■ いつでも


室井と二人、ベッドに腰を下ろし、唇を合わせる。
軽く触れ合わせるだけのキスを何度も繰り返した。
久しぶりの触れ合いだったが二人とも焦ってはおらず、行為の始まりはゆっくりだった。
久しぶりだからこそ、ゆっくり触れたかった。
唇が触れ合う距離で、青島は小さく笑った。
「キスだけですか?」
「まさか」
そう答えた室井が、首筋に顔を埋めながら、青島の脇腹を撫ぜた。
肌を啄むだけの唇や、愛しげに触れるだけの掌に、青島は笑いながら身をよじった。
「ははっ…くすぐったい…」
身をよじりながらも逃げるわけではない青島に、室井も笑みを浮かべて行為を続ける。
愛撫の一歩手前のようなそれは、くすぐったいが心地良い。
「気持ちいいな…」
「まだ何もしてないぞ」
目を閉じうっとりと呟く青島の耳元で室井が低く笑った。
青島が誘うように背中を逸らせば、そのまま押し倒される。
少し熱の篭った眼差しで見下ろされ、堪らなくなった青島は両手で室井の頬を引き寄せ唇を何度も重ねた。
「室井さんは気持ち良くない?」
「いいな…けど、足りない」
「奇遇ですね、俺もです」
目で笑いあいながら、再び合わせた唇が、今度は深く重なる。
室井の手が青島の襟首を開き、青島の手が室井のシャツの裾から素肌に触れた。
途端に、二人は動きを止めた。
夢から覚めるような着信音のせいだった。
二人とも職業柄、電話の着信は無視出来ない。
室井が青島を見下ろしたまま眉をひそめたのは、その着信音が室井の携帯の音だったからだ。
視線を合わせたまま二人して溜め息を吐いた。
「空気読みませんね」
「すまない」
「室井さんが謝ることじゃないよ」
苦笑した青島が軽くキスをして身を起こすと、室井は仕方がなさそうにベッドを下りた。
脱いだばかりで床に放り出してあった上着のポケットから携帯を取り出し、微かに目を見開いた。
「…本庁じゃなかった」
そう呟きながら、電話に応じる。
久しぶりだな元気だったかと話す口調から、相手は友人だろうと当たりをつけた。
話す横顔も穏やかで、タイミングはともかく電話があったこと自体はなんとなく嬉しそうだった。
親しい友人なのかもしれない。
変わず仕事ばかりしていると近況を告げる室井に、青島はひっそりと笑ってベッドに寝そべった。
室井といちゃいちゃしたいにはしたいが、折角の旧友との邂逅を邪魔するほど幼稚ではない。
友人と会話する珍しい室井の声に耳を澄ましながら、青島は枕を抱えてゴロゴロしていた。

「…10日?」
そう呟いた室井は、青島に背中を向けていた。
「すまない、その日は無理だ」
室井が謝る声を聞きながら、青島は枕を抱えたまま起き上がった。
おそらく、友人の何かの誘いを断ったのだ。
10日。
今はもう月末で、今月の10日のことではない。
数ヵ月先の10日の可能性もあるが、一番可能性が高いのは直近の来月10日だろう。
その日は、二人とも非番で会う約束をしていた。
室井が何かを断ったのは、青島との約束があったからだろうか。
青島がそんなことを考えているうちに、室井は別れの挨拶をして電話を切っていた。
携帯電話をベッドサイドのパソコンラックに置いた室井は、ベッドに戻り青島の隣に腰を下ろした。
「すまない、待たせた」
髪を優しく梳く手が頬に滑りそっと撫ぜられて、心地良さに目を細めながら、青島は再開する前にと室井に尋ねた。
「友達?」
「ああ、中学の同級生だ」
「古い付き合いっすね」
「中々会う機会はないが、電話は時々な」
「秋田にいるんですか?」
「いや、転勤の多い会社に務めていてあちこち転々としてる、今は北海道だ」
室井は東京だし、それでは中々会う機会がなくて当然だろう。
「それで、10日がどうしたんですか?」
青島が尋ねると、室井は目を剥いて眉間に皺を寄せた。
突っ込まれるとは思っていなかったのかもしれない。
「なんでもない」
誤魔化すのが下手くそな室井らしい、不自然に力の入った「なんでもない」に、青島は思わず笑ってしまった。
本当になんでもなければ、室井は青島に教えてくれただろう。
隠すということは、青島に知られると多少なりとも不都合があるということだ。
つまり、青島にも関係があることなのだ。
青島は得意げに顎を逸した。
「室井さん」
「なんだ」
「俺の職業知ってる?」
「…刑事」
「刑事に隠し事できると思ってんですか?」
さあ吐きなさいと口元に笑みを浮かべたまま軽く室井を睨むと、室井は少しだけ視線を泳がせ、深い溜め息をついた。
「俺は被疑者か…」
青島から手を離してぼやいた室井だったが、観念したように話しだした。
来月に室井の旧友が出張のため上京してくる。
そのついでに会えないかという打診の電話だった。
そしてその日は丁度二人が非番の日にぶつかっていた。
室井が迷いもせずにあっさりと青島を優先してくれたことは正直嬉しいが、喜ばしいばかりでもない。
青島は背筋を伸ばして居住いを正し、室井に向き直った。
「室井さんはそれでいいんですか?滅多に会えないんでしょ?」
「君との約束が先だ」
「そりゃあ、そうだけど。俺のことなら、気にしないでくださいよ」
何故か難しい顔をしている室井に、青島は笑ってみせた。
「俺とならいつでも…は、無理だけど、でも、北海道にいる人よりは簡単に会えるでしょ?」
だから彼に会いに行って来いと言うと、室井は益々難しい顔になった。
会いたくない友人ではないはずだ。
電話の口調も彼のことを話してくれた口調も柔らかくて、室井の好意がみてとれた。
先約の青島がいいと言っているのに、何を躊躇うことがあるのだ。
青島はそう思ったが、室井はもっと単純なことで難しい顔をしていた。
「俺は君との約束を楽しみにしていたんだ」
仏頂面で言われた言葉に、青島は目を丸くした。
君はそうじゃないのかと言いたげな、恨めしげな視線を投げてよこす室井に、青島は破顔した。
室井に抱きつきながら、その背中といわず頭といわず、撫でまわす。
「もー、室井さんてば、なんだよもー」
意味不明な行動で意味の成さない言葉を繰り返すのは、照れと喜びが混ざってテンションが上がってしまったからだ。
室井はむっつりしながらされるがままになっていた。
「なんなんだ一体…」
不機嫌そうな室井の声に、青島は少しだけ身体を離して、室井の目を覗き込んだ。
「楽しみにしてなかったわけないでしょ、俺だって室井さんと一緒にいたいよ」
まっすぐに見つめて言うと、室井の表情が少しだけ和らいだ。
青島の言葉に嘘がないことを見抜いているのだ。
青島は器用に嘘を吐くこともできるが、室井に対して嘘を吐くことは滅多にない。
嘘を吐く理由もない。
こんなに想われていて、想っていれば、心を隠す必要も誤魔化す必要もなかった。
だから、青島が室井に話す言葉はいつも本音ばかりだ。
「室井さん、友達と会う機会なんて滅多にないでしょ?俺だってそうだから良く分かりますよ」
就職をしてすぐは何かと理由を付けて会っていた友人たちも、時が経ち歳をとると自然と距離が出来た。
仕事が忙しかったり家庭を持ったりと、理由は様々だが、決して仲が悪くて離れたわけではない。
機会があれば連絡をとり、久しぶりに会えば馬鹿話で盛り上がったりもする。
だが、やっぱり滅多に会えない。
地元を遠く離れている室井は特にそうだろう。
大人になれば会える機会は減り、会いたいと思える友も減ってしまう。
室井の友人が会いたいと連絡してきたのも、出張で上京する機会でもないと中々会えないと分かっているからだ。
この機会に会っておきたかったはずだ。
室井だって決して会いたくないわけではないはず。
仕事でどうしても都合がつかないのなら仕方がないが、自分が理由でその貴重な機会を潰してしまうのが嫌だった。
「俺たちの歳でこれから気の合う大事な友達ができることってあんまないでしょ?」
そういう機会もあるかもしれないが、あるとしたらそれはきっと幸運なことだ。
「室井さんにも人との繋がり、大事にして欲しいんです」
余計なお世話かもしれないが、心からそう思う。
繋いでいける関係ならば、大事にしてもらいたかった。
「そりゃあ、休みのたびに友達優先されて置いてかれたら寂しいけど」
青島の言葉をじっと聞いてくれている室井に、茶化すように笑って言った。
「室井さんが友達に会いに行ってくれたら、俺は嬉しいです」
室井はそっと吐息を漏らすと、青島の髪をくしゃりとかき混ぜた。
表情はぐっと柔らかくなったから、青島の気持ちはちゃんと伝わったようだった。
「ありがとう」
証拠に呟くように礼を言って、室井は腰をあげた。
携帯電話を手にし、電話をかける。
友人に都合がつきそうだと告げ、待ち合わせなどの打ち合わせをする室井はどこか嬉しそうに見えて、やっぱり会いたかったんじゃないかと、青島は内心で笑った。
これで、来月の10日は室井に会えなくなってしまった。
やっぱりちょっと寂しい。
だけど、室井にも言った通り、青島と室井は会おうと思えばいつでも会えるのだ。
我慢できなくなれば夜中にでも自宅に押し掛けてやればいいだけのことである。
勝手に部屋に入ってベッドで待っていたら驚くかななどという悪戯を考えていたが、電話を切った室井がすぐに圧し掛かってきたから、青島の思考はそこで途切れた。


10日の夜中に、室井から電話が来る。
少し酔っ払い、珍しく少し陽気になった室井が「会いに行って良かった」と言ってくれたから、青島の余計なお世話もたまには役に立ったようだ。
『あいつの家族の話を聞きながら、君に会いたくなった』
そう呟く室井の穏やかな声を聞きながら、青島はカレンダーを眺めていた。
―いつ会いに行こうかな。










END

2012.7.9

あとがき


元ネタは毎度のごとくNSCAからです…
昔、ナックスが名古屋で舞台の公演をしている頃に愛知万博をやっていて、
他のメンバーは仕事で不在だったけど、
お休みだったリーダーが安田さんを万博に行かないかと誘ったそうです。
人ごみ嫌いの安田さんはあっさり断ったそうですが、
翌日再度誘おうとしたリーダーに自ら「行こう!」と仰ったそう。
なんでも、奥さまに電話でその話をしたら「リーダーと行った方がいい」
「万博に行ってくれたら、私は嬉しい」と言われたんだそうで。
そのエピソードに萌えて、いつか室青で書きたいと思っておりました。
書いてみたら、萌えないことこのうえないですけど(おい)
折角なので更新してみました…(おいおい)

奥さまに言われて一念発起するけんちゃんも、
旦那様の社交性を心配してか「行ってくれたら嬉しい」と仰る奥さまも、
そして断られるだろうと思いつつけんちゃんを誘いだそうとしたリーダーも、
とても愛しいエピソードでした。

「行ってくれたら、私は嬉しい」っていう言葉。
なんだか素敵じゃないですか。
けんちゃんの奥さま、素敵だなあ。
けんちゃんと奥さまのエピソードでもう一つ萌えたのがあります。
そのうち書くかもわかりません。
萌えないことこのうえないかもしれませんが(もういい)

…こんなところまで読んでくださった方、ありがとうございました(笑)


template : A Moveable Feast