■ 期間限定の恋人(11)
湾岸署が開署式だからといって、犯罪者が遠慮してくれるわけもなく、青島はその日も結局定時を大幅に超えて帰宅することになった。
定時帰宅などはなから期待していないが、拳銃紛失事件にまつわる一連の騒動で疲労が溜まっていた。
もう若くはないんだなとつくづく思うが、気分は晴れやかだった。
日向真奈美を無事に確保し、犯人も逮捕して事件も解決した。
真下が署長だなんて悪い冗談のようなサプライズもあったが、開署式も滞りなく終わり、良く考えてみればある意味一番問題だったような気がする自身の病気の疑いも晴れた。
こんな日はビールで乾杯したいなと思いながら帰宅すると、室井の方が先に帰宅していた。
「ただいまー」
慣れた挨拶をしながら部屋に上がると、室井はリビングでパソコンを開き仕事をしていた。
律儀に顔をあげて、青島を振りかえる。
「おかえり、遅かったな」
「今日くらいは事件がなければ良かったんですけどね」
事件が起こらない日などありえないが、そう望んでみるのは自由である。
「室井さんは早く帰れたんですね」
どこぞの視察に行くと言っていたが、無事に終わったらしい。
室井は偉くなり、有事以外は昔ほど忙しくなくなったようだ。
その分、上層部に揉まれ、政治に携わり、室井にとってはストレスの多い仕事が増えたのではないだろうかと思うが、室井が愚痴をこぼすことは滅多になかった。
その辺りは、昔から変わらない。
「飯は少し待ってくれないか。あと少しで仕事が終わるんだ」
「あれ?まだ食ってなかったんですか?」
時間が合わなければ無理に相手を待たず、各自で勝手に食事をすることにしていた。
特に、刑事である青島は不規則な生活を余儀なくされているため、事件が起これば夜中だろうと呼び出されることもあるし、突然帰って来られなくなる時もある。
そんな青島の生活に合わせられるほど、室井だって暇はしていない。
互いに無理はしない約束になっていた。
室井はちらりと青島を見た。
「今日くらい、乾杯したいと思ってな」
事件解決を、室井も祝いたい気分だったようだ。
一緒に捜査をしたわけではなかったが、室井と一緒に事件解決に携わったのは、思えば随分と久しぶりだった。
室井と捜査をすることはもう二度とないだろう。
本音を言えば少し寂しいが、そうなっていかないと困るのだ。
室井はもっともっと偉くなり、現場から遠ざかる。
遠ざかった先から、きっと現場を支えてくれる。
それが二人の目指す未来だ。
「俺も乾杯したいなって思ってました」
「そうか」
室井は穏やかに呟いて、再びパソコンに向き直った。
仕事を終えてしまいたいという室井をリビングに残し、青島は台所に向かった。
ガス台に鍋が乗っかっていて覗いてみると、おでんが煮てあったから思わず笑った。
どうやら今夜はおでんでお祝いをするらしい。
美味そうだと思いながら、青島は鼻歌交じりで鍋に火を入れた。
室井との付き合いは10年をとうに超えて、現在は半ば同居のような生活をしていた。
同居と言いきれないのは、室井が官舎に部屋を借りたままだったからだ。
だが、室井は官舎へはほとんど帰らず、青島の住むマンションで寝泊まりしている。
寝泊まりというのも正しくないかもしれない。
数年前に少し広いマンションに引っ越した青島の自宅には、お泊まりの定番の歯ブラシやパジャマどころか、室井専用の部屋が用意されていて、ベッドまで置いてある。
日頃使うスーツから普段着、礼服に至るまで、全て青島の部屋に置いてあった。
青島が夜勤で帰らない日も、室井は青島の自宅に帰ってくる。
事実上は、青島の部屋で一緒に暮らしていると言って良かった。
今のところは、誰かにこの生活を知られ、咎められるようなこともなかった。
ふと目を覚ました青島は、すぐ傍にあった室井の顔に驚いた。
大きな目で瞬きを繰り返すと、室井が苦笑した。
「おはよう」
「おはようございます…って、朝?」
眠りについた記憶もなかったので、青島は驚いた。
だけど、室井は首を横に振った。
「いや、まだ夜中だ」
「あ…そうっすか」
言われてみれば、青島が横になっていたのはリビングの床だった。
背中が少し痛い。
一緒に食事をして、他愛のない話をしているうちに眠気が差したことは覚えていた。
ここ数日はあまり寝ていなかったので仕方がないが、室井と話しているうちにいつの間にか転寝してしまったようだ。
隣には室井が寝そべっていて、自身の腕を枕にして青島を見下ろしていた。
その体勢に嫌な予感がする。
「室井さん…何してたの?」
「寝顔を見ていた」
「げ」
人の顔を見下ろしたまま平然と言うから、青島は引きつった。
もしやと思ったが、こんな予感が当っても嬉しくとも何ともない。
いくら付き合いの長い恋人で、互いに知らない顔などほとんどないとはいえ、意識のない顔を見られていたと思うと何とも気恥かしい。
「い、今更、俺の寝顔なんて見ても面白くもなんともないでしょうが」
「そうでもないが…」
室井が顔を傾けてくるから、青島は何も考えずに瞼を落とした。
軽く唇が触れて離れる。
目を開けると、元の位置に室井の顔があった。
「寝顔なんか見るのは久しぶりだったから、ついな」
見つめてくる室井の目が随分と穏やかで、そんな目で寝顔を見られていたのかと思えばやっぱり恥ずかしいが、嫌なわけではなかった。
確かに、最近は室井と一緒に眠る機会が減っていた。
半ば同居している現在は、一緒にいる時間は昔より増えた気がするが、ベッドを共にする時間は確実に減っている。
愛情が薄れたわけではなく、年齢的なものだろう。
その証拠に、未だに時々は年甲斐もなくくっつきたくなる。
それが室井にとっては今だったのか、転寝している青島にただ寄り添っていたらしい。
「もう少し経ったら起こそうと思っていたんだがな」
朝まで床でなんて寝ていたら、身体が悲鳴をあげることは分かり切っていた。
二人とももう若くない。
「もう少しだけ…と、思ってるうちに、君が起きてしまった」
どこか残念そうに言われて、青島は思わず笑った。
なんとなく室井に触れていたくて、その手に触れて指を絡める。
「そりゃあ、悪いことしましたね。タヌキ寝入りでもしときゃ良かったかな」
「起きてるなら、話し相手になってもらった方が嬉しいが」
「何それ、どっちですか」
クスクスと笑っていると、室井がまた唇を寄せてくる。
久しぶりにいい雰囲気だなと思いながら、青島は室井に身体を寄せた。
室井に背中を抱かれながら、唇を重ねる。
少し深くなったキスと、背中を抱く室井の手の強さが、嬉しかった。
「青島」
「…ん?」
「今夜は一緒に寝てもいいか」
「寝顔なら、散々見たんじゃないですか?」
青島は悪戯っぽく笑いつつ、室井の胸元に顔を寄せた。
青島も今更離れがたい。
室井の提案には何の異論もなかったが、ちょっとからかってみたくなっただけだ。
そして、からかったことを後悔するのだ。
「抱きしめて眠りたいんだ」
臆面もなくそんなことを言われれば、返す言葉もない。
思えば、この10数年間、こんなことばかりだ。
どこまでも真っ直ぐで、どこまでも深い愛情。
時間が経ち、歳を重ねても、室井の愛し方は、これからもきっと変わらない。
これまでがそうだったように、きっとこれからも。
「だめなわけ、ないでしょ」
俺もと囁いてキスをすると、室井は嬉しそうに微笑んだ。
もう室井の好きにしてくれればいいと思う。
好きなように愛してもらえれば、青島は幸せだった。
死ぬまで、ずっと。
END
2011.9.5
あとがき
長らく放置しておりましたが、これにて終了です。
また、いつものごとく、うまいことまとまりませんでしたが…(^^;
とりあえずめでたい感じで終わらせられて良かったです。
初志貫徹(?)で最後まで室井さんが青島ばかを貫きましたね(笑)
なんか、他にもこの設定で書きたかったお話があったような気もします。
思い出してポツポツ書くこともあるかもしれませんが、
一応完結ということで!
途中随分中休みしてしまいましたが、
最後までお付き合いくださってありがとうございました。
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