■ 期間限定の恋人(8)


青島が起きると、隣で寝ていたはずの室井の姿はもうなかった。
今日は揃いの非番だったから、帰ってしまったということはないだろう。
欠伸をしながらベッドから這い出ると、青島はリビングに出た。
案の定、室井はリビングにいた。
床に座り新聞を読んでいたが、青島に気付いて振り返った。
「おはようございます」
「おはよう、ゆっくり寝れたか?」
「おかげさまで…ちょっと寝過ぎましたね」
時計を見ればもうすぐ正午だった。
夕べは残業で遅い帰宅だった。
夜中に帰宅し、青島のベッドで先に寝ていた室井の隣で勝手に眠った。
「久しぶりっすね」
一緒に眠ったくせに今更な挨拶に、室井は肩を竦めた。
「そうだな。ちゃんと休んでるか?」
正午まで惰眠を貪る青島が疲れているせいだと思ったのか、室井は心配してくれた。
「歳のせいかなぁ、最近疲れがとれ辛くて」
「あんな時間に帰ってくれば、それも仕方ない」
青島が室井の隣に腰を下ろすと、室井がテーブルに置いてあった煙草と灰皿を取ってくれた。
礼を言って受け取ると、有り難く煙草を咥える。
「あれ?気付いてたんですか?」
「声かけようかと思ったんだが、すぐに寝たみたいだったから」
言われてみれば、布団に入ってすぐに気を失った覚えがある。
室井が気付いているかどうかも確認する間もなく、眠りに落ちていた。
そのせいで、室井も心配してくれているのかもしれない。
青島は欠伸を噛み殺して、煙草を吸った。
「最近忙しかったからなー」
「映画止めておくか?」
室井が言ってくれるが、青島は首を横に振った。
今日は夕方から映画を見に行く約束をしていた。
どうしても今すぐ見たい映画というわけでもないが、室井と一緒に行ける機会はそうない。
実際、室井と映画に行くのは、初めてだった。
だから、青島は行っておきたかった。
「大丈夫っすよ、折角の休日なんだから出かけましょうよ」
「俺はいいが…」
室井は横目で青島を見て、苦笑した。
「たまには折角の休日なんだから、ゆっくり休んだらどうだ?」
室井と揃いの非番になると、青島は必ずどこかへ行きたがった。
もっとも非番が重なること自体が珍しいので、室井が本庁に戻ってきてからのこの一年で、一緒に外出できたのは数えるほどしかなかった。
それでも、思い出はいくつも出来た。
一緒に買い物にでかけ、公園を散策し、ドライブにも出かけた。
遠出をする機会はなかったが、春には桜を、秋には紅葉を並んで眺めた。
らしくもなくめかしこんで高級フレンチを食べに行ったこともあるし、近場の夏祭りを覗いて屋台で焼きそばを食べたこともある。
どれもここ一年くらいの思い出だった。
デートの提案は、いつも青島だった。
室井はそれに大体は嫌がらずに付き合ってくれている。
室井としていないことを減らしたい、青島がそんなことを考えていることを、室井は知らなかった。
「いっぱい寝たからもう大丈夫です」
元気元気と青島が笑うと、室井は頷いた。
「君がいいなら、俺はいいが」
「映画なんて久しぶりだなー」
「俺もだ、最後に行ったのは学生時代だな」
「あ、デートっすか?」
からかうように室井を見たら、室井は嫌そうに眉を顰めた。
「悪いか」
図星だったようであっさり認めるが、照れているのかぶっきらぼうな口調がおかしかった。
「悪くないですって、デートの定番だもんね」
そういう青島だって、デートで行ったことが何度かあった。
室井と付き合う前のことだから古い思い出だ。
誰と何を見に行ったのか、なんとなくだが覚えている。
室井と行く映画も、きっとずっと覚えているだろう。
「映画観たら、飯食いに行きましょうね」
煙草を吹かしながら、何がいいかなと考える。
室井と一緒に何が食べたいか考える。
こんな時は幸せだった。
「君の好きなもんでいいぞ」
楽しげな青島に苦笑して、室井は立ち上がった。
「コーヒーいれてくる」
「あ、すいません」
台所に向かう室井を見送って、そういえば最近すみれに教えてもらった和食屋があったことを思い出した。
一緒に行こうとすみれや雪乃と約束していたが、全員の都合が合う日がなく、約束はまだ果たされていない。
そこに行くのもいいかもしれないと考えながら煙草をふかす。
なんとなく手持ち無沙汰でテレビをつけると、旅番組が流れていた。
タレントがどこかの温泉に浸かっている。
「あー旅行行きたいなー」
思わず願望が口をつくと、室井の声が被さった。
「旅行か…」
台所から戻ってきた室井はテーブルに二人分のマグカップを置き、テレビに視線を向けていた。
青島は目を輝かせた。
「ね、室井さん、そのうち旅行行きましょうよ」
きらきらした目で見つめると、室井は少し困った顔をした。
「行くのは構わないが、休みが取れないだろう」
「何も海外旅行に行きたいっつってんじゃないんです。そりゃあ、行けるもんなら行きたいけどね。それは無理だし、一泊二日の温泉旅行でいいから、行きましょうよ」
青島がウキウキと語ると室井は少し思案していたが、それくらいなら行けるかと思ったのか頷いた。
「そうだな」
「よし!いつ行きます?」
「今すぐ決めるのか?」
急な話の流れに目を丸くしている室井に、青島は当然とばかりに頷いてみせる。
「こういうことは早く決めなくちゃ」
いつか行こうと口で言っているだけでは中々実現しないものだ。
ましてや、青島も室井も仕事が忙しくて、自由に休暇が取れない。
計画的に話を進めなければ、いつまで経っても旅行に行けない。
不意に思い立った計画だが、思い付いてしまえば青島はどうしても行きたかった。
室井と旅行をする、そんな機会は何度もない。
もしかしたら、これで最後かもしれない。
そんなことを考えたら、俄然楽しまなくちゃという気になった。
呆気にとられていた室井だったが、青島が「今ならどこがいいかな」とか「温泉と旨い飯は欠かせませんよね」とか一人浮かれていると、小さく笑みを浮かべた。
「君に任せる」
「そうっすか?なんか希望ないの?」
勝手に決めちゃいますよと言うと、室井は頷いた。
「構わない」
「えー?じゃあ、ディズニーランドとかにしますよ?」
そう言って青島は意地悪く笑った。
希望を言わせたいがための意地悪で本気で行きたかったわけではない。
その趣旨に気付いているのか、室井は一瞬嫌そうな顔をしたが、ふと真顔になり青島から視線を逸らした。
「構わない」
「え?」
「君と一緒ならどこでもいい」
青島は丸くした目を瞬かせる。
照れるのか青島を見ようともせず新聞に視線を落としている室井を見れば、自然と笑みがこぼれる。
そんなことを言われれば、意地悪も言い辛い。
「俺だって、そうっすよ」
室井がちらりと青島に視線を寄越して、目許を和らげた。
「そっか」
「そうです」
「じゃあ、ディズニーランドはやめてくれ」
青島は声を立てて笑った。
やっぱり嫌だったんじゃんと思いながらも頷く。
青島も室井と行くならディズニーランドより温泉地がいい。
「箱根とかかな?」
「いいな…」
コーヒーを飲む穏やかな横顔を見つめる。
室井としたいことはまだまだ見つかるだろう。
それをしたからといって、どうということもない。
ただの青島の自己満足だ。
いつかするかもしれない後悔を、なるべく減らしておきたかった。
室井と離れる時がきても、なるべく後悔しないように。
やり残しがないように、精一杯恋愛しておきたかった。
それに何より、室井と共に経験する何かは、単純に楽しかった。
一緒にいられることは幸せなことだと、心から思えた。
コーヒーを飲んでいた室井が視線に気付いたのか、青島を見た。
目でどうかしたかと尋ねられ、青島はそれまでの思考とは一切関係ない、唐突に思い付いたことを口にした。
「今日、映画見て飯食ったら、ラブホテル行きません?」
室井が勢い良くコーヒーを噴いた。
「わっ、何してんですか、も〜」
テーブルの上にあったティッシュの箱を室井に押し付け、自分でもカーペットを拭く。
室井は咳込みながら、口元をティッシュで拭った。
「お、お前がいきなり変なこと言うからだろ」
「いや、そういえば室井さんと行ったことないなぁと思って」
朗らかに言ったら、室井は眉間に皺を寄せた。
「だからって、お前…」
ぶつぶつ零す室井の頬が少し赤くなっている。
散々することはしているのだから今更と思うが、照れているらしい室井は可愛いなと思う。
青島もどうしても行きたかったわけではないが、一度くらい室井と行ってみたいと思ったのも事実である。
思い出作りというよりは、単純に興味本意だった。
「たまにはいいじゃない」
「…別に部屋でいいだろう」
「えーと、マンネリ防止っていうの?いつもと違う場所でするのも中々刺激的なんじゃないっすか?」
室井は目を剥いたが、やがて眉間に皺を寄せて青島を見た。
「つまり、俺たちがマンネリしてるということか?」
「は…?」
「刺激が足りないってことなんだな?」
今度は青島が目を剥いた。
青島はそんなつもりで言ったわけではない。
マンネリ防止うんぬんは、室井をその気にさせるために言ったまでであり、室井との行為には満足していた。
話が妙な方向に進んでいる気がして、慌てて首を振る。
「いやいや、そんなことはないですよ」
「最近の俺は物足りなかったか?」
真顔で問われて、青島は赤面した。
「じゅ、十分ですよ!」
思わず叫ぶと、室井の表情が少し和らいだが、妙な話の流れは変わらなかった。
「期待されているようだから、今夜は頑張ろう」
「いつも通りでいいですってばぁ」
「刺激、欲しいんだろ?」
目を細めて見つめられ、青島は背中がぞくりとした。
室井がくれる刺激なら、欲しくないことはない。
たまには河岸を変えれば燃えるかなと思ったからこそ誘ったのだ。
室井にそう言われれば、期待しないではなかった。
だがいつも以上に頑張られることには、多少の不安も残る。
青島がひきつっていると、室井が呆れた顔をした。
「誘ったの、君だぞ」
それはその通りで返す言葉もなかった。
たまにはいいかなと思いつつ、明日は仕事なんだけどなと思ったが、結局好奇心が勝った。
青島は室井の頬に手をかけ、軽くキスをした。
「じゃあ、楽しみにしてます」


その夜、青島はホテルのベッドの中でしみじみ思った。
―マンネリ防止なんて必要なかった。










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2010.12.5

あとがき


全然関係ないですが、いつだったか大泉さんが
「親孝行はどんなにしてもし過ぎることはない。
親が亡くなった時には必ず後悔するから、
思いついたことは何でもやった方がいい」
みたいなことを仰ってました。
なるほどなーと思った記憶があります。
その時がくれば後悔はきっとするかもしれませんが、
少なくするように努力はしておくべきかなと思います。

後少しで終わる予定です。
次はちょこっとシリアスな雰囲気になるんじゃないかと。
ひたすら青島馬鹿な室井さんが書きたくて書いたお話ですが、
連載にするようなお話じゃなかったなと、今更後悔…(苦笑)
青島馬鹿な室井さんを書くのは楽しかったんだけどなあ。




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