■ 遅咲き(4)


青島は一枚の写真をまじまじと見つめた。
室井の部屋の本棚を整理していて見つけた写真だった。
写真に写っていたのは今より少し若そうな室井と、室井に寄り添うように並んで立っている女性だった。
写真を撮った場所はどこだか分からなかったが、背景には紅葉が写っていた。
どこかの観光地かもしれない。
「元カノ、かな?」
青島は首を傾げて呟いた。
改まって聞いてみたことはなかったが、青島と付き合う前の室井に彼女がいたとしてもなんの不思議もない。
なんせ出会ってから恋人になるまで13年も経っているのだ。
その間、青島にだって恋人がいた次期があった。
だから、こんな写真が出てきたところでどうということもないが、室井の昔の恋人が気にならないわけでもない。
写真の中で柔らかく微笑んでいる彼女は、キレイな人だった。
室井さんより少し若いかなとか、どこで知り合ったんだろとか、ぼんやり考え込んでいると、背後から声をかけられた。
「どうかしたのか?」
振り返ると、台所を片付けていたはずの室井がいつの間にか背後に立っていた。
青島は指先で写真をつまみ、室井に差し出した。
怪訝そうに受け取った室井が写真を見て目を剥いたから、青島は笑みを零した。
「元カノっすか?」
室井は青島をちらりと見て、写真に視線を戻し、眉を寄せた。
気まずそうではあったが、頷く。
やっばりと思いながら、青島は室井の手元を覗き込んだ。
「キレイな人っすね」
室井がまたちらりと青島に視線を寄越す。
視線を受けて青島がやんわり笑うと、室井は小さく溜め息をついた。
「そうだな…」
青島が昔の恋人の写真を不快に思っていないことを悟ったのか、素直に応えた。
「この写真、どこにあったんだ?」
「本に挟まってたみたいですよ」
ダンボールに詰められた本を指差して言うと、室井は首を傾げた。
なんでそんなところに写真が入っていたのか分からないのだろう。
何かの拍子に本に挟んで、その存在を忘れてしまっていたのかもしれない。
「何年前くらいですか?」
好奇心のまま尋ねると、室井は少し嫌な顔をしたが、無視するわけにもいかないと思ったのか、仕方なさそうに応えた。
「5年くらい前だ」
「てことは、室井さんがまだ30代の頃かー」
若いはずだと思いながら、写真を眺める。
「どれくらい付き合ってたんですか?」
「…3年くらいか」
「わ、結構長かったんですね」
青島は写真から室井に視線をうつした。
俺が聞くべきことじゃないかなと思いながら、率直な疑問を口にする。
「なんで別れちゃったんですか?」
彼女の歳は知らないが、室井の歳で三年も交際をすれば結婚を考えていてもおかしくない。
真面目な室井の気性を知るだけに余計にそう思う。
室井が結婚していれば、今青島が室井の隣にいることはなかった。
そのせいか、なんとなく室井と彼女の別れが気になった。
室井は青島を見て小さく息を吐いた。
「俺が振られたんだ」
「あ…それは、残念なことで…」
予想外の回答にとんちんかんな受け答えをした青島に、室井は苦笑を漏らした。
よく考えれば可能性は二分の一で、室井が振られたとしても全くおかしくはなかった。
その可能性を、青島が勝手に「ない」と無意識に思い込んでいただけのことである。
惚れた欲目だろうかと思って、青島も苦笑した。
「結婚を考えていた」
室井の告白には、さすがに笑みが引っ込んだ。
「それは…」
言いかけて、言葉を飲み込む。
なんと声をかけたらいいのか分からなかった。
室井が彼女と結婚を考えてもおかしくはないと思ったが、実際に考えていたと知ると胸中は複雑である。
嫉妬しているというほど強い感情は沸いてこないが、なにかが一つ違えば今の状況にはなり得なかったのかと思うと軽い焦燥感を覚えた。
青島の複雑な胸中を知ってか知らずか、室井は淡々と言葉を続けた。
「プロポーズしたら、振られたんだ」
「…災難でしたね」
思わず口をついた一言は、本当に思ったことだった。
室井を振るとは見る目がないと思った。
これも惚れた欲目かもしれないが、室井が結婚を決めるということは、相手を生涯大事にすると決めたということだ。
彼女が室井を愛していたら、彼女はきっと幸せになれたはずだ。
見る目がないとしか、青島には思えなかった。
「俺には彼女しかいないと思ったんだがな…」
相変わらず淡々としている室井をちらりと見て、そうだろうなと思う。
そうでなければ、室井は結婚を決意したりはしない。
だが、室井が青島と結婚しようと決意することは、一生ない。
それを少しだけ寂しく思った。
だが、そんなことを顔に出すほど若くはなかった。
「そういうこともありますよ」
うまくいかない恋もあれば、うまくいく恋もある。
俺たちみたいに、と笑おうとしたが、室井が真顔で青島を見ていたから笑えなかった。
「あなたと結婚したら幸せにはなれると思うけど、私はきっと寂しいと言われた」
「…どういう意味ですか?」
「あなたの一番は私じゃない、そう言われて振られた」
青島は目を剥いた。
いやまさか、と思う。
室井が結婚を考えた時点で、その時の室井の一番は彼女だったはずだ。
だから、そんなわけがない。
室井が結婚出来なかった理由が自分にあるなど―。
「好きな女性は彼女しかいなかったが、一番は確かに他にいた」
だから彼女の言う通りだなと素っ気なく言って、室井は写真をゴミ箱に捨てた。
青島はなんとなくゴミ箱に視線を落とした。
「…いいんすか?写真」
「存在を忘れていた写真だ、取ってあっても仕方ないだろ」
「まぁ、そうですけど…そういや俺たち、一緒に写真撮ったことないっすね」
「そうだな」
「今度撮りましょうよ」
「それは構わないが…青島」
「なんすか」
「顔、真っ赤だぞ」
「熱いんですよっ」
ちょっと投げやりに言うと、室井が小さな笑い声を漏らした。
口元を片手で覆い室井を睨むが、室井は穏やかに笑っていた。
嬉しそうにしないでもらいたかった。
生涯を共にしようと考えるほど真剣に愛した女性がいたにも関わらず、それでも室井は青島を忘れられなかったのだ。
嬉しかったのは青島の方だ。
「室井さんが振られたのは、俺のせいなんすね」
悪いとも思ってはいないが、照れくささにふざけてごめんなさいと謝ると、室井は肩を竦めた。
「別に君のせいじゃない」
俺のせいじゃないのだとしたら逆に悲しいな、などと口に出さず思っていると、室井はガムテープを手にしてしゃがみこんだ。
「俺が勝手に君に惚れたんだ、君のせいじゃないだろ」
ガムテープで段ボールに封をしていく室井を見下ろし、青島は笑った。
「そりゃ、そうっすね」
「でも、やっぱり半分は君のせいだな」
舌の根も乾かぬうちに前言を撤回し、室井は立ち上がった。
目線が近くなり、 真っ直ぐに見詰めてくる黒目がきれいだなと、今更ながら思った。
「君じゃなかったら、もっと早くに諦めてた」
青島を諦めることができていれば、室井はその彼女と結婚していただろう。
本当はそうであるべきだった。
苦労すると分かっていて、わざわざ道を踏み外すこともなかった。
そんなことは室井も青島も分かっていて、分かっていながらどうすることもできなかったのだ。
何年かかっても忘れられなかったのだから、仕方がない。
青島は少し熱くなった目の奥を気付かせないように、困ったように笑った。
「お互い様だから、恨みっこなしにしましょうね」
頷いた室井は小さく微笑んで青島に唇を寄せた。


室井は数日後に引っ越しをする。
引っ越し先には、同居人がいる。











END

2012.1.28

あとがき


最近、同居するとかしないとかのお話ばっかり書いてるような…(笑)

ちょっと何か恥ずかしいお話になりました。
室井さんに夢見過ぎでしょうか。
妄想だし、夢見がちでもいいかしら。

このシリーズで、同居する前のお話をまだ書くかもしれません。
思いつくままに書いております…(^^;


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