■ Special day3
目を覚ました青島は、不愉快そうに顔を顰めた。
自身の身体から香る酒と煙草の匂い。
風呂にも入らず寝たせいで、汗にベタつく身体が気持ち悪かった。
気分的な問題ではなく、胃の辺りにも不快感を覚えて気持ちが悪い。
完璧な二日酔いだった。
夕べ珍しく湾岸署に訪れていた真下を誘って、飲みに連れて行った。
真下に奢らせたのだから、連れて行ったというのもおこがましいが。
明日誕生日だから祝ってよと少々強引にお願いしたら、しぶしぶではあったが付き合ってくれた。
奢りと聞いて黙っているはずのないすみれと三人でしゃぶしゃぶを食べに行き、翌日の今日も仕事だったすみれを先に帰して、真下と二人でカラオケボックスに4時間も居続けた。
朝方近くに帰宅した記憶はあるが、どうやって帰って来たのかも定かではない。
無事に帰宅し、スーツを脱いだまでは良かったが、どうやら着替える余裕もなかったらしく、青島はパンツとアンダーシャツ一枚で寝ていた。
さすがに肌寒い。
青島は不快な胃を撫で摩りながら、誕生日に何をやっているんだかと、我ながら呆れた。
前夜に飲み過ぎて、折角誕生日当日が非番だったというのに、目覚めたら既に正午を大幅に回っていた。
挙句、二日酔いで気持ちが悪い。
今日一日、特に何をするでもなく終わってしまうだろう。
尤も、元気いっぱいでも、何の予定もなかった。
こうなると非番であったことが良いことなのかどうか。
飲み過ぎて良く覚えていないが、一応夕べは真下やすみれにお祝いをしてもらえたことが救いだった。
真下の奢りのご相伴に預かりに来ただけのすみれだったが、しゃぶしゃぶの店に行く途中にコンビニに寄って、アメスピを二箱買い、青島にくれた。
そういえば、数年前にもすみれにアメスピを貰ったことがある。
ふと思い出し、物思いに耽った青島だったが、記憶から何かを振り払うように首を振ると、ベッドから這い出た。
せめてもう少し人間らしい誕生日を迎えたい。
「真下は無事かなあ」
自分よりもはるかに酒に弱い真下の二日酔いを心配しつつ、風呂場に向かった。
溜まっていた洗濯をして、部屋の掃除をし、買い物に出かけたら、もう夜になっていた。
面倒なので夕飯は買って来た弁当で済ませるつもりだった。
後は買い置きのビールを飲んで寝るだけである。
良くある、休日の風景だった。
誕生日だからといって変わったことなど起きはしない。
わびしい弁当を見つめて、青島は苦笑した。
「彼女でも作ろうかな…」
刑事になってからの青島は、あまり積極的に恋人をつくろうと努力したことがなかった。
忙しくて合コンする暇もなかったせいもあるが、何よりその気にならなかったからだ。
数少ない出会いでそういう雰囲気になった人もいたが、それも長くは続いていない。
おかげでここ数年は、誕生日に恋人がいたことがなかった。
だが、そろそろ本気で考えてもいいのかもしれない。
青島だってそれなりの年齢になり、いつまでも独り身でいるのは考えものだった。
結婚願望があるわけではないが、誕生日を当たり前に一緒に過ごせる存在がいるのはいいことかもしれない。
普段あまり意識することのない寂しさを感じ、青島は自嘲した。
何も誕生日に自分の人生を改めて考えてみることもない。
気分を変えるように割り箸を手にするが、途端に鳴ったインターホンに再び手を止める。
来客の予定はないから、思い当たる節は、勧誘と宅配便くらいだ。
首を傾げつつドアを開けると、カエル急便の制服を着た男が立っていた。
「青島さんにお届けものです」
にこやかに伝票を差し出されて、青島もつい愛想笑いを浮かべた。
「あ、どうもー」
「ここにサインお願いします」
「はいはい…」
青島がサインをすると、配達員は青島に小包を手渡して、元気に挨拶をして帰って行った。
それを見送り、青島はホッと息を吐いた。
そうそう爆弾など届くはずもないのだが、カエル急便を見かけると未だに少し緊張する。
立派なトラウマだ。
青島はリビングに戻りながら、小包を確かめた。
几帳面な文字で書かれた差出人の名前に気付いて、一瞬呼吸を忘れるくらい驚いた。
なんで。
どうして。
脳裏に浮かぶのはそんな言葉だけだった。
しばらくの間固まっていた青島だったが、思い出したように手を動かし、小包を開いてみた。
小包の中には緩衝材に包まれた小さな箱が入っていた。
その箱の中に入っていたのは、高級ブランドの腕時計だった。
それを呆然と眺めていた青島は、不意に表情を歪めた。
こんなものを室井に贈られる覚えはない。
室井との付き合いは長くなったが、その関係は上司と部下の域を出ていない。
友人と呼べる程の親しい間柄ですらなかった。
当然、室井から高級時計を貰う理由も青島にはない。
だけど、この贈り物の意味が分からないわけではなかった。
12月13日に指定された配達日。
メッセージカード一つ添えられていないが、紛れもない誕生日プレゼントだった。
「どうして…」
青島の喉の奥から呻くような呟きが漏れる。
どうしてこんなものを贈って寄越すのかと、忌々しく思った。
室井に誕生日プレゼントをもらうのは、これが初めてではない。
初めてもらったプレゼントは、湾岸署の自販機で買った缶コーヒーだった。
たまたま訪れた湾岸署で、偶然青島の誕生日を知ってしまった室井が、咄嗟に贈ってくれたものだった。
取ってつけたようにプレゼントでも、青島にとっては凄く嬉しいプレゼントだった。
その日の夜は、らしくもなく寝付けなかったことも覚えている。
翌月の室井の誕生日には、今度は青島がお礼の振りをしてハンカチをプレゼントした。
たかが缶コーヒーのお返しに大袈裟なものを贈っては受け取ってもらえないかもしれないと思い選んだハンカチだった。
幸い室井は受け取ってくれたから、そのことも青島にとっては凄く嬉しかった。
偶然の幸運。
こんなことはもう二度と起こらないだろうと思っていたが、青島が室井にハンカチをプレゼントした年の12月13日、室井は青島に携帯用灰皿をプレゼントしてくれた。
湾岸署にたまたま用事があったからついでにと、青島の誕生日を祝ってくれたのだ。
二度も続いた幸運を有り難く思いながら、青島は翌月3日に本庁に乗り込み室井にプレゼントを渡した。
前年は後ろめたさが手伝って室井の誕生日当日に会いに行くことが出来なかったが、その年は堂々と偶然を装った。
室井が二年連続青島の誕生日に偶然湾岸署を訪れたのだから、青島にもその偶然が起こってもいいだろうという、良く分からない理屈をこねて自身を誤魔化した。
それから数年、どういうわけか誕生日プレゼントの交換が続いていた。
贈り合う物は、金銭的な意味ではそれほどのものではない。
青島には、そんなことはどうでもいいことだった。
約束以外の何かで室井と繋がっていられることが、ただただ嬉しかった。
室井との間に、何かがあるわけではない。
プライベートを一緒に過ごす機会もほとんどなかった。
それなのに、プレゼント交換だけは欠かさなかった。
それも、今年からは無いものだと思っていた。
室井が広島に異動になったからだ。
室井は異動が決まってから一度も青島に会いに来ることなく広島に行ってしまった。
話すらしていない。
青島からも連絡は出来なかった。
何を話せばいいのか分からなかった。
一度は辞表を出した室井だが、広島への異動を受け入れたということは、青島との約束を忘れてしまったわけではないだろう。
青島はそう信じるしかなかった。
信じることで、室井とまだ繋がっていると思いたかった。
だが、戯れのように続いていたプレゼント交換は、これを機会に終わったものだと思っていた。
偶然と、装った偶然で始めたことだった。
遠く離れてまで続けられるものではない。
だから、毎年密かにイイコトがあるはずと期待していた自身の誕生日にも、今年は何の期待もしていなかった。
それなのに届いた室井のプレゼント。
しかも、今までにない高級なプレゼントだった。
これまでの義理や気遣いとも取れるそれとは違った、プレゼントらしいプレゼント。
青島は磨き上げられた光る文字盤を見つめ、より一層苦しそうに表情を歪めた。
「どうして、こんなもの…」
泣きそうになりながら眉を顰めると、時計を握りしめた手を額に押しつけた。
「こんなの寄越すくらいなら、一言言っていけよ…っ」
特に意味のなさないプレゼント交換を繰り返しながら、時々は青島も考えた。
もしかしたら、室井も同じ気持ちでいてくれているのではないか。
偶然という言葉に乗っかって、繋がりを求めたのは自分だけではなかったのではないか。
そう考えるたび、そんなわけはないと自身の考えを打ち消した。
室井が自分に恋心を抱いているとは、とてもではないが思えなかった。
それでも、もしかしたらと心のどこかで期待してしまうのは、青島が室井のことを好きだったからだ。
だが、その淡い夢も、室井が広島に行ってしまった時に、消えてなくなった。
青島に何も言わずに行ったのは、言う必要がなかったからだと思ったのだ。
室井のことだから、自分の決意は行動で示してくれるはずだった。
広島で頑張ることで、まだ諦めていないと青島に伝えてくれるつもりかもしれない。
そういったことを言葉にしないのは、室井らしく思えた。
だが、他に伝えるべきことがないのなら、室井にとっての青島の存在は、結局約束のみの繋がりでしかなかったということだ。
別れの言葉すらなかったことを、青島はそう判断していた。
それなのに、誕生日にこんなものを贈り付けてきたりする。
こんなものより、言うべき言葉があるのではないか。
室井にも、もちろん青島にも。
青島は俯いていた顔を上げると、テーブルに置いてあった携帯電話を手に取った。
連絡先はいつかの事件の時に交換してしたから知っている。
躊躇うことなく電話をかけると、数度のコールで繋がった。
『青島か…?』
繋がった途端に名前を呼ばれて、青島はぐっと奥歯を噛みしめた。
懐かしい声、愛しい声だった。
一瞬何を伝えるために電話をしたのか忘れてしまう。
かけたくせに黙りこむ青島に、室井から話しだした。
『電話をくれたということは、届いたんだな?』
そりゃあ届くよ、わざわざ今日を指定したの、アンタじゃない。
青島がそんなことを考えていると、室井が小さく息を吐いた音がした。
『もう言わなくても分かってると思うが、一度だけ言わせてくれ』
「…何を」
声がみっともなく震えたが、それを気にする余裕すら青島にはなかった。
『君がずっと好きだった』
目をきつく閉じて、衝撃をやり過ぎしてから、青島はぶっきらぼうに告げた。
「俺もですよ」
ふてくされたような声になってしまったが、ようやく告げられたことに、青島は安堵していた。
だが、今度は室井が黙る。
顔も見えやしないが、室井の衝撃が伝わってくるようだった。
「何、驚いてんですか」
『…驚くに決まってるだろ』
「俺が同じ気持ちだとは、思ってもみなかった?」
『期待したことはあったが、有り得ないと思っていた』
どこか気の抜けたような返事が返ってきて、青島は思わず笑みを浮かべた。
重なる偶然や無意味に続けられたプレゼント交換に期待を持ち、その期待に自信がもてなかったのは、青島ばかりではなかったのだ。
確かめたくても確かめられなかった気持ち。
そんなものをひっそりと込めて贈り合っていたプレゼントだったはずだが、今年の室井のそれは明らかに違っていた。
もう隠す気がなかったのだろう。
室井はプレゼントを受け取った青島が連絡をしてくるのを待っていたのだ。
だからこその、突然の告白だった。
青島は緩む涙腺に負けて、鼻をすすりながら文句を言った。
「だったら、もっと早く言ってくださいよ」
『君だって何も言わなかっただろう』
ご尤もな室井の反撃に合うが、それでも文句は言い足りない。
「せめて広島に行っちゃう前に会いに来てくれたっていいじゃないっすか」
『…前のように、蹴り帰されるんじゃないかと思ってな』
それは懐かしい言葉で、副総監誘拐事件の時に負傷した青島が、入院中に看護婦相手に豪語した言葉だった。
青島の見舞いに来る暇があるなら、さっさと上に行けという期待を込めた応援だった。
それを立ち聞きしていた室井は青島の言葉通り見舞いには現れず、青島の期待通り早期の本庁復帰を果たしている。
今度も室井はそのつもりだったのだ。
広島で頑張って、結果を出し、一日も早く本庁に戻る覚悟だったのだ。
室井が諦めていない証。
そう思えて、青島には心が震えるほど嬉しかった。
だが、それが上手く形にならない。
伝えたい気持ちがあるはずなのに言葉にならず、青島はただ鼻をすすった。
室井の声だけ、耳に届く。
『だが、君と遠く離れて、偶然を狙って会うこともなくなった。今年からは誕生日にプレゼントを渡すこともできなくなるのだと気付いて、我慢できなくなった』
青島は手元に視線を落とした。
揺れる視界が腕時計を捉える。
「こんな、高価な物…」
『一度くらい、ちゃんと気持ちを形にしたかったんだ』
たまたま目の前にあった自販機で咄嗟に買った缶コーヒーではなく、受け取った青島が困らぬように極力気兼ねせず使えるものとして選んだ携帯用灰皿でもなく。
室井がただ青島にもらって欲しくて選んだプレゼントだったという。
青島は自然と浮かぶ笑みに口元を綻ばせた。
「困ったな…」
『迷惑だったか?』
不安そうな声が返ってきたが、そんなわけがない。
「次の室井さんの誕生日、何贈ればいいかな」
青島が困っているのはそれだけだ。
こんな高価なものを貰っても、同等のものはあげられない。
例え愛しい人の誕生日を祝いたいと思う気持ちが同じでも、官僚の室井と青島とでは財布の中身が違っている。
もちろん、室井がそんなことを期待しているはずがなかった。
『君がくれるなら、何でもいい』
穏やかな声に、喜びが滲んでいる気がした。
『いや…何もいらないから会いたい、青島』
青島の頬が熱くなる。
どんな顔で言ってるんだろうと思ったが、おそらくどこまでも真面目な顔をしているに違いない。
「会いに来たら、蹴り帰しますよ」
室井がうっと言葉を飲み込む音を聞きながら、青島は腕時計を見つめて微笑んだ。
「室井さんは来なくていいですよ、俺が会いに行くから」
相変わらず仕事は忙しいが、全く休めないわけではない。
年末年始も、交替で休暇を取ることになっている。
大事件でも起こらない限り、3日に休暇を取ることは可能だろう。
『青島…』
「誕生日に会いに行ってもいい?」
『もちろんだ、待ってる』
力強い返事に満足し、青島は携帯電話を肩で挟むと、していた腕時計を外して室井のプレゼントの腕時計をはめてみた。
青島が普段使っている腕時計よりも、少しシックで豪華なそれは、我ながら良く似合うと思った。
気のせいかもしれない。
気のせいでも別に構わなかった。
青島自身が気に入ったのだから、なんの問題もない。
「ありがとうございます、室井さん」
何も起こらないはずの誕生日だった。
一人寂しい誕生日のはずだった。
室井の告白とプレゼントが、その日を一変させてしまった。
今はもう、微塵も寂しさなど感じていない。
室井には凄く会いたかったが、喜びが勝っているせいか今は会えなくても構わなかった。
その変わり、来月にはきっと会える。
恋人になった室井に会える。
そう思うだけで、幸せだった。
『気に入ってくれたか?』
「ええ、俺にはちょっと贅沢だけど…凄いカッコイイです」
『そっか、なら良かった』
貰ったのは青島なのに、室井も嬉しそうだった。
『おめでとう、青島』
改めての祝いの言葉。
毎年聞いていた言葉だが、今年に限っては酷く甘く聞こえる。
青島は照れ笑いを浮かべてもう一度礼を言った。
END
2011.12.10
あとがき
ちょっと早いけど、青島君お誕生日おめでとう!!
っという、お話でした。
ずっと書きたいなーと思っていた2008年のお誕生日に書いた
「Special day」の続きになります。
今更ですみません(^^;
毎年毎年、無意味にちょっとしたものをプレゼントしあっていたら
可愛いなあと思いましたが、
結果として随分長いこと両思いの片想いになってしまったんじゃないかしら…(笑)
広島で室井さんのお誕生日に再会話を書いたら、このお話は終了です!
青島君、生まれてくれてありがとう。
44歳のあなたも愛してます!
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