こんなに問題児なのに」
室井の手前、誰にどんな反応を返したらいいものだか、分からなくなる。
さっさと話題を変えなければ、室井の顔も見られない。
怖いからだ。
「もういいだろ、そんな話は」
「先輩は、彼女作らないんですか?」
「ああ?」
青島は心底煩わしそうに返事をしたが、酔っ払った真下は空気を読むことはなかった。
「結婚してて、おかしい歳じゃないですよね」
「相手もいないのに結婚出来るわけないだろ」
嘘ではない。
結婚出来る相手は、青島にはいなかった。
愛した相手は結婚できない人なのだから、仕方がない。
「最近、彼女も欲しがらないもんね」
「枯れてますね、先輩」
「がっついてる男性よりは魅力的だと思いますけど」
「誰にでもいい顔するから、本命に本気にされないんじゃない?」
「有り得ますね。先輩、駄目ですよ、女の子は『自分だけ特別』っていうのがいいんだから」
「真下さんが言うのもどうかと思いますけど、確かに誰にでも『守ってあげる』って言うのはやめた方が…」
好き勝手なことを言う三人に、青島はげんなりした。
枯れているわけではない。
これでも、時々は熱い想いを交わし合ったりするんだぞ、と思ったところでそうと言うわけにもいかない。
そっと隣を盗み見れば、室井が眉間に皺を寄せて日本酒を舐めている。
どんな思いで、同僚に結婚しろ彼女を作れと薦められる恋人の姿を見ているのだろうか。
逆の立場なら嫌だなあと、ぼんやり思って苦笑した。
「まあ、結婚の予定はないけど、好きな人はいるからね」
青島は至極軽く言ったが、三人は驚いたようだった。
だが、一番驚いたのは隣の男だったようだ。
あからさまな視線を横っ面に感じたが、青島は振り返ってみることはしなかった。
相手はどこの誰だと盛り上がる三人を適当にあしらいながら、夜は更けていった。


タクシーに乗り込むと、青島はシートに背中を預けて溜め息を吐いた。
「いやあ、何だか疲れましたね」
「全くだ」
青島の何倍も疲れていそうな室井に苦笑する。
「すいません、妙な飲み会に付き合わせて」
「行くと決めたのは自分だ、君が謝る必要はない」
険しい顔をしているくせに、室井はそんなことを言う。
こんな時まで責任感の塊なのかと思うとおかしかった。
「それに……嬉しかった」
ぼそりと呟かれて室井に視線を向けたが、室井は窓の外を見ていて青島を見ていなかった。
むっつりとした横顔に照れが見えて、青島はひっそりと笑った。
運転手の手前、はっきり何がとは言わないが、言われなくても何となく伝わる。
青島が好きな人がいると仲間に打ち明けたことが嬉しかったと言っているのだ。
もちろん青島は仲間の相手は誰だという追及に口を割らなかったが、誰のことを指していたかなど室井に分からないわけがない。
「単なる事実を言っただけですよ」
「…そうか」
室井を喜ばせるために言ったわけではない。
それが青島の結婚しない理由だったから、そう言っただけだった。
「俺もだぞ」
またぼそりと言われた一言に、青島は破顔した。
ぶっきらぼうな言い草でも、想いは十分伝わる。
タクシーの中でなければ、頬を掴んでこちらを向かせて深く口付けているところだ。
だが、少しの間我慢である。
タクシーに乗る時に運転手に青島の自宅の住所だけを告げたが、室井から異論はなかった。
泊まって行ってくれるということだ。
この愛しい人をどうしてやろうかなどと、酔いに任せてあれこれ考えるが、その思考を遮るのも愛しい人だった。
「ところで、青島」
「はい?」
「聞きたいことが色々あるんだが」
「…はい?」
室井を振り返ったら、今度は室井も青島を見ていた。
心なしか目付きが険しい。
「俺の知らないことが、随分あったようだな」
何の話だと一瞬惚けたが、どこか咎めるような室井の視線にすぐに理解した。
真下たちがリークしたサラリーマン時代に客に迫られた話や、聞き込みの最中にゲイバーにリクルートされた話のことだ。
青島は焦って愛想笑いを浮かべた。
「いや、ほら昔の話だし」
「事実なんだな?」
「ええと、あー、そのぉ……はい」
室井の視線の強さに、青島は誤魔化すのを諦めた。
室井の顔が更に険しくなった。
「何故俺に言わない?」
「だから、ずっと前の話だってば!」
「…だが、面白くない」
「俺だって楽しかないですよ」
「なら、相談してくれたって」
ぶつぶつと文句を言う室井に、客に迫られたのはアンタと出会うずっと前の話だ!と胸中で叫びつつ、青島はどうやって話を変えようか考えていた。


不毛な言い争いは青島の自宅につくまで続いたが、この夜青島は少々強引なやり方で室井の気を逸らすことに成功した。
その結果、翌朝二人して寝坊することになる。










END

2013.4.25

あとがき


私が愛する某演劇ユニットの某リーダーが、
サラリーマン時代に営業先の男性に迫られたことがあるという話を聞きまして、
青島君だったらそりゃあもう!って思って書いたお話でした(笑)
どこからでも萌えられるなあ。困ったものです(本当に)

後、原稿で40代の二人を書いていたので、若い二人も書きたくなりまして。
イメージでは、OD1とOD2の間です。
そうなると、あまり室井さんが順調に出世していないので、
真下君が憧れていないかもわかりませんが(笑)

お粗末様でした!


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