■ 伴侶


青島が思わず爆笑すると、すみれがむくれて、真下が深い溜め息を吐いた。
「笑いごとじゃないわよ」
「そうですよ」
同調する真下をすみれが睨む。
「真下君が言わないでよ」
そもそも真下君のせいじゃないとすみれはご立腹だ。
まあまあと宥めながら真下がすみれのお猪口に酒を注いでやると、すみれは膨れ面のまま酒を飲んだ。
そして青島を睨む。
「ちょっと、青島君、いつまで笑ってんのよ」
笑い続けていた青島だったが、さすがに笑い過ぎたかと反省し笑みを引っ込める。
だが、やっぱりおかしい。
青島は口元を歪めてなんとか笑いを堪えた。
「ごめんごめん、でもさ、よりによってすみれさんと室井さんの見合い話なんて…あははは」
ついまた声に出して笑ってしまい、すみれにおしぼりを投げ付けられた。
王が巻き込まれた詐欺事件が解決した数日後、青島は真下とすみれと飲みに出かけ、そこで初めて真下が持ち掛けたという見合い話を聞かされた。
室井は湾岸署と縁が深く、すみれとも古くからの顔見知りだった。
二人とも世間一般的に適齢期と呼ばれる時期は過ぎていて、結婚していてもおかしくはなく、しかも室井は警察官として紆余曲折あったもののエリートだし、すみれは黙っていれば文句なく美人だった。
二人の見合い話が出たとしてもそれほど不自然なわけではないが、青島にとってはやっぱりおかしかった。
脳裏に座敷で向かい合う正装した室井と着物を着たすみれの姿が浮かび、ついつい吹き出してしまう。
すみれは笑い続ける青島を恨みがましげに睨みながら、真下に提案した。
「ねえ、真下君。青島君にはないわけ?お見合い話」
不意な流れ弾に当たりぎょっとする青島をよそに、真下は非常に複雑な表情を浮かべた。
「警察内じゃ無理ですよ」
溜め息混じりの真下に、青島は思わずむっとした。
見合いなんか持って来られても困るし、持って来られたところでする気もないが、そう断言されると面白くない。
「なんでだよ」
「だって、青島さんが問題児だって皆知ってますからね。いつクビになってもおかしくない人と結婚したがる人もいないでしょ」
顔がいいからもてるにはもてるんですけどねと呆れ気味に言われると、情けないことに反論ができない。
確かに過去の行いから鑑みれば、青島の警察官としての未来は決して明るくはない。
本庁の覚えがいいわけないから出世は見込めないし、本人にも特にその気はなかった。
頑張れば所轄の課長くらいまでは出世できるかもしれないが、むしろ問題を起こす可能性の方が高いかもしれない。
そんな青島を見ている湾岸署の婦警はもちろん、警察関係者であればきっと噂くらい耳にするだろうから、わざわざ青島と苦労しようと思う人もいないだろう。
そんな物好きは一人いれば十分か。
「沖田さんとかどうなのよ」
青島も自分と同じめに合わせたいのか、すみれは諦めない。
美人だがおっかない官僚の顔を思い出し、青島どころか真下まで後込みした。
「やめてよ、相手は官僚だよ?相手選び放題の沖田さんが俺と結婚するメリットもないでしょ」
「大体、あの沖田さんに見合い話なんか持っていけませんよ、おそろしい」
「だよな、余計なお世話だって一刀両断されるよ」
「しかもその相手が青島さんだなんて」
「おい、なんてってどういう意味だよ」
「言葉の綾ですよ。それより青島さん、見合い話持ってきて欲しいんですか?」
青島がブンブンと首を横に振ると、真下は不思議そうな顔で青島を見た。
「青島さん、どうして結婚しないんですか?」
「どうしてって…別に相手がいないだけだよ」
「そう?なんかする気がないようにも見えるけどー」
長いこと一人身のはずなのに恋人を欲しがる気配もないし、結婚を焦っている雰囲気もない青島に、真下もすみれも不思議そうだった。
すみれの指摘は間違えていない。
青島に結婚する気はなかった。
その理由を説明できないから、青島は「相手もいないのにする気になるわけないでしょ」と笑って誤魔化したが、真下とすみれは好き勝手な想像で盛り上がっていた。
「人妻に恋でもしてるとか」
「女子高生って可能性もありますよ」
「うえー、気持ち悪い、女子高生ならほとんど親子じゃない」
「あ、そうですね。しかも犯罪だ。僕が署長のうちは不祥事は困ります」
「実はゲイで女に興味ないとか」
「きれいな女の子を見ると鼻の下を延ばしてる青島さんがですか?」
「それもそうね、寸借詐欺に合うくらいだし?」
「青島さん女の子に弱いから」
「人のこと言えないくせに」
「僕は雪乃一筋ですよ」
好き勝手な二人の話を聞き流して、青島はビールを呷った。
中には笑うに笑えない想像もあったが、とりあえず笑っておいた。


「すみれさんと見合い話あったんですってね」
その晩、自宅に帰った青島が笑いながら言うと、室井は眉間に深い皺を寄せた。
もう耳に入ったのかと忌々しく呟くが、いずれ青島が知ることは予期していたようだ。
署長の真下がすみれを池上長官に推薦した張本人だからだ。
あの口の軽い男が黙っているわけがないと、室井も予想していたのだろう。
「どうして言ってくれなかったの」
コートを脱いでいそいそと室井の座るソファの横に腰を下ろし、室井の顔を覗きこんでみたら、思い切り嫌そうな顔をされた。
「お前が笑うからに決まってる」
室井が殊更嫌そうな顔をしたのは、青島の顔が笑っているからだった。
青島は努力して笑いをひっこめつつ、頬に掌をあてて表情を誤魔化した。
「いや、笑いませんって」
「にやけてるぞ」
「元々こういう顔ですよ」
「そんなにだらしない顔では刑事は務まらん」
何気に失礼だが、見合い話で笑うことも十分失礼だろうから、青島に文句が言えた義理ではない。
青島は表情を取り繕うのを諦めて、笑顔を見せた。
おかしいものはおかしいのだから、仕方がない。
「真下が、二人に息ぴったりに断られたって嘆いてましたよ」
「真下が余計なことをするからだ」
「あいつも池上長官に頼まれて断れなかったんでしょうね」
室井の見合い相手に誰かいないかと問われて、その相手に真下がすみれを選んだのはお似合いだという気持ちもあってのことなのかもしれないが、それは言わないでおくことにした。
さすがに恋人が指摘することではない。
「ほうっておいてくれれば良いものを」
溜め息混じりに呟く声はうんざりしていて、見合い話が持ち上がったのが初めてではないことが伺えた。
今回に限らず、室井は一々そんなことを青島に報告したりはしないし、青島も特に聞きたいとは思わない。
室井が断らないはずがないと知っているからだ。
そう断言してしまえるというのも傲慢かもしれないが、そのくらいの信用なくして10年以上も男同士で付き合っていられるわけもない。
室井に結婚する気がないことは、青島が一番よく知っていた。
だが、室井の周囲の人間がそれを知っているわけがないし、知ってもらっても困る。
室井が結婚しない理由が、青島の存在にあるからだ。
「仕方ないっすよ、俺も室井さんもとっくに結婚していておかしくない歳だし」
慰めるように肩を叩いた青島を横目で見やり、室井は憂鬱そうに言った。
「お前にも縁談が来ることがあるのか」
「刑事関係者に青島さんは勧められない、真下にそう言われてるんで、俺にお鉢が回ってくることはないでしょ」
それも失礼だと思いません?とぼやく青島に室井は苦笑しただけだった。
真下の言い分も理解できるのかもしれない。
ただ、真下経由ではないが、もう少し若い時分には、縁談をもちかけられたことは何度かあった。
結婚し家庭を持って、守るべきものができれば、暴走癖のある青島も少しは落ち着くのではないかと考えたのか、神田や袴田は一時まめに青島の縁談を探してきていた。
青島にまるでその気がないと知り今はもう完全に諦められているが、まだ神田が署長だった頃に当時の八王子署署長の娘との縁談を持って来られた時には、八王子署とのパイプを作るのに熱心だった署長・副署長の熱意が半端ではなく、断るのに苦慮したものだった。
その時の青島は既に室井と付き合っていて、形だけの見合いでも引き受けることを断っていた。
平刑事の青島でもそうだったのだから、官僚の室井に縁談が持ちかけられるのも無理がなかった。
「それにしても、室井さんとすみれさんのお見合いね…」
二人の見合いを想像し、やっぱり笑ってしまう青島を睨み付けたが、室井は不意に真顔になった。
「恩田君、何か言ってたか?」
「すみれさん?いや、特に…余計なことしないで!って真下に噛み付いてましたけど」
「そうか…」
そう呟いたきり、何かを考え込むように口を閉ざした。
「すみれさんがどうかしました?」
室井は少し視線を落としていたが、やがて青島を見つめて首を振った。
「いや、なんでもない」
なんでもないと言われても、何だか気にかかる。
だが、室井は頑固だから、言わないと決めたら絶対に言わないだろう。
青島をじっと見つめる室井の眼差しに不審なところはなく、後ろめたさは全く感じない。
それでも、見合い相手のことを気にする室井の真理がさすがに気にかかる。
「断って、惜しくなりましたか?」
青島は冗談めかして、室井の目を覗きこんだ。
室井は一瞬何を言われているのか理解していない顔をしたが、すぐに眉間に皺を寄せた。
「毎晩毎晩、お前の部屋に帰ってくる男が、結婚したがるとでも思うのか」
室井はほとんど毎晩のように青島の自宅に帰ってくる。
とはいえ、同居しているわけではなく、室井は官舎に部屋を借りていた。
そちらにも時々帰っているが、荷物を取りに行ったり空気の入れ替えや掃除が目的で行くくらいである。
まれに青島の友人や家族が遊びに来ることになった時に、室井は自分の部屋に帰って泊ったりしたが、事実上はほとんど同居しているといっても過言ではなかった。
そんな男が結婚を考えているはずもない。
そんなことは言われるまでもなく青島も分かっていたが、本人の口から聞けて満足だった。
「ですよね」
青島は笑いながらその場にごろんと横になった。
枕は当然室井の膝だ。
室井は片眉をあげてみせたが、重いという文句があるわけではないようだ。
「寝るなら、ベッドに行け」
「大丈夫大丈夫、少し横になるだけだから」
「嘘吐け、眠そうな顔してる」
呆れたような声音とは裏腹に、額に触れる室井の手は優しい。
室井の言う通り、酒を飲み、自宅に帰って来た安心感からか、急に眠気が差して来た。
思わず目を閉じると、室井が青島の頬を抓った。
「おい、青島」
「んー、痛いよ室井さん…」
仕方なく目を開けると、室井が青島を見下ろしていた。
「痛くしてるんだから当然だ」
「少し横になるだけだってば」
「いいから、着替えてベッドに行け」
絶対このまま寝てしまうと思っているのだろう。
青島もそう思う。
思いながら、目を閉じた。
「室井さんの膝がいい」
酔いも手伝って子どもじみた駄々を捏ねている自覚はあったが、今は室井の膝から退けたくなかった。
動くのが酷く面倒だった。
睡魔はすぐそこまできている。
半分寝ぼけた頭で、室井の膝枕が許されているのは自分だけだろうなと優越感に浸った。
誰に対しての優越感なのか。
青島は敢えて考えてはみなかった。
「少しだぞ…」
頭上から室井の溜め息が聞こえるが、もう頬を抓られたりはしない。
頭を撫ぜる手の温もりに意識が遠のく。
「いるって言っとけば良かったな…」
ぽつりと呟かれた言葉は微かに青島の耳に届いたが、意味までは全く伝わらなかった。


結婚を考えた相手はいなくても、生涯の伴侶ならここにいる。
室井はそう思いながら、半分笑ったようなしまりのない顔で眠る青島の顔を見下ろし、苦笑していた。










END

2012.9.9

あとがき


盛り上がらなかったなあ…(いつものことですけど!)

書きたかったのは、縁談くらいでは今更嫉妬しないけど、
ラブラブな夫婦みたいな二人でした。

すみれさんの「警察辞めるから」発言を気にしつつ、
室井さんは青島君に余計なことは言わないんじゃないかと。
すみれさんのことは青島君に任せよう、
と思っているんじゃないかと妄想してみます。




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