■ 愛をこめて
ドアを開けてやると、青島が勢いよく転がりこんできた。
「ど、どうした?」
あまりの勢いに挨拶もすっ飛ばして室井が尋ねると、青島は短く叫んだ。
「寒い!」
室井に急用か、はたまた誰かに追われているのか。
青島のあまりの勢いのせいで脳裏に浮かんだそんな心配は、室井の取り越し苦労だった。
何事もなかったようで安心はするが、大袈裟に震えている青島には呆れてしまう。
「冬だからな」
寒くて当然とばかりの室井の言葉が気にいらなかったのか、青島は唇を尖らせた。
明日でいくつになるんだったっけなと物思いに更ける室井を余所に、青島は靴を脱ぎながらぶつぶつと零した。
「それにしたって、寒すぎますよ。雪降ってないのが不思議なくらいだもん」
「そういえば、夜中に降るかもしれないとニュースで言ってたぞ」
「げ、マジっすか?」
明日の朝の出勤を思ってか、青島が顔をしかめる。
「タクシー代くらい出してやるから、タクシーで行くといい」
憂鬱そうな青島をリビングに促しながらさらっと付け足すと、青島は横目で室井を見て小首を傾げた。
「随分甘やかしてくれますね、どうしたの?」
「誕生日くらい、いいだろ」
甘いかなという自覚はあったので、素直に答えた。
後数時間で青島の誕生日だった。
長い付き合いということもあって、お互いに記念日に特別な思い入れがあるわけではない。
それでも誕生日くらいちゃんと祝ってやりたいと思うのは、祝ってやろうとする室井に「もう嬉しい歳じゃないっすけどね」と言いつつ嬉しそうに笑う青島のせいかもしれない。
何年も繰り返した言わば年中行事だが、当日に二人で祝えることは珍しく、長い付き合いの間でも数えるほどしかない。
そのせいか無意味に甘やかしてやりたい気になった。
既に43にもなった男に対して甘やかすもなにもないが、たまにはそれもいいだろうと思う。
青島はやっぱり嬉しそうに笑った。
「無駄に歳を食うのも悪くないっすね」
高待遇にご満悦な青島に、室井は苦笑した。
「無駄に、でもないだろ」
「そうっすかね?俺、成長してる?」
「係長になった、結果も残してるし部下もついてきてる」
それは成長の証だろうと指摘すると、青島は照れ笑いを浮かべた。
「そうっすかねぇ、そうかな…」
しまりなく笑う青島は本当に嬉しそうで、いくつになってもこういうところは変わらないと微笑ましく思った。
感情の全てが大抵顔に出る。
優秀な営業マンだっただけあってポーカーフェイスも得意で、必要があれば何食わぬ顔で嘘もつける男だが、喜怒哀楽には忠実な男だった。
時には子供っぽく見えなくも無かったが、それすら青島の魅力の一つだ。
もしかしたら、室井が勝手にそう思っているだけかもしれない。
あばたも笑窪と言うしなと内心で思っていると、青島が小首を傾げた。
「室井さん?」
黙って青島を凝視していた室井は、思い出したように瞬きをした。
青島が室井の顔の前で手を振って見せる。
「気絶してる?」
「起きてる」
「なら良かった」
室井の咄嗟の返事がおかしかったのか、青島は遠慮なく笑った。
「…座ってろ」
笑う青島を軽く小突いて、室井は食事の支度をしに台所に向かった。
あらかた料理が片付いたテーブルの上に室井が箱を置くと、青島は不思議そうな顔をした。
室井の顔と箱を交互に見やる。
「室井さん、これ何?」
「何って…ケーキの箱だろう」
どこからどう見ても、真四角の白い箱はケーキの箱である。
他に何に見えるんだと逆に不思議そうな室井に、青島は苦笑いした。
「それくらい分かります。じゃなくて、なんかでかくない?」
自分の誕生日にケーキが出てくることはそれほど不自然ではないのだろうが、大きさが不自然だったらしい。
「ホールのケーキだからな、こんなもんだろう」
室井がしれっと言ったら、青島は目を丸くした。
「ホール?まるまる一個ってこと?」
「そうなるな」
「マジで?」
驚いたのか益々目を見開き、まるで珍しいものを見るようにケーキの箱を見下ろしていたが、やがて幾分不安そうな視線を室井に向けた。
「…誰が食うの?」
青島の素朴な疑問に、室井は苦笑した。
甘党でもない青島が喜ぶとも思っていなかったから、大体予想通りの反応だった。
ケーキくらい買っておこうかとふと思い立って入ったケーキ屋で、なんとなく目に付いたやけに赤いイチゴが山ほど積まれたホールのケーキを丸ごと買ったのは、室井の単なる気まぐれである。
たまにはいいだろうと思っただけで、深い意味はない。
強いて言えば、青島の驚いた顔が見たかったからというくらいか。
「明日、湾岸署に持って行けばいい」
湾岸署には食べる物なら口から余す物のない人がいる。
食べられるだけ食べて、残りは湾岸署にでも持って行ってもらえばいいと思っていた。
「はは…まあ、すみれさんなら、喜んで食ってくれるでしょうけど」
「少しくらい食べるか?」
「そりゃあ!」
尋ねると、青島は慌てて頷いた。
「折角っすからね、食いたいです」
バースデーケーキなんていつぶりだろうと笑みを見せるから、全く喜ばれなかったわけでもないようだ。
それだけで、ケーキを買った甲斐もあったというものだ。
満足して室井がフタを開けると、青島の目がまた見開かれた。
ケーキの一部に注がれた視線に気づいて、室井は気まずさを覚えた。
さすがにちょっとやり過ぎたかなと思う。
ひいてるんじゃないかと心配になり青島の顔色を盗み見たら、ケーキを凝視していた青島が突然笑いだした。
「あはははは、な、何これ、室井さん」
「…誕生日のケーキと言えば、こういうものだろう」
やり過ぎたかなとは思ったが、やってしまったものは仕方がない。
開き直った室井に、青島の笑いは納まらない。
「そうっすけど、あははは、室井さん、わざわざ名前入れてもらったんすか?」
青島が指差した先は、ケーキの上にちょこんと乗っかっているチョコレートのプレートだった。
黒いチョコレートに、白いチョコレートで文字が書かれている。
バースデーケーキに書かれている文字など、相場が決まっていた。
『しゅんさくくん、お誕生日おめでとう』
と書かれてあった。
室井も端からそのつもりだったわけではない。
バースデーケーキを買ったら、店員に「お名前をいれましょうか?」と聞かれて、ついうっかり頷いてしまったのだ。
店員にしてみれば、室井が自身の子供にでも買って帰るのだろうと思ったのだろう。
「お名前は?」と聞かれて「しゅんさくです」と答えた時には、さすがに自分自身でも何をやっているんだと思ったが、今更後には引けない。
精一杯子供のためですという顔をして、ケーキを受け取るしかなかった。
だが、やっぱりらしくなかったようだ。
笑い続ける青島に、室井は眉間に皺を寄せた。
「お前に買ってきたんだ、『しゅんさくくん』であってるだろ」
室井が居直ると、青島は笑い声をひっこめたが、その顔に笑みを浮かべたままだった。
「そうっすね、俺のお祝いだもん」
まじまじとケーキに視線を落として、「こんなケーキ、久しぶりに見た」と呟く顔は喜んでいるように見えた。
確かに、大人になれば名前入りのバースデーケーキなど、そうお目にかからない。
盛大に笑われて心外と言えば心外だが、嫌がられてもひかれてもいないようなので、室井もとりあえずそれでいいことにした。
「切るぞ」
「あ、待ってください、写真撮る」
そう言って、慌てて携帯電話を構えてケーキの写真を撮り出す。
こんなものを記念に残されるのかと思うと若干照れくさかったが、用意した人間の言う台詞でもないので黙って撮影が終わるのを待った。
何か気に入らなかったのか二度ほど撮り直して、青島は携帯電話をしまった。
それを確認してから包丁を手にし、青島を見た。
「チョコレート、食べるか?」
ケーキのど真ん中に鎮座しているチョコレートのプレートを差して尋ねる。
「さすがにこればっかりは湾岸署に持っていけませんしね」
また笑いだした青島を無視して、室井はプレートを手で持ち上げ、切り分けたケーキと一緒に皿に乗せた。
青島に差し出すと、嬉々として受け取ってくれる。
「美味そうだ」
「だといいが」
室井は青島に切り分けたケーキよりも幾分小さく切り分けたケーキを自分用に取った。
いただきますと言ってフォークを握る青島をちらりと見ながら、室井もケーキを口に運ぶ。
正直ケーキの味の善し悪しは良く分からなかったが、思ったよりも甘くなく食べやすかった。
「うん、美味いっす」
もぐもぐと咀嚼しながら、青島が言う。
ケーキを食している姿など滅多に見ないから本当に美味かったのかどうかは分からないが、室井が気まぐれで買って来たケーキを喜んでくれているのは確かで、それなら室井にとっても嬉しかった。
「そうか」
青島はチョコレートのプレートを指で摘まみ、眺めながらまた笑った。
「室井さん、どんな顔でこれ書いてもらったの?」
「…普通の顔だったと思うが」
その時の室井を想像でもしているのか、青島が弾かれたように笑う。
そんなに笑われれば面白くないが、室井自身らしくないことをした自覚があるだけ何も言えない。
むっつりとケーキを口に運んでいると、不意に青島が笑いをひっこめて室井に視線を寄越した。
「俺、室井さんの子供になったみたいっすね」
「店員もそう思っていたみたいだぞ」
「室井俊作か」
小さく呟かれた言葉に、室井は目を剥いた。
青島が悪戯っこのように目を細めて笑う。
「それも悪くないっすね」
本気なのかからかっているのか判断がつかなかったが、室井は頷いた。
「どうせなら、息子じゃない方がいい」
青島はわざとらしく目を見開いて見せたが、その目は相変わらず笑ったままだった。
「嫁に来いってこと?」
「婿でも構わないが」
室井の戯言に声を立てて笑うと、青島はチョコレートを齧った。
食べかけのチョコレートをそのまま室井に向かって差し出してくる。
齧れと言う意味だと理解して、室井は素直に口を開いた。
少し齧ると、当然だが甘い香りが口に広がった。
残りは青島が引き取って口に入れた。
口の中のチョコレートが溶けてなくなるのを待って、青島が言った。
「来年も、くださいよ」
「ホールのケーキをか?構わないが…」
ケーキを買うのは一向に構わないが、好きでもないのに来年も本当に欲しいのだろうかと思う。
「しゅんさくくん、って入れてもらってくださいね、来年も」
どうやら青島が要求しているのは、ケーキそのものではなく、添え物の方だったらしい。
からかわれているのかと思って室井は渋面になったが、青島は特にからかうふうな口調でもなかった。
「来年もこの日だけ、室井俊作にしてくださいよ」
照れくさそうにはにかむ青島に絶句したのは一瞬だった。
「毎年買ってやる」
男らしくきっぱり言い切ったら、青島は大きく笑った。
それなら毎日でも。
そう言いたくなったことは、秘密だ。
END
2010.12.12
あとがき
青島君、お誕生日おめでとうございます!!(一日早いけど)
書きたかったのは「しゅんさくくん」でした(笑)
しゅんさくくん、お誕生日おめでとう!!(くどい)
室井俊作もいいですが、「青島君」という響きが愛しくてたまらないので、
室井さんが青島慎次になるといいです。
自分で書いておいてなんですが、付き合いが恐らく10年以上であろう恋人同士が、
いつまでもこんなにラブラブなのもどうなんでしょうか…
まあ、たまにおいくつになっても仲良しさんなご夫婦とかいらっしゃいますもんね!
そういうこともありますよね!(と、ごまかしてみます)
たまにはいいかなんて言ってますけど、
室井さんは365日青島君に甘いと思います〜(笑)
むしろそうでなくちゃ〜〜。
とにかく!
生まれてきてくれてありがとう、青島君!!
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