■ needless to say


青島が思わぬ電話を受けたのは、張り込み中のアパートの中だった。
いつかに雪乃を張り込んだように、対象のアパートの向いのアパートの一室を借りていた。
人が帰って来る気配のないアパートを眺めながら、和久の甥と暇潰しにしりとりに興じていたら、携帯電話が鳴った。
「はい、青島です」
『鳥飼です』
平坦に名乗られて、青島は驚いた。
青島の知人に鳥飼という男は一人しかいない。
先日の湾岸署での拳銃盗難事件の際に調停役としてサーバントリーダーを務めた官僚だ。
それしか心当たりはないが、かといって鳥飼が連絡をしてくるような心当たりもない。
鳥飼が関わってくるような大事件も、今は湾岸署で起こっていなかった。
『青島さん?』
黙ってしまった青島を訝しむように声をかけられて、青島はハッとした。
慌てて、挨拶を返す。
「先日はどうも、お世話になりました」
『お疲れ様でした』
「あの、怪我の具合はどうですか?」
鳥飼は被疑者の部屋のパソコンに仕掛けられていた爆発物で怪我をしていた。
最後に会った時にはまだ頭に包帯を巻いていて、痛々しかったことを覚えている。
『大丈夫ですよ、もう抜糸も済みました』
「そうですか、それなら良かった」
素直な感想を漏らすと、何故か鳥飼が沈黙した。
青島は首を傾げたが、こちらから聞きたいことももう特にない。
用事があるはずの鳥飼に黙られても困る。
「鳥飼さん?何かありました?」
『今夜、時間ありませんか』
唐突な誘いに、青島は目を丸くした。
簡単な言葉で誘われているのに、意味が良く分からなかった。
誘われている理由が分からないのだ。
「ええと…?」
『食事に行きませんか』
青島が余程変な顔をしたのか、和久が不思議そうな目を向けて来る。
和久に向かって窓の外を指し「監視してろ」と指示をしながら、青島は嫌な汗を掻いていた。
何故だか知らないが、鳥飼に食事に誘われている。
青島の認識の中では、鳥飼には嫌われていると思っていた。
人間的には互いにさほど知り合う時間はなかったはずだからひとまず置いておいても、少なくても警察官としては評価されていないはずだった。
子供みたいな正義感で、余計なことに情熱を注いでいる馬鹿な男だと思われていることだろう。
青島も室井も。
好かれていないと知っているだけに、何故誘われているのか分からなかった。
だが、すぐに納得した。
好かれていないからこそ、鳥飼のような男が青島を食事に誘うのは、用があるからに決まっている。
その用が何かは見当もつかないが、内密な話でもあるのかもしれない。
そうでなければ、誘われるわけがなかった。
青島は腕時計を見ながら答えた。
「今張り込み中なんで、20時頃なら…」
夜には緒方と夏美が交代に来てくれることになっていた。
張り込みを交代すれば、帰れるはずだった。
『そうですか』
相変わらず平坦な声音は、鳥飼が何を考えているのか読ませなかった。
失礼かもしれないが、それがより一層不気味で、少し恐かった。
待ち合わせの場所を告げると、鳥飼は電話を切った。
携帯をしまった青島が溜め息を吐くと、和久が心配そうに声をかけてきた。
「何か事件ですか?」
鳥飼からの電話に、和久も何かの事件かと判断したようだった。
青島は肩を竦めた。
「良く分かんない」
「分かんないって…鳥飼さんからだったんですよね?」
「そう、話があるみたいだったけど」
それが何だか分からないと言うと、和久も訳が分からないという顔で「はぁ」と呟いた。
和久の気持ちは良く分かる。
普通の官僚なら所轄の平刑事になんか個人的に連絡などしてこない。
青島にとっても、そんな官僚は一人しか心当たりがない。
だから鳥飼の誘いは訝しかったが、意味もなく鳥飼が青島を誘うわけがない。
話を聞いてみるしかないと、青島は思っていた。




冷酒に口を付けてみるが、何を飲んでいるのか良く分からなかった。
良い酒なのは分かるが、どうしたことかあまり味を感じない。
青島は緊張して冷や汗を掻きながら正座していた。
緊張の原因は今の異様な雰囲気にある。
青島は料亭の座敷にいた。
「…あのぉ」
恐る恐る、差し向かいに座る男に声をかけた。
鳥飼が眼鏡越しに、どこか冷めた視線を寄越した。
「なんですか?」
なんですかじゃないよ、とは青島の心の声だった。
鳥飼が何故こんな店を選んだのか分からなかった。
内密な話をするにしても、個室があれば十分である。
それなのに、サラリーマン時代に一通り接待で色んな店を経験している青島もひくような高級料亭に連れて来られていた。
一体いくらなのか見当もつかないコース料理を眺めて、青島はひきつった。
「俺、そんなに持ち合わせないっすよ」
情けないが正直に訴えると、鳥飼が冷笑ではない笑みを見せた。
「僕が誘ったんですから、ご馳走しますよ」
「はあ…いや、それは申し訳ないっすよ…あ、でも、全部払えって言われても困るけど…」
鳥飼にご馳走になる理由もないし、キャリアに借りを作るのも落ち着かないから、それは避けたかったが、だからといって財布に余裕もなかった。
ついうっかり後半に小声で本音を漏らしたが、ちゃんと聞こえていたらしく鳥飼が苦笑した。
「本当にいいですから、気にしないでください。それより急に呼び出してすみませんでした」
「いえ、どうせ帰って寝るだけですから」
「デートの予定とかはないんですか?」
さらりと聞かれて、青島は一瞬言葉が詰まったが、嘘をつく必要性も特に感じない。
鳥飼も世間話の一つとして話題を振っただけだろう。
青島は冷酒で少し喉を潤してから肩を竦めた。
「向こうも忙しくて」
パートナーがいると認めた青島に、鳥飼は薄く笑った。
「あまり会えないんですか」
「まぁ、そうっすね」
「寂しくないですか」
意外な質問だなと思った。
青島にそう聞くということは、鳥飼なら恋人に会えなければ寂しいと思うということだろう。
大分失礼な感想だが、鳥飼にそんな感情が働くとは意外だった。
青島が知る限り一事が万事クールな男である。
唯一、犯罪を犯した人間に対しては憎悪のような強い感情を見せるようだったが、寂しいというような甘い感情を持ち合わせているとは思わなかった。
「どうかしましたか?」
涼しげな顔で見つめてくる鳥飼に、青島は思い出したように首を振った。
「いや、お互い不規則な生活ですからね、仕方ないって諦めてますよ」
「そうですか、彼女も納得しているんですか」
「ええ?えーと…うん、まあ、してると思いますよ」
「結婚の予定は?」
「あー…いやいや、まだ、そういうことは、ね…」
言葉尻は笑って誤魔化した。
突っ込んだ話はしたくない。
そもそも、何故鳥飼とこんな話をしなければならないのか。
何か話があったから呼び出されたのではなかったか。
話の取っ掛かりとしての世間話に付き合うくらいは青島も構わないが、それにしても会話がどうでもよすぎる。
青島のプライベートなど掘り下げたところで、どうなるものでもない。
「補佐官、俺の話なんかどうでもいいでしょ」
苦笑した青島が話題を転じようとすると、鳥飼がやんわりと微笑んだ。
「そんなことはない、興味深いですよ」
「興味深い?」
「ええ、青島さんという人がどういう人間なのか、興味深いです」
青島は鳥飼の言うことが理解できず、首を捻った。
「それって、どういう…?」
鳥飼は何も言わずただ微笑んで見せた。
その笑みに、何故か落ち着かなくなる。
何を考えているのかイマイチ分からない男、それが青島の鳥飼に対する印象だった。
じっとみつめられれば、その視線に含みがあるようにも見えてくる。
それがなんなのか、青島は無意識に詮索するのを止めた。
「補佐官こそ、どうなんですか」
とりあえず、自分の話題から話を逸らしたかった。
「僕ですか」
「ええ、補佐官ならもてそうだ」
そう言ったのは満更お世辞ではなかったが、鳥飼は苦笑した。
「そんなことはないですよ」
「補佐官、恋人は?」
鳥飼から振って来た話題だからいいだろうと思い、馴々しく聞いてみた。
「今はいませんよ」
「またまたぁ、補佐官なら選り取りみどりでしょう」
からかうように言っても、鳥飼は気分を害した雰囲気もなかった。
「今は仕事をしている方が楽しいですから」
この人もワーカホリックの気があるのかと思ったら、少しおかしかった。
青島と付き合うようになってそうでもなくなったと本人は言っているが、青島の恋人もその気がある。
自分と恋人の現状を鑑みながら、青島は苦笑した。
「そんなこと言ってると、すぐ俺くらいの年齢になっちゃいますよ」
鳥飼は青島を見て微笑した。
「それもいいですね」
「ええ?」
「だって、青島さんは楽しそうだ」
違いますかと目で問われれば、違わないこともなく、青島は肩を竦めた。
将来に不安が全くないとは言わないが、これまでの人生に大きな後悔もない。
結婚もせずに来てしまったが、それも仕方のないことだと割り切っていた。
青島は恐らくこの先も結婚することはないだろう。
やり甲斐のある仕事に巡り合い、掛け替えのないパートナーにも出会った。
青島にとって自分の人生は、そう悪いものではなかった。
「まあ、僕はきっと青島さんのようには生きられませんが」
鳥飼が微笑したまま呟くから、青島は酒を飲みながら笑った。
「あははは、その方がいいですよ、ろくな目に遭いませんから」
青島のように行動して降格の憂き目に遭った男もいる。
「それでも、僕は…」
「え?」
何かを言いかけた鳥飼に視線を向けるが、鳥飼はしばらく無言で青島を見つめ、緩く首を振った。
「いや、何でもないです」
「補佐官?」
「酒はいける口でしょう?遠慮せずにやってください」
「はあ…」
何かはぐらかされた気がして腑に落ちないまま、青島は鳥飼の酌を受けた。


「ご馳走様でした」
店を出たところで、青島は鳥飼に軽く頭を下げた。
少しくらい出すと言ったが、鳥飼が一銭も受け取らないので、大人しく奢られることにした。
鳥飼がそうしたいと言うのだから、意地になることもないかと思うことにした。
「こんなとこで飯食ったの、初めてっすよ」
青島が火照った顔を手の平で仰ぎながら笑うと、鳥飼は目を細めた。
「口に合いましたか?」
「あまりにも美味かったから、癖になったらどうしようかって思ってます」
「またご馳走しますよ」
「ははは…や、それこそ癖になったら困るから」
成り行きで今日はご馳走になったが、さすがにこんな食事を鳥飼に度々ご馳走になる謂れはない。
青島がやんわりと拒否すると、鳥飼が少しだけ眉を顰めた。
そのことに青島は少し違和感を覚えたが、表情の変化は一瞬で、すぐにいつもの涼しい顔に戻っていた。
「急に呼び出してすみませんでした」
それではと歩き出しそうな鳥飼を、青島は慌てて呼びとめた。
「補佐官」
「はい」
「俺に何か話があったんじゃないんですか?」
食事をしている間中聞けなかったことを、ようやく口にした。
結局3時間ほど座敷にいたが、とうとう最後まで鳥飼から意味のある話は聞かされなかった。
恋人の話から始まって、これまでの経歴や学生時代のこと、休日の過ごし方や趣味の話、最終的には青島が好きなモデルガンの話を披露して終わってしまったのである。
鳥飼が色々聞いてくるから青島もつい調子に乗って話したが、そんな話が聞きたくて鳥飼は青島を呼びだしたわけではないはずだ。
肝心な話がまだだろうと、青島は思った。
「何かあったから、俺を呼びだしたんでしょう?言ってください」
それほど言いだし辛い話なのかと思い、酔った頭を冷静に保ちながら、青島は身構えた。
鳥飼は黙って青島を見ていたが、不意に青島の腕を掴んだ。
思わぬ力強さに、青島は目を瞬かせた。
「…補佐官?」
「話したいことは特にないです」
じゃあ何で呼びだしたんだと思ったが、青島がそう問う前に鳥飼が言った。
「あなたに会いたかっただけだ」
どこか冷めた眼差しなのに射抜かれるような熱を感じて、青島は困惑した。
何でと思ったが、口から出て来ない。
馬鹿みたいに鳥飼を凝視していると、鳥飼は微苦笑を浮かべて、青島から腕を離した。
「それでは」
それだけ言って、鳥飼は青島から離れて行った。
今度は青島も引き止めなかった。




「室井さん?」
帰宅した青島は、スーツのジャケットを脱いだだけのワイシャツ姿でソファに寝転がる室井を見て目を丸くした。
転寝していたのか、青島を見上げて欠伸を噛み殺している。
「おかえり」
「ただいま…じゃなくて、なんでいんの?」
会う約束はしていなかったし、長い付き合いだが連絡もなく室井が突然やってくることなど、数えるほどしかなかったから驚いた。
突然やって来たところで青島が部屋にいるとは限らないからだ。
急な徹夜が珍しくもないことを、室井も知っている。
帰って来るのか来ないのか分からない青島を延々と待っているほど、室井だって暇ではないから、連絡もなく突然やってくることは希だった。
首を傾げた青島が近付くと、室井が半身を起こして青島が座るスペースを作ってくれた。
そこに素直に腰を下ろす。
「何かあったんですか?」
改めて聞くと、室井はちらりと青島を見て首を横に振った。
「いや」
「今日は約束してなかったですよね?」
思わず自分の記憶違いを疑うが、室井は苦笑した。
「してないから、心配するな」
「はぁ…」
「早く帰れたから寄っただけだ」
「それだけ?」
「それだけだ」
訝しく思い室井の顔色を伺うが、普通に青島を見返してくる室井には隠し事をしている雰囲気はない。
強いていえば、いつもより幾分表情が柔らかい。
悩みがあるとか、仕事に行き詰まっているとか、そんなこともなさそうだった。
本当に、ただ何となく会いに来ただけなのか。
青島がまだ疑っていると、室井はちょっと気まずそうに苦笑した。
「本当に理由はないから、悩まないでくれ」
ありもしない理由を探られる気まずさからか、
「会いたかったから会いに来ただけだ」
と続けた。
それ以上でもそれ以下でもないと言いきられれば、青島も安心して笑みを零した。
「グッドタイミング」
「なに?」
「いーえ、俺も会いたかったって言ったんですよ」
そう言うなり、室井の腰にしがみつくように抱きついた。
勢い余って室井がひっくり返るが、構わずにそのまま室井の腹を枕にした。
室井も嫌がらずにされるがままになっている。
「酒臭いな」
小さく笑いながら、室井の手が青島の髪を梳いた。
「飲んでましたから」
「そのわりに、あまり酔っ払ってはいないようだが」
酔いなんて一瞬で醒めてしまった。
それなのに、帰り道は半分くらい記憶にない。
何を考えていたのかも、今となっては良く覚えていなかった。
機械的に慣れた道を歩いて帰って来ただけである。
室井の顔を見て、現実に戻った気がした。
「室井さんって凄いなあ」
青島がしみじみ呟くと、意味のわからない室井は怪訝な顔をした。
「何がだ?」
「顔を見ただけで酔いが醒めた、って話です」
「それはいいことなのか?」
首を捻った室井に、青島は笑って首を伸ばした。
「嬉しくて酔いなんかどっか行っちゃったってことですよ」
キスを強請る仕草に気付いたのか、室井は苦笑して顔を寄せてくれた。




呼び出してまで鳥飼が青島に会いたがった理由。
信じられない思いではあったが、その理由が分からないほど青島も鈍くはない。
鳥飼ははっきりとは言わなかったが、腕を掴む手の力強さや、らしくもなく熱い眼差しが物語っていた。
だが、鳥飼の気持ちを知ったところで、青島にはどうすることもできない。
青島には好きな人がいた。
到底、鳥飼の気持ちに応えることなどできない。
幸いなことに、鳥飼ははっきりとは気持ちを口にしなかった。
青島の答えを求めていないのだろう。
申し訳ないと思いつつ、青島は気付かなかったことにするつもりだった。
それが鳥飼のためでもあると思った。
おそらく、今後そう会う機会はないし、親しくなることもないだろうが、だからといって気まずい関係にはなりたくなかった。
いつかまたどこかの現場で会った時に、遠慮なくぶつかるためにも。


青島はそんなふうに割り切って、この夜の事を忘れるつもりだった。
室井と抱き合っているうちに、本当に忘れてしまった。
忘れ去ってしばらく経ったころ、どこで聞いてきたのか青島が鳥飼と料亭なんぞで食事をしたと知った室井に、根掘り葉掘り聞かれることとなる。










END

2012.3.5

あとがき


40万HITの時のお礼リクエスト「室青ラブラブ前提で、三角関係」です。
が、あんまり三角になってないです…
すみません…(泣)

なんとなく、鳥飼さんなら脈がなかったらあっさり引き下がりそうな。
冷静な人だと思うので(犯罪者が絡まなかったら)、
馬鹿な真似はしないんじゃないかしら…とかとか。
思いながら書いたら、青島君にちゃんと告白するまでもなく諦める鳥飼さんに
なってしまいました(汗)
この続きを書いたら、ちゃんと三角形になるかしら…。
ひとまずこれで終了でございますが!

リクエストをくださったお客様、ありがとうございました!
物足りない展開になってしまって申し訳ないです;
リベンジしたい!



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