■ 恋の行方


病室に真下が姿を現した時、青島は助かった!と思った。
その真下はというと、先客の新城を見て驚いていた。
まさか新城が見舞いに来ているとは思いもしなかったのだろう。
青島だって思いもしなかったから当然だ。
新城には嫌われているとしか思っていなかったから、正直見舞いに来てくれたこと自体は嬉しく思う。
ただ、新城は怪我の経過を尋ねた後はろくに話さず、険しい顔で青島を睨んでいただけだった。
思わず、青島が自分の不注意を新城に謝ってしまったくらいである。
新城は鼻で笑い、責任を取ったのは室井さんだと言い捨てた。
そう言われれば軽く胸を抉られる思いだが、つまりは新城に詫びる必要はないと言いたかったのだろう。
だからといって、その後優しい言葉をくれるでも労ってくれるでもないから、対処に困る。
手ぶらでやってきているし、特に見舞いの言葉もないから、新城の来訪が本当に見舞いと言えるのかすら判断が出来なかった。
無駄に重苦しい空気の中、真下が来てくれたことは救いだった。
真下にとってはどうだか知らないが。
「よお、真下君、見舞いに来てくれたの?」
青島が満面の笑みで迎えると、真下は新城に小さく会釈し曖昧に笑った。
「ええ、まあ…」
こちらは手にしていたビニール袋を差し出してきたから、どうやら見舞いの品を持参してきたらしい。
中に入っていたのは青島愛飲の缶コーヒー数本と煙草のカートンだった。
青島は目を輝かせた。
「さすが真下君、分かってるねえ」
生憎とこの病院の自販機にはアメスピが入っておらず、青島はやむなく別の煙草を吸っていた。
アメスピの見舞いが何より嬉しかったと言ったら、さすがに真下が可哀想かもしれないから口には出さなかったが、半ば伝わっていたのかもしれない。
真下は苦笑していた。
「一応メロンも考えたんですけど、やっぱりこっちでしたね」
「いやあ、悪いね、助かるよ」
嬉しげな青島とは対照的に、新城の目付きが悪くなっていた。
しまった真下の見舞いの品に喜び過ぎたのが嫌味に見えただろうかと、青島は内心焦った。「あの…取り込み中なら、僕は…」
青島と新城の微妙な空気を悟ったのか、恐れたのか、真下は浮かない顔で後ずさったが、青島は慌てて真下を引き止めた。
「何言ってんの、真下君!見舞いに来てくれたばっかりだろ」
新城と二人きりにされるのはごめんとばかりに、真下の腕を掴んで縋った。
真下が視線を泳がせたが、新城を恐れてのことだと青島は思った。
「折角だから、一緒にお茶でも…ほら、ええと新城さんも飲みません?」
真下の見舞いの缶コーヒーを差し出してみるが、新城にじろりと睨まれた。
「缶コーヒーは飲まない」
「あ…さいですか…」
煙草なんかもっと飲まないだろうなと思い、アメスピを差し出すことだけは止めておいた。
「…失礼する」
新城がいきなり踵を返した。
「ええっ?」
来るのが突然だったら、帰るのも突然である。
結局何しに来たんだと思ったが、少なくとも青島の怪我を多少なりとも気にしてくれていたことは確かで、室井以外の官僚も所轄を気にかけてくれていることが嬉しかった。
「新城さん、ありがとうございました」
咄嗟に笑顔で声をかけると、新城は足を止め振り返った。
一瞬何かを言いたげに見えたが、真下を一瞥し、青島に頷くような仕草を見せて、病室を出て行った。
ドアが閉まり、青島は深い溜め息を吐いた。
何だか非常に疲れていた。
「ありがとう、真下」
「え?」
「いいとこに来てくれたよ、もう息詰まりそうでさあ…」
ぼやきながら、真下が買って来てくれた缶コーヒーを開ける。
一本真下にも差し出してみたが、真下は僕もいいですと断られた。
別に真下は缶コーヒーを飲まないわけではないから、今はいらないということだろう。
さして気にせず、青島は差し出した手を引っ込めた。
「あー煙草吸いたいなあ…」
「ダメですよ、個室とはいえ病室は禁煙ですから」
「分かってるよ」
溜め息混じりに呟く。
喫煙室はあるが、病室から遠いので行くのも一苦労だったため、限界まで我慢するようにしていた。
「あの…先輩」
一息吐いていた青島を見下ろし、真下が声をかけてきた。
見上げれば、どこか所在なさげに立っている。
新城のことでそれどころではなかったため今まで気付かなかったが、少し顔色が悪く見えた。
青島が抜けた分、忙しいのかもしれない。
「うん?」
「新城さん、何しに来たんですか?」
「ナニって、見舞いだろ?」
「見舞われていたようには、全く見えませんでしたけど…」
「俺だってそう思うけど、見舞い以外に俺の病室に用事なんかないだろ、あの人」
「そうでしょうけど…ただ顔を見に来たんでしょうかね」
真下がぽつりと呟いたから、青島は首を捻った。
「何のために」
それには答えず、真下は話を変えた。
「室井さん、もうじき美幌に行くそうです」
青島の顔から表情が一瞬消え落ちる。
室井の異動のことも、室井が見舞いに来ようとしてくれていたことも、知っていた。
室井とは事件後、顔を合わせていない。
だが、和久から短い伝言を貰っていた。
『必ず戻る』
青島との約束を果たすために、室井は必ず戻ってくる。
青島はそれをただ待つだけだった。
そして、あの状況で青島を信じ命令を出してくれた室井の信頼に応えるためにも、一日でも早く現場に戻る。
そう心に決めていた。
「すぐ戻ってくるよ」
青島が笑ったら、真下は何故か眉を下げて情けない顔をした。
思えば、さっきからずっと顔色が悪いし、いつもの調子の良さがない。
ただ疲れているというわけでもなさそうだった。
「どうした?なんか元気ないけど」
青島から水を向け、軽口を叩く。
「悩みごとなら相談に乗ってやってもいいよ、快気祝い弾んでくれんなら」
冗談で気が紛れればと思ったが、真下は苦笑も浮かべなかった。
「先輩は…」
「なんだよ」
「室井さんが好きなんですか?」
青島は変な顔になった。
真下が変な質問をするからだ。
「好きって…嫌な聞き方するなあ」
「どうなんですか?」
少し詰問するように、真下の語調が強くなる。
青島は訳が分からず肩を竦めた。
「そりゃあ、好きだよ。あの人俺たちの味方だもん、嫌いなわけないじゃん」
「そういうんじゃなくて…」
「じゃなくて?」
「だからっ」
焦れた真下が、青島の両肩を掴む。
痛いくらい強く掴まれて、青島は眉をひそめた。
「おい、痛いって…こっちは怪我人なんだからもっと丁重に…」
ブツブツ文句を言った青島だが、思い詰めたように見つめて来る真下に怪訝な顔になる。
目が変に赤く見えた。
本当に具合が悪いのかもしれない。
「おい、大丈夫か?真下…」
心配する青島を余所に、真下が近付いてくる。
なんでだ?と呑気に思っているうちに唇に何かが触れた。
すぐに離れたが、青島は目を剥いた。
触れたのは、間違いなく真下の唇だった。
「こういうふうに好きなのかってことですよ」
一瞬遅れて質問の意味を悟った青島は、最早何に驚いたらいいものだか分からなかった。
何故か真下にキスされ、室井への恋心の有無を問われていた。
青島は赤くなるやら青くなるやらだ。
「ばっ、ばかっ、お前、んなことあるわけないだろっ」
「室井さんのこと好きなんじゃないんですか?」
「違うってっ…ていうか、お前、なんで…」
キスなんかとは、口に出すのが憚られた。
恐ろしい返事がかえってきそうだったからだ。
だが、聞かなくても、真下は黙っていなかった。
「先輩が好きです」
酷く情けない顔で告げられたそれは、紛れもない告白で、青島はまた目を剥いた。
「はあああ…?」
「なんですか、その間の抜けた返事は」
さすがに真下は眉をひそめたが、青島が驚くのも無理はない。
「何言ってんの?お前」
「だから、先輩が好きだって言ってるんですよ」
「お前、雪乃さんはどうしたんだよ」
「好きでしたよ、好きだったはずですよ、ええ、妻にするのが夢でしたよ、それなのに…っ」
自棄になったように言い捨てて、抱き付いてくる。
「ちょっ、おい、真下…っ」
さすがに告白された後に抱き締められれば、身の危険を感じなくたって抗う。
腰の傷でままならない身体で真下を拒むと、真下がギュッと抱き付いてくる。
「先輩のせいだ」
「ああ?」
「先輩が刺されてから、先輩のことばっかり考えてる…先輩が死んじゃったらどうしようって、そればっかり…」
それが苦しいと訴えられて、青島も困った。
心配をかけたのなら申し訳ないし、回復を祈ってくれたのなら感謝もするが、妙な方向に思い詰めているらしい真下に、謝ることも礼をすることも出来ない。
「死なないでください、先輩…」
きつく抱き締められ、そう縋りつかれると、無理矢理身体を引きはがすこともできなかった。
「勝手に殺すなよ…」
ピンピンしてるよと苦笑し、青島は真下の頭を軽く叩いた。
それからそっと撫ぜてやる。
「ちょっと落ち着けよ」
少しの間の後、真下が顔をあげた。
これまた酷く情けない顔をしていて、青島はどうしたものかと困った。
「お前さ」
「何ですか?」
「本当に俺のこと…」
「好きですよ」
「あっさり言うなあ」
呆れたように呟く青島に、真下はむっとしたように顔をしかめた。
「なんならもう一度キスしましょうか」
「いい、いらない、信じたから必要ない」
冗談じゃないとばかりに全力で遠慮すると、また真下は情けない顔になった。
そっと身体を押し返すと、今度は素直に離れて行く。
青島はガリガリと頭を掻いて、小さく溜め息を吐いた。
過去に告白をされた経験がないわけではないが、今回のそれはイレギュラーだった。
同性の同僚に迫られては、対応に困る。
真下のことは嫌いではないが、もちろん恋愛感情をもって彼を見たことなどない。
そもそも、つい先日まで雪乃に夢中だった男に好きだと言われても、俄かには信じ難かった。
ただ、今の真下が真剣であることくらいは分かる。
こんな形で青島をからかうほど悪趣味ではないし、基本的には自身にメリットがないことにはあまり興味を示さない男だった。
嘘を吐いて青島に告白をする理由が、真下にはなかった。
今、真下が青島を好きだと思っていることは、きっと事実なのだろう。
だがそれが、一時の気の迷いである可能性は高い気がした。
吊り橋効果に近い感覚である。
青島が大怪我をし、青島の死を予感させたことで、真下は勘違いしたのかもしれない。
仲間を失う恐怖を覚え、それが強かったあまり、青島を大事な人だと錯覚したのかもしれかなかった。
逆にいえば、勘違いする程に、真下に好かれていたのかという点では、少々感動を覚えなくもない。
だからといって、今すぐ真下を受け入れられるわけでもなかった。
「お前さ、とりあえずもう一度よく考えてみろよ」
青島が溜め息交じりに進めると、真下は不満そうに眉をひそめた。
「信じてくれないんですか?」
「そういうわけじゃないけど、急すぎるだろ。ちょっと時間置いて、良く考えろ」
話はそれからだと言うと、真下は挑むような目で青島を見下ろした。
「時間を置いて、良く考えて、それでも先輩を好きだった場合は、どうするんですか」
「それは、お前…」
どうしよう、と口からは出なかったが顔には出ていた。
そんな青島の様子には頓着しない真下が、また青島の肩を掴み勢い込んで畳みかけてくる。
「そしたら、先輩、僕とのこと考えてくれますか」
真下とのことを考える、つまり真下と付き合うということだ。
青島はすぐには言葉が出てこなかった。
冗談ではないと言えなかったのは、真下が見たこともないくらい真剣な顔をしていたからだ。
その顔を見ていたら、何故だかはっきりとした拒絶の言葉が出てこなかった。
あーとかうーとか呟くのが関の山の青島に、真下はもう一度尋ねた。
「僕とのこと、考えてくれますね?」
質問ではなく確認に変わったそれに気付いたが、キスするほど間近に迫った真下に青島は慌てた。
告白され、既に一度キスされている。
この距離は落ち着かなかった。
胸を手で押し返すようにして距離を取りながら、青島は頷いた。
「わ、わかった、考える、考えるよ…考えるだけだぞ」
落ち着かなくてつい肯定してしまったが、慌てて最後に付け足した。
真下が青島に本気だった場合でも、必ず付き合うとは約束できない。
今の今までそんな対象として真下を見たことがなかったのだから当然だ。
だが、真下によく考えろと言った手前、考えた結果がどうであれ俺には関係ありませんとはとても言えない。
今の青島にできるのは「考える」と約束することだけだった。
真下は少し不満そうだったが、結局納得したように頷いた。
「分かりました…約束ですよ」
「あ、ああ…その時は俺もちゃんと考えるよ」
とりあえず今すぐ真下から解放されたい一心の青島に気付いているのかいないのか。
真下は両手で青島の頬を掴んだ。
ぎょっとして身を引こうとしたが、腰が自由にならない青島に大きな抵抗ができるはずがない。
「おい、真下…っ」
「もう一度だけですよ」
「いやいや、お前、こういうことはちゃんとお付き合いしてからだな…」
「なら付き合ってください」
「…お前ね」
ついさっき泣きそうな顔で自分にしがみついた男とは思えない堂々とした口調で迫ってくる。
立ち直りの早い真下に、青島は呆れた顔をしたが、それでも真下はひかない。
「約束の証ください」
「指きりでもしようか」
「子どもの使いじゃないんですよ」
「…ヤクザか」
「先輩」
焦れた真下が強引に唇を寄せてくる。
どうしようか迷っているうちに真下の唇が触れて、抗う隙もないうちに離れて行った。
その程度で満足するならさっさとさせてやれば良かったかと思った青島は、自分でも知らないうちに随分と疲れていたようだった。
「じゃあ、先輩、僕帰りますね」
晴れ晴れした顔でそう言う真下は、来た時とは別人のように明るい顔をしていた。
青島を好きだと思いこんだ真下は随分と思い詰めていたようだったが、告白した結果青島に拒絶されなかったことで随分と自信を取り戻したようだった。
こいつも見舞いに来たんじゃなかったのかと疲れた頭で思いつつ、青島は手を振って見せた。
「じゃーな」
「お大事に」
「…お前が言うな」
無理やりキスをした男の言う台詞かと思い突っ込むと、真下は笑いながら病室を出て行った。
本当に立ち直ったようだ。
代わりに青島が頭を抱えたくなる。
これで本当に真下が自身に惚れていたらどうしようと思った。
それと同じだけ、これでやっぱり勘違いでしたと言われたら、あの男どうしてやろうかと思った。
青島は腰よりも痛む頭を抱えて、ベッドに横になった。


真下が結論を出す頃、青島は退院することになる。









END

2013.2.22

あとがき


40万HITリクで頂いた、真青でした。
…のつもりだったのですが、これって、真青だろうかー(泣笑)
しかも、ライバルを蹴落とし幸せをゲットする真下君、のはずだったのですが、
あまり…というか全然蹴落とせてないです。
不戦勝というか、勝ったのかどうかもはっきりしないという…;
この後、真下君が青島君を落として幸せをゲットしたと思って頂けたら幸いです…。

リクエストくださったお客様、遅くなったあげく微妙なデキで申し訳ありませんでした!


template : A Moveable Feast