■ bolt from the blue
本庁を出た室井は、部下の運転する車の後部座席に乗り込んだ。
ゆっくりと発進する車に、誰かさんの運転とは大違いだなと思い内心で苦笑した。
青島は運転が下手なわけではないが、荒い。
普段はそうでもないが、急いでいる時の彼の車に乗るには多少の勇気がいった。
それでも、青島の運転する車に乗るのは嫌いではなかった。
無言で運転する部下をちらりと見やり、重苦しい空気の車内に青島を恋しく思う。
会いたいなとつい思ってしまい苦笑が漏れたが、携帯の着信音に表情を引き締めた。
だが、電話の相手が青島だったので驚く。
室井の気持ちが通じたわけではないのだろうが、タイミングが良過ぎた。
ちらりと運転席の部下を見やり、電話に応じた。
「はい」
『青島です、お疲れ様です』
「お疲れ様、どうした?」
『すいません、室井さん』
いきなり謝られて、眉をひそめる。
青島に謝られるような覚えは全くなかった。
「何がだ?」
聞き返すと少しの間の後、青島は意を決したように言った。
『しばらく会えません』
室井は目を剥いた。
それはどういう意味だと思ったが、驚き過ぎてすぐには言葉が出ない。
『実は……ああ、課長が呼んでる』
憂鬱そうな声音に電話を切る気配を感じ、室井は慌てて青島を引き止めた。
「ちょっと待て…っ」
『すいません、また後で電話します』
青島は申し訳なさそうにそれだけ言うと、電話を切った。
切れた携帯電話を握り締め、室井は呆然とした。
また後でと言われて、はいそうですかと頷ける内容ではなかった。
しばらく会えない。
遠距離恋愛をしているわけでもない恋人にそう言われたのだ。
事情を知らずにいて平気なわけがなかった。
会いたくないから、という理由ではないと思いたい。
ケンカをしているわけでもないし、付き合いは長いが関係が冷めているわけでもない。
頻繁に会えない分、会える時間は大切にしてきたつもりだった。
それなのに、青島から一方的にしばらく会えないと言われてしまった。
青島に何かあったのだろうか。
仕事が忙しいだけならいつものことだから、わざわざ改めて電話をしてきて断るとも思えない。
また潜入捜査にでも係わっているのか、それとも海外研修にでも行くのか。
それならいい。
寂しいが仕方ないし、理解は出来る。
そうではなく、青島が室井と会えない原因が、室井にあるとしたら―。
室井の血の気が引いた。
電話の声を聞く限り怒っているようには聞こえなかったが、室井と距離を置きたくて会わない気でいるとしたら一大事だ。
「どうかされましたか?」
部下に声をかけられて、室井はハッとした。
明らかに動揺している室井に、部下がバックミラー越しに視線を寄越し遠慮がちに声をかけてきた。
大事件だと喉まででかかった声を飲み込み、室井は険しい表情で「なんでもない」と応えた。
その夜、室井は青島の部屋にいた。
仕事を終えて真っ直ぐ向かったのだが、青島はまだ帰宅していなかった。
合鍵で勝手に部屋に上がりソファに落ち着くと、青島が帰って来るのをまんじりともせず待っていた。
連絡もせずに来たから何時に帰って来るかも分からない。
もしかしたら帰って来ない可能性だってある。
それでも、どうしても直接会って話がしたかった。
しばらく会えない、その理由を聞かなければならなかった。
でなければ、明日からの仕事に支障が出る。
今夜寝られるかどうかすら怪しかった。
いつくれる気なのか分からない青島からの連絡を悠長に待っていることは出来なかった。
だから、早速自宅まで乗り込んで来たのだ。
室井は朝まででも待つ気でいたが、日付が変わってすぐに玄関のドアが開く音がした。
部屋に入って来た青島が、目を丸くして室井を見ている。
「室井さん?どうしたの?」
どうしたもこうしたもあるかと言いたいのをグッと我慢し、室井は努めて冷静に口を開いた。
「話を聞きに来た」
「話?」
首を傾げる青島に、室井の額に青筋が浮かぶ。
自ら室井に爆弾を落としたというのに、投下した本人は忘れているとは何事か。
室井の口調が不機嫌なものになっても仕方がなかった。
「電話くれたろ」
「電話?ああ、それで…」
納得したのか青島はポンと手を叩いたが、途端に表情を曇らせた。
「室井さん何で来たの?しばらく会わないって言ったじゃない」
「だから、その理由を聞きに来たんだっ」
冷静でいようと心掛けていたが、思わず声を荒げてしまう。
だが、悪いのは室井ではないだろう。
不安にかられて自宅までやってきた室井に対してこの仕打ちだ。
相手は大抵のことなら許せてしまう愛しい人ではあれど、さすがに腹が立つ。
怒鳴られて驚いたのか、青島は目を見開いて室井を見ていたが、恐る恐る口を開いた。
「室井さん、もしかして怒ってる?」
「…怒ってない」
「でも、顔恐いですよ?」
「怒ってないから、会えない理由を教えてくれ」
なんだか、酷く女々しいことをしているようで情けなくなってきた。
だが、今更後にはひけない。
何も聞かずには帰れないのだ。
女々しくてもなんでも、青島から事情を聞かないことには帰れない。
座ったままの室井を見下ろし、青島は困ったように眉尻を下げた。
「太りまして」
唐突な一言に、室井はどうリアクションすればいいのか分からなかった。
それが質問の答えなのかどうかすら、分からなかったのだ。
ぽかんとする室井から、青島は気まずそうに視線を逸らした。
「すみれさんに最近太り過ぎだって言われちゃって。自分じゃ自覚なくって、そんなことないだろうと思ったんですけど、久しぶりに体重計ったら5キロ増えてて」
未だに話が見えてこず、室井は首を捻った。
「それで?」
「だから、ダイエットしようと思って」
「…そのことに、俺は何の関係があるんだ?」
室井の率直な疑問に、青島は唇を尖らせた。
「室井さんとデートすると太るんですよ」
「何?」
「室井さん料理美味いから、ついつい食い過ぎるんです。外食したって、いい店連れてってくれるから美味いもん食わせてくれるでしょ?」
だから太るのだと、青島は主張した。
室井は愕然とした。
「まさか、それが理由なのか?」
しばらく会えない理由がそんなことなのか。
呆気に取られている室井に、青島は大きく頷いた。
「はい、それです」
しばらくダイエットして元の体重に戻そうと思って、でも中々体重落ちないんですよね、代謝が落ちてるのかな、俺も歳ですよねー。
という青島の言葉が耳を上滑りしていく。
脱力した室井は背もたれに寄り掛かり、溜め息を吐いた。
酷く疲れた。
「室井さん?どうしたの?」
青島が室井の顔を覗き込んでくるが、室井は不機嫌そうに顔をしかめた。
「それならそうと、最初に言え」
「いや、言おうとは思ったんですけど、事件が…」
「もういい、ダイエットでもなんでもして気がすんだら連絡くれ」
らしくもなく投げやりに言うと、腰をあげた。
慌てた青島が室井の腕を掴む。
「ま、待って、室井さん」
「なんだ」
「やっぱり、怒ってる?」
じろりと睨むと、青島が大きな身体を小さくした。
「会いたくないと言われたのかと思った」
責めるような室井の口調に、青島はようやく室井の気持ちを理解したようだった。
「まさか、そんなわけない……んだけど、俺の言い方が悪かったっすね」
素直に非を認め、俯いて頭を掻いた。
反省しているのかしゅんとなった青島を見ているうちに、室井の怒りも収まってくる。
元々青島には甘い室井である。
怒りが持続するわけがない。
だが、すぐに何事も無かったように笑えるほど器用にもできていない。
固まった表情筋をどうしようかと迷っているうちに、青島が抱き付いてきた。
そのままソファに押し倒してくる。
「ごめん、室井さん…怒ってる?」
囁いて、唇で頬や額に触れてくる。
手でも優しく撫ぜられれば、仏頂面でいる方が難しい。
それでも癖になっている眉間の皺のおかげで、青島には怒っているように見えたのか、室井の胸に甘えるように額を押し付けてきた。
「室井さんのこと、ちゃんと好きだから」
久しぶりに聞いた青島の告白に、室井の表情が緩む。
「もう怒ってない」
青島の頭に手を添えると、青島が顔を上げた。
室井を見て、はにかむ。
「前言撤回していい?」
「ん?」
「やっぱり室井さんと会えないのは嫌だな」
「…それは俺の台詞だ」
室井が引き寄せると、青島は笑いながら目を閉じた。
「君は別に太ってないだろ」
体型を確認するように背中や太股に触れながら、室井は首を傾げる。
抱き締めた青島の身体は太ったというほどの感触ではない。
確かに若い頃より柔らかくはなったが、室井にとっては気になるものではなかった。
「いや、太りましたよ、確実に体重増えてますから」
苦笑した青島だったが、不意に半身を起こした。
「ま、運動すりゃいいことっすよね」
室井を見下ろし、意味深に笑ってネクタイを緩める。
それの意味するところが分からないほど、室井も鈍くはない。
挑発するような青島の視線に、室井は久しぶりに身体が熱くなるのを感じた。
そういえば最近していない。
長い付き合いである。
会うたび求め合うほど若くはなく、ただ一緒にいるという時間が増えた。
それでもたまに無性に欲しくなる時がある。
室井は青島のネクタイに指をかけ引き抜いた。
「付き合おう」
青島は自分でスーツを脱ぎながら笑った。
「室井さんの方が痩せたりして」
END
2011.1.29
あとがき
他にも書きたいお話があるのに、どうでもいいお話を書いてしまいました(^^;
自分がダイエットしなくちゃ!と思っていたら、こんなお話になりました。
悪気は全くないのですが青島君がナチュラルに酷くて、室井さんが不憫です(笑)
痩せるほど頑張ったら青島君が心配ですね…
タイトルは寝耳に水とか晴天の霹靂とかいう意味だそうです。
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