■ Nitty Gritty(エピローグ)
飲ませ過ぎただろうか。
目の前で上機嫌で酒を煽る青島を見ながら室井は思った。
室井が無理に飲ませたわけではもちろんないが、もっと早くに止めてやるべきだったかもしれない。
鍋を食べ尽くし、腹がいっぱいだと笑いながらグラスを空ける青島の飲むペースは、右肩上がりだった。
酒には強い方だと聞いていたが、こんなペースで日本酒を空けていて大丈夫だろうか。
室井はいささか不安になった。
「青島、そろそろ止めた方が良くないか」
見兼ねて止めた室井に、青島がケラケラと笑う。
「だーいじょーぶですって、これくらいじゃね、ぜんっぜん酔いませんから」
激しく疑わしい返事が返ってきて、室井は渋面になった。
酔っ払いほど酔っていないと言うものである。
なんだか青島が心配になり、室井は飲んでも酔えなくなってしまった。
このままだと酔い潰れてしまうかもしれない。
自宅だったから潰れたとしても泊めてやることは出来なくはないが、できたら帰ってもらいたかった。
青島を部屋に泊めることを躊躇う理由が室井にはあった。
「室井さん、約束覚えててくれたんすね」
青島が空いたグラスを突き出してくる。
そのグラスを取り上げるべきだろうかと思いつつ、室井は話に気をとられてついつい青島に酒を注いでやってしまった。
「なんの話だ?」
「きりたんぽ鍋食わしてくれるって、あの約束ですよ」
「ああ…」
そのことかと納得し、室井は目を伏せ自分のグラスに口を付けた。
「忘れるわけないだろ」
あの日のことは何一つ忘れていない。
青島と大きな約束を交わした日、青島が室井の背中を押してくれた日だ。
あの時彼が信じてくれたから、室井は降格になっても左遷されても諦めずに、今もただひたすら上を目指している。
きりたんぽ鍋の約束も忘れるわけがなかった。
「俺も…俺も忘れてないです、あの日のことは一生忘れらんないです」
青島も同じ気持ちでいてくれている。
そう思うだけで胸が熱くなった。
喜びを露骨に表情に現さないように気をつけながら、室井は頷いた。
「ヘリでは迎えに行けなかったがな」
らしくもなく戯言を言ったら、青島は嬉しそうに笑った。
それはもう、本当に心からの笑顔で、あの日を思い出した。
とてもではないが平常心では見ていられなかった。
室井はそっと視線をそらし、青島のグラスに酒を注ぎ足した。
酔い潰れるなら、酔い潰れればいいと思った。
部屋に泊めてやればいいだけだ。
一晩くらい眠れなくても、死にはしない。
そんなことより、青島ともう少しこうしていたい、その思いの方が強かった。
テーブルに突っ伏して眠る青島を眺め、室井は小さく溜め息を吐いた。
予想通りの結末で、半ば自分が望んだことだから後悔はない。
明日の朝の青島の二日酔いを心配しつつ、青島をベッドに連れて行くことにした。
室井はソファで眠ればいい。
「青島、ちょっと起きろ」
眠る青島の肩を揺すぶってみるが、反応がない。
「青島」
しつこく揺すって声をかけ続けると、青島がのっそりと顔をあげた。
寝ぼけた顔が可愛いなと思ってしまい、室井は眉間に皺を寄せた。
心の中で思っただけだから青島に伝わるわけもないが、気まずさを覚えた。
誤魔化すように咳払いをして、青島の腕をひいた。
「寝るならベッドに行け」
「…室井さん?」
今更室井に気付いたといわんばかりに、青島が室井を見つめて目を見開く。
「なんでいんの?」
なんでも何も、ここが室井の部屋だからだ。
だが、酔っ払いには何を言っても無駄だ。
「寝てって構わないから、とにかくベッドに…」
「あははは、室井さんだー」
人の話を全く聞かずに、青島は笑い出した。
いや、笑うくらいは構わないが、抱き付いてきたりするから、室井は絶句して固まった。
「本物?本当に室井さん?」
ベタベタと背中に触れる手に、身体が熱くなる。
「あ、当たり前だろ、他の誰に見えるんだ」
律儀に応えながら青島を引き離しにかかるが、酔っ払っている青島に遠慮はなかった。
「うん、室井さんだ、室井さん…」
力一杯抱き付かれ、目眩を覚えた。
一気に酔いが回った気がしたが、酔いのせいではありえない動悸が止らない。
「久しぶりですね、元気でした?」
ついさっき、乾杯の後にもしたはずの会話を、青島は呂律の回らない口で繰り返した。
だが、それを突っ込む余裕は室井にもない。
「あ、ああ、変わらない…青島、いいから少し離れて…」
やっぱり律儀に返事をしながら青島の両肩を掴むが、とろりとした青島の眼差しと視線がぶつかり、また動けなくなる。
「会いたかったです、室井さん」
青島が呟いた。
それは初めて聞く言葉だった。
新たな衝撃に硬直している室井に構うことなく、青島は柔らかく笑った。
「会いたかった」
まるで恋人に囁くように呟き、青島が顔を寄せてくる。
何かが唇に触れて、それが青島の唇だと気付いた途端、室井は勢いよく上体を逸らしてのけ反った。
顔に血が上り、どうしようもなく熱い。
「青島、何を…っ」
動揺する室井を押し倒すように、青島が乗り上げてきた。
「会いたかったです、ずっと…」
そんな甘い言葉と一緒に唇が降ってくる。
やめさせなければ、室井はそう思った。
青島は酔っ払っているのだ、正常な判断など出来てはいない。
それが分かっているのに、強く抗えない。
それで当然だった。
想い続けた人にこんな形で迫られて、拒める人などいないだろう。
理性には自信のあった室井だが、これは無理だ。
そもそも室井が青島に抗えるわけがないのだ。
何があっても揺るがない強い眼差しに、信念を真っ直ぐに語る唇に、誰かを守るために躊躇いなく伸ばされる腕に、何にも恐れず駆け出す足に。
全てに憧れてやまなかった男が今、自分に触れていた。
我慢などできるわけもない。
「好きです、室井さん」
愛しげに軽いキスを繰り返す青島が顔をあげようとした瞬間に、室井は青島の後頭部に手をかけ引き寄せた。
唇が離れていくことを許さない。
舌を差し入れても青島は嫌がらなかった。
唇を重ねたまま、腰を抱いて身体を入れ替えた。
背中に回された手が、もどかしげに上下した。
求められていると思った。
唇を少しだけ離すと、青島はぼんやりした眼差しで室井を見上げていた。
「室井さん、気持ちいい…もっと…」
薄く開いた唇で誘うから溜まらない。
室井は喉の奥で呻いて、再び深く口付け、キスの合間に囁いた。
「好きだ」
伝わっているのかいないのか、青島は幸せそうに笑って室井を抱き締めた。
「…という感じだったんだがな」
初めての夜について語り終えた室井が横目で見やると、青島は枕に顔を埋めて悶絶していた。
見えている耳が赤く染まっている。
室井は青島の頭に手を伸ばした。
「やっぱり覚えてないのか」
「面目ないです…あ、会いたいとは思ってましたけど、まさかそんな…」
くぐもった声に苦笑しつつ、触れた髪を柔らかく撫ぜる。
会いたいとは自覚してくれていたのかと思うと、それだけで愛しい。
こんなことになるまでそれが恋心だったとは気付かなかったようだ。
「もう気にするな」
室井ももう気にしていなかった。
青島が全く覚えていないと言った時には驚愕し、ショックを受けたが、今となってはあまり問題ではなかった。
室井は青島の裸の肩を抱いて引き寄せた。
そんなことが許される関係になった今となっては、始まりはさほど問題ではない。
「俺、最悪ですよね…」
すり寄るように身を寄せる青島が愛しかった。
青島のしたことは褒められたことではないし、こういう関係になったからこそ今後酒の飲み方には一言注文をつけたいところだが、反省しているらしい青島に追いうちをかける必要もない。
それより、想いが通い合ったのだから、笑顔を見せてもらえる方が嬉しかった。
「そうでもない」
室井が呟くと、少し顔を持ち上げた青島が室井を見た。
視線がぶつかり、誘われるように唇を寄せると、青島からもそうしてくれた。
触れるだけで離れると、青島が目で続きを促してくる。
「君が酔いつぶれなかったら、多分こんなふうになることはなかっただろう」
始まり方はどちらかといえばろくでもない方に入るのだろうが、それでも良かったと今は思っている。
青島は自分の気持ちに気付いていなかったし、室井には自分の気持ちを告げるつもりなど微塵もなかった。
受け入れられるものだとは思っていなかったからだ。
つまり、二人の仲が進展する可能性は低かったと言えた。
そう考えれば、青島が泥酔して室井に迫ってくれたおかげで、一線を超えられた。
抱きしめられるはずのなかった身体を抱きしめられた。
「その点は感謝してる」
馬鹿正直に告げたら、青島は少し困った顔をしたが、結局笑みを浮かべた。
「そう言ってもらえると、俺も気が楽かな」
「夕べのことは忘れてないな?」
分かり切ったことを確認すると、青島の笑みが深くなった。
「もちろん」
「ならいい」
「忘れるわけないです」
「…そっか」
室井が目尻を下げると、青島が覆いかぶさるようにしてキスをくれた。
「好きですよ、室井さん」
今度の告白も、忘れられることはない。
END
2012.10.21
あとがき
そこまでされていて、覚えてないとか言われたら、
室井さん怒っていいですよねえ(笑)
お前が言うなという話しですが。
リクエストとちょっと違ったデキになってしまい申し訳ないです…(^^;
最後までお付き合いくださって、ありがとうございました!
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