■ half awake


青島は咥え煙草のまま、紺色の靴下を片手に首を傾げる。
「…?靴下片方ないなぁ…」
乾いた洗濯物の山を探してみるが、相方の靴下は見当たらない。
洗濯をすると、たまにこういうことがあるから不思議である。
「まあ、いいか…」
本当は良くないが、見当たらないものは仕方がない。
それを放置して、違う洗濯物を畳む。
洗濯は嫌いではないが、畳むのは得意ではない。
上手に畳めないというのもあるが、単に面倒臭いのだ。
だけど、今日はそれほど苦にならない。
青島の機嫌が良いからだ。
鼻歌交じりに、手を動かす。
ところどころハミングになるのは、英語の歌詞が分からないからである。
歌詞を良く知らないのは、テレビのCMで時々耳にするだけの曲だったからだ。
「ふふんふふーん…おっと」
灰に気づいて、慌てて灰皿に落とす。
咥え煙草は行儀が悪いが、生憎と文句を言うはずの室井はまだ寝ていた。
昨夜遅くに青島の自宅にやってきていた。
翌日の今日は青島も室井も休暇だったため、泊まりに来てくれたのだ。
とはいえ、やってきたのは本当に夜中で青島はすでに寝ていたため、挨拶くらいでろくに話しもしていない。
起きてからゆっくり話せばいいやと思っているが、起こすのもしのびなくてまだ寝かせたままだった。
室井のことだから、そのうち勝手に起きてくるだろう。
青島はというと、珍しく早くに目が覚めたので、室井が起きるのを待ちながら、先日から干しっぱなしで気になっていた洗濯物を畳んでいた。
これが終わったら、昼食の支度でもしようかなと考える。
一人だったら面倒だからカップラーメンで済ませてしまうかもしれないが、折角室井もいる休日である。
何か作るのもいいかもしれない。
食べに行ってもいいが、二人でだらだらと部屋にひきこもるのも捨てがたい。
―室井さんが起きるのを待つか。
室井と相談して決めることにすると、青島はコーヒーを入れるために台所に立った。

新しい煙草に火をつけ、一服する。
―室井さん、早く起きて来ないかなぁ。
煙を吐きながら、ぼんやりと思った。
気の済むまで寝かせておいてやりたいが早く話しがしたいとも思いながら、欠伸を漏らした。
一服しだしたら、青島もまた眠くなってきたようだ。
室井の隣で昼寝するのもいいかもしれないという、新な選択肢ができた。
「さぁて…どうしょうかなぁ…」
呟いてまた欠伸をしたら、唐突に寝室のドアが開いた。
青島のいない寝室から出てくる人など、一人しかいない。
もちろん室井が立っている。
待ち人が起きてきたと一瞬喜んだが、どうも室井の様子がおかしい。
酷く険しい表情で青島を見ている。
青島は首を傾げた。
「室井さん?どうかし…」
「いた…」
「え?」
小さな呟きに聞き返すが、室井はそれには何の反応も示さない。
怒っているのではないかというくらい険しい顔で青島を見つめている。
「傷は?大丈夫か?」
傷?
大丈夫?
何のことだと思ったが、睨まれ返事を要求されている気がして、とりあえず頷いた。
「ええ、大丈夫ですよ?」
「…本当か?」
「元気、元気」
かくんかくんと首を立てに振る。
じっと青島を睨んでいた室井だが、ホッとしたように眉の力を抜いた。
「そうか…良かった…」
本当に心から安堵したというように吐き出し、室井は寝室のドアを閉めた。
室井の姿が見えなくなる。
「え……え?何?ちょっと、室井さーん?」
呆気に取られていた青島は、首どころか身体ごと傾げた。
室井の言葉の意味も分からなければ、そのまま寝室に戻っていった室井の行動の意味も分からない。
「ええっと〜…?」
次の瞬間、またドアが開き、青島はびくりとした。
眉間に皺を寄せた室井が佇んでいる。
心なしか顔が赤い気がするが、気のせいか。
「今のは聞かなかったことにしてくれ」
それだけ言うと、再びドアが閉まった。
青島はそれをぽかんとしたまま見送った。
ぱちぱちと瞬きを繰り返していたが、やがて口元を歪めた。
「ふ…ふふ…っ」
変な笑いが込み上げてくる。
「あははははっ」
笑いながら、床を叩いた。
どうやら室井は寝ぼけていたらしい。
それもおかしいが、そのまま寝室に戻ってしまったこともおかしかった。
気まずいからなのか、まだ寝ぼけているのか。
何にせよ、貴重なものを見た気がした。
付き合いは長いが、ここまで寝ぼけた室井を見るのは初めてである。
可笑しかったし可愛かったが、まだまだ知らない姿があるものだと新鮮な感動もあった。
青島はひとしきり笑って、腹痛が治まるのを待ってから、立ち上がった。
寝室のドアを開け中に入る。
ベッドの中で布団に潜っている室井を見つけ、また笑ってしまった。
今度は声に出さず、ひっそりと笑う。
「室井さーん?」
顔を覗き込むが、もちろん布団で遮られて顔は見えない。
青島はベッドに腰をかけ、遠慮なく布団を剥いだ。
背中を向けていたが、室井の耳が赤くなっているのが見える。
それを見て、青島の笑みが深くなる。
「逃げなくてもいいのに」
いたたまれないのは分かるが、逃げたところで寝室に逃げ場などあるわけがない。
室井は酷く気まずそうな声を出した。
「逃げたわけじゃない」
不満そうな言い方が子供っぽくて、なんだか可愛いらしい。
「寝ぼけたんだ?」
「…夢を見てたみたいだ」
「俺の夢なんだ」
上機嫌で室井の耳元にキスをすると、室井が横目で青島を見た。
また睨まれて、ちょっと怯む。
「嬉しそうにするな」
不機嫌そうな声に、青島も唇を尖らせる。
「なんでさ。室井さんこそちょっとは喜んでくれてもいいんじゃないの?」
俺が夢に出てきて嬉しくないの?俺なら嬉しいのに…とぶつぶつ零すと、室井が仰向けに寝転がり青島に手を伸ばしてきた。
頬を撫ぜながら見上げてくる眼差しが、少し苦しそうに見えた。
「あの時の、夢だった」
「あの時?」
「……君が刺された時だ」
目を丸くしたが、そう言われて合点がいった。
『傷は?大丈夫か?』
青島が腰を刺されて重傷を負った時の夢を見ていたから、こう聞いたのだ。
夢から覚めてもそれが夢であると気付かないほど動揺して、寝室を飛び出してきたのだ。
青島を心配して。
そんなことが嬉しいと言えば、やっぱり「喜ぶな」と怒られるだろうか。
青島は目じりを少し下げて笑った。
「心配しなくても、そうそう刺されませんって」
まだ夢を引きずっているのか表情が晴れない室井を慰めるように言ったが、説得力がなかったのか室井は眉間に皺を寄せて撫ぜていた青島の頬を抓った。
「どうだかな、君はすぐに無茶をするし」
「いや、そんなことないですって。最近じゃ大人しいもんですよ」
「大人しい君なんか想像つかん」
「ま、俺もつきませんけど」
若い頃に比べれば多少落ち着いた自負はあるが、それも当社比で落ち着いたというだけのことである。
事件が起これば真っ先に現場に乗り込みたくなるようなところは、刑事になりたての頃と何も変わっていない。
4つ違いの室井と比べてみても、やっぱり大人しいとは言い難いだろう。
それでも、成長していないわけではないと思っている。
「そんなに頼りないですか?俺」
青島の問いに答えるより先に、頬を抓る室井の手に力がこもった。
「いた、痛いよ、室井さん」
「頼りにしてないと思ってるのか?俺が、君を」
思っていると答えたらさらに抓られそうだ。
「思ってないっすよ、思ってないけど」
「ただ心配なだけだ」
「心配してくれるのは嬉しいな」
「そんなことで喜ぶな」
あ、やっぱり怒られた、と思いながら、青島は苦笑した。
室井にしてみれば青島を心配していて楽しい気分になるはずもないからもっともな反応だ。
「室井さん、ほっぺた痛い」
抓られっぱなしの頬が痛いと訴えると、室井は少しの間の後手を離してくれた。
本当はそれほど痛かったわけではなく、室井の手がちょっと邪魔だったのだ。
キスをするのに、邪魔だった。
青島が身をかがめると、意図を察して室井も目を閉じてくれた。
軽く唇を合わせて、室井を見下ろす。
「俺は大丈夫ですよ、室井さん」
室井の手を取り、ジーンズ越しだが腰の傷の上に導く。
「知ってるでしょ?」
引きつったような傷跡は残っているが、痛みはないしもちろん血も流れていない。
古い傷跡はすっかり青島に馴染み、身体の一部になっていた。
それは室井も知っていることだ。
何かを確認しているのか、ただ単に癖になってしまったのか分からないが、抱きあうたび室井はそこに触れる。
嫌ではないから室井の好きにさせていたら、いつの間にかそうされないと青島も落ち着かないようになっていた。
「触っていいか?」
室井がジーンズ越しに傷の上を撫でてくれる。
「もちろん」
青島が微笑んで頷くと、室井の手が青島の腰を強く抱いて引き寄せた。
引き寄せられるまま室井に覆いかぶさり、青島は目を瞬かせた。
密着した身体を離さないとばかりに、室井がしっかりと青島の腰を抱いている。
そんなつもりではなかったが今更遅いだろうかと思いながら、一応言ってみる。
「室井さん、朝だよ?」
「誘ったのは君だぞ」
「いやいや、俺は傷に触ってもいいって言っただけで…」
「だから、そういうことだろう」
「…うん?」
青島はきょとんとしたまま首を傾げた。
室井は最中に傷に触れたがる。
つまり傷に触る=セックスということなのか。
なるほどと思って、青島は苦笑した。
傷に触られることにもセックスすることにも異議はない。
ちょっと気になるといえば、やっぱり今が朝だということくらいだが、どうせそう長いこと気になったりはしない。
何より自分の腰を抱く室井の眉間の皺が薄くなっている。
青島を抱くことで嫌な夢も忘れられるなら、それもいいだろう。
「それじゃあ、二人でいい夢でもみましょうかね」
気軽に誘って室井に唇を寄せた。
「今度は寝ぼけないように気をつけよう」
室井の返事に思わず声を立てて笑ったら、また頬を抓られ室井の唇に届かなかった。
届かなかった距離は、すぐ後に室井が縮めてくれた。










END

2010.4.25

あとがき


物凄く久しぶりの更新となりました。
久しぶりでも相変わらずですみません…(^^;

書きたかったのは寝ぼける室井さんでした。
室井さんも寝ぼけることくらいあるんじゃないかと。
私は寝ぼけて兄の部屋乱入し
「茶色いズボン知らない?」と聞いたことがあります(知るかー)




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