■ 1月3日
ソファに寝転がってテレビを見ていた青島は、くしゃみを連発して半身を起こした。
くしゃみが収まると、今度は鼻水が垂れてくる。
慌ててティッシュで鼻を押さえて、溜め息をついた。
年始早々風邪をひくとはついていない。
明日は一週間ぶりの貴重な休暇だったが、寝て潰れることになりそうだった。
もう一度ついた溜め息に、腹の音が重なる。
体調不良でも食欲があるのはいいことだが、独身の一人暮らしでは自分で食事の支度をしないと当然食事は出てこない。
面倒くさいなと思いながらも、空腹も無視できない。
仕方なく立ち上がると、鼻をかみながら台所に向かう。
冷蔵庫を開けてしばらく中を眺めてみたが、結局何も取らずにそのままドアを閉めた。
年末年始は忙しくて、ここのところまともな料理をしていなかったから、まともな食材が入っているわけがなかった。
米はあるから粥くらいなら作れるが、やっぱり面倒くさい。
「カップラーメンでいいか…」
カップラーメンのストックだけは欠かさないので、いつでも用意してあった。
買い込んであったカップラーメンを並べて物色していると、チャイムが鳴る。
来客の予定は特になく誰だろうと思いながら、通りすがりにティッシュをゴミ箱に放り投げ、玄関に向かった。
「はいはーい」
鼻声で返事をしながらドアを開けて、目を丸くした。
ドアの外には何故か室井がいた。
「あれ?室井さん?」
「明けましておめでとう」
驚いている青島に構わず、室井が新年の挨拶を寄越すから、青島も慌てて頭を下げた。
「おめでとうございます」
頭を下げると一緒に鼻水が垂れてくるから、また慌てて頭を上げて鼻を啜った。
その様子がおかしかったのか、室井は苦笑した。
「今年もよろしく」
「こちらこそ…って、それはいいんですけど、どうしたんすか?」
室井には今日は会えないと連絡してあった。
本当は会う約束をしていたのだが、青島が風邪をひいてしまったためキャンセルしたのだ。
電話で謝った時には来るなんて一言も言っていなかったので、突然の室井の来訪に驚いた。
「見舞いに来ただけだ」
室井からは聞けばそれしかないだろうという理由が返ってきて納得はするが、青島は少し困った。
「嬉しいっすけど、風邪うつりますよ」
他の時ならいざ知らず、今日は室井の誕生日である。
だからこそ会いたい気持ちも強かったのだが、よりによって誕生日に風邪などうつしたくはない。
ただでさえ忙しい年始に風邪をひいている暇など室井にあるはずもなく、青島の不運を室井にまで負わせるわけにはいかなかった。
青島も大人だからそれくらいの分別はある。
だから断ったのに、室井が来てしまっては意味がなかった。
「飯くらい食わせてやる」
室井は手にしていたビニール袋を掲げて見せた。
どうやら食材を買い込んで来てくれたようだった。
「それはありがたいっすけど」
「迷惑か?」
「そうじゃなくて」
首をぶんぶんと振りつつ、それでも室井さんの誕生日なのになと思う。
祝ってやれないどころか、看病してもらうことに若干の抵抗を覚える。
だが、室井はそんなことは全く頓着していなかった。
「俺の誕生日なんだ」
「ん?」
「好きにさせてくれ」
目を瞬かせて室井を見るが、室井は平然としていた。
室井の誕生日だから室井の好きなように、好きなように青島のそばに。
そういうことだと判断して、青島は目を見開いた。
「室井さん、男前だ」
からかわれたと思ったのか室井の眉間に皺が寄るが、青島は破顔した。
「じゃあ、お言葉に甘えよーっと」
青島だって会いたくなかったわけではない。
病気の時にそばにいてもらえることは単純に嬉しいし、何より室井の誕生日だった。
一緒にいたくないわけがない。
あまり近付かないように気をつけることにして、室井の言葉に甘えることにした。
青島が嬉しそうに笑うと、室井も小さく笑って頷いた。
台所に向かった室井は、眉をひそめた。
「なんだこのカップラーメンの山は」
物色していたカップラーメンを出しっぱなしにしておいたことを、青島は後悔したが今更だった。
愛想笑いを浮かべて、取り繕う。
「買い置きしておくとね、便利なんですよ。ほら、こんな時にね」
「だからって、こんなもんばかり食ってたら、身体に悪いぞ」
「いつも食ってるわけじゃないですよ。たまたまです、たまたま」
疑わしそうな室井の視線が痛い。
「ちゃんと栄養を取らないから、治るもんも治ら……まあいい、寝てろ」
室井は説教を途中で止めると、苦笑した。
「鼻水、垂れてるぞ」
「マジっすか」
青島は片手で押さえながら、鼻を啜った。
啜っても啜ってもずるずると垂れてくる鼻水に半笑いになると、室井は苦笑を深めて手を振った。
「いいから、鼻かんで横になってろ」
「…すんません、じゃあ」
室井の言葉に甘えて行きかけたが、青島は思い出したように足を止めた。
「室井さん」
「どうした?」
「誕生日」
言った途端に大きなくしゃみが出て室井が目を剥いたが、言いかけたままだと気持ちが悪いのでそのまま続けた。
「おめでとうございます」
「…ありがとう」
笑いを噛み殺す室井に青島も困ったように笑ってリビングに戻った。
「ご馳走さまでした」
青島が箸を置くと、室井が食器を片付けてくれた。
「野菜スープは多めに作ってあるから、温め直して食べてくれ」
「ありがとうございます〜」
明日の食事の心配がいらないのは有り難かった。
「ちゃんと薬飲めよ」
グラスに入った水を差し出される。
甲斐甲斐しい室井に、青島は苦笑した。
「すいません、室井さんの誕生日なのになあ」
本当なら青島が室井のためにお祝いをしているはずだった。
「気にするな」
室井自身に慰められるが、やっぱり青島には少し残念だった。
「ケーキ買うつもりだったんですよ?」
「ケーキ…」
「ええ、『しんじくん』って名前いれてもらおうと思ってたのに」
青島の言葉に室井は嫌な顔をした。
つい一月前に自分がしたことなのに、不思議な話である。
「それは止めてくれ」
「なんでですか?」
「…恥ずかしいだろう」
「自分もしたのに!」
「うるさい」
「しんじくん、可愛いじゃない」
「うるさいって…鼻水」
ぶっきらぼうに渡されたティッシュの箱を受け取り、鼻をかみながら青島は唇を尖らせた。
「『青島しんじ』もいいと思うんだけどなー」
室井が目を剥いた。
「何の話だ」
「室井さんが俺の息子って話ですよ」
室井の方にティッシュの箱を押し返して、青島はニヤリと笑った。
「俺の嫁でも、いいっすけどね」
室井は無言で青島の頭をティッシュの箱で叩いた。
青島の誕生日にも似たような話をしたはずだが、自分の話になると照れるらしい。
それも室井さんらしいかなと思い、青島は笑った。
笑った拍子に咳が出る。
片手で室井に詫び、顔を背けて咳き込むと、傍まで来た室井が背中をさすってくれた。
「ケーキはいいから、早く治せ」
「あい」
「他に何かして欲しいことはないか?」
再び鼻をかみながら、横目で室井を見た。
「もう帰っちゃうんすか?」
風邪をうつしたら困ると遠慮していたくせに、もう帰ってしまうのかと思うとそれはそれで寂しいしつまらない。
会わなければできる我慢が、会ったらできないこともある。
思わず不満そうに尋ねると、室井が背後から引き寄せてきた。
引き寄せられるまま室井に背中を預け、その腕に納まる。
「帰らない」
「え?」
「今日一日は俺の誕生日だぞ」
「そうだけど…」
いてもらえたら嬉しいが、寝てばかりいる自分といても室井にとって楽しいことはないだろう。
貴重な休暇を、しかも誕生日を看病で潰させるのは申し訳ないし、やっぱり風邪をうつしてしまうのではないかと心配でもある。
だからといって、帰れとは言いにくい。
帰って欲しいわけではないし、しつこいが誕生日だからこそ一緒にいたいという思いもある。
どうしたものかなと思いながら、青島はその場に横になった。
勝手に室井の足を枕に寝そべり、室井を見上げる。
室井の手が額に触れ、ゆっくりと撫ぜた。
その手がひんやりとして気持ち良くて、青島は目を細めた。
「室井さん、つまんなくない?」
「読みかけの本を持ってきたから大丈夫だ」
「折角、誕生日なのに」
「自宅にいたって一人で過ごす、どっちにしろ暇だ」
実際そうなのだろうが、自分の誕生日なのに全く頓着していない室井に、青島は思わず笑みをこぼした。
「誕生日なのに、可哀想っすね」
誕生日を一番に祝うべきである恋人の自分のせいといえばせいなのだが、青島が他人事のように言っても室井は怒らなかった。
青島の頭を撫ぜたまま、柔らかく言う。
「そう思うなら、ここに置いておいてくれ」
「もう、好きなだけいてくれていいっすけどね」
「そうか」
「でも、室井さん、リビングで寝てくださいね」
「…病人は襲わないぞ」
心外だとばかりに返ってきた言葉に、青島は思わず笑った。
誰もそんな心配はしていないというのに、わざわざ断って墓穴を掘るような室井が可笑しい。
笑い過ぎて腹筋が痛くなり、半身を折る。
おまけに咳き込むから、余計に腹が痛い。
「ちょ、ちょっと、あんまり笑わせないでよ、ああ、鼻水が…」
「お前が勝手に笑ってるんだ……ほら」
投げやりな言葉と共に顔面にティッシュが降ってきて、それで鼻を拭いながら、青島は室井を見上げた。
「風邪うつるから離れて寝ましょう、って意味です」
「…そうか」
気まずそうな室井を見上げたまま、悪戯っぽく笑う。
「したかった?」
今度は顔面に箱ごとティッシュが降ってきた。
「治ったら覚えてろよ」
「あははは、そりゃあ、楽しみだ」
「十分元気みたいだな」
目が据わってきた室井に内心で少しからかい過ぎたかなと反省しつつ、室井の手をそっと握った。
「室井さんがいるからね、元気にもなりますよ」
「…調子のいいことを」
「本当だってば」
握った手を引き寄せて、手の甲に唇を押しつける。
少し目を瞠った室井に、青島は照れ笑いを浮かべた。
「口にできない代わりね」
誕生日なのに唇一つ合わせるのもままならないのは残念だが、折角一緒にいるのだから少しくらいは触れていたい。
そう思って、もう一度キスをした。
室井は黙って青島を見下ろしていたが、やがて溜息を吐いて苦笑した。
「……俺はいくつになっても、君には敵わない気がするな」
言葉のわりに不機嫌そうでもなく言って、室井が逆に青島の握った手を引き寄せてくる。
お返しとばかりに手の甲にキスをしてくれた。
自分よりも少し低い室井の体温が心地よい。
その存在が、やっぱり嬉しい。
青島は微笑んだ。
「おめでとう、室井さん」
「ああ、ありがとう」
「好きですよ」
「…ケーキより、嬉しいな」
吹き出した青島につられるように、室井も笑みをこぼした。
風邪が治ったらケーキを買って室井さんちに遊びに行こう。
もちろん、『しんじくん』と名前入りで。
青島はくしゃみをしながら、そんなことを考えていた。
END
2011.1.3
あとがき
なんとか間に合った!
けど、中身がないな!(いつものこと…)
室井さんお誕生日おめでとうございます。
いくつになられたんでしたっけね?
歳をとっても益々かっこよくいてくれたら嬉しいです。
青島君のためにも!(そこ?)
なんだかバタバタと書いたお話になってしまいましたが、
おめでとう!室井さん!!
(そして、タイトルがいよいよ酷いことに…だって浮かばないんだもん!)
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