■ 嫉妬と八つ当たり
エントランスを欠伸混じりに歩いていた青島は、廊下の先にすみれの後ろ姿を見つけた。
どうせ後から刑事課で顔を合わせるのだから慌てて追いかける必要もないのだが、青島は大股で駆けだした。
「すみれさーん」
少し大きな声で呼びとめると、すみれは立ち止まり振り返ってくれる。
青島を認めると、よっと軽く手を挙げてみせた。
「おはよ」
「おはよー」
挨拶を返しながら、数歩で追いつく。
「ねえねえ、すみれさん」
「な、何よ、近いわよ」
すみれが一歩引くから、青島も乗り出していた身体を引く。
青島には無意識に人との距離が近くなる妙な癖があった。
その癖は直せとすみれにも時々注意されているのだが、無意識にしていることだから中々直らない。
青島は背筋を伸ばし、改めてすみれを見た。
「すみれさん、彼氏できたんだって?」
尋ねたら、すみれは目を丸くした。
「何よ、突然」
「真下に聞いた」
夕べ久しぶりに一緒に飲みに行った真下からそんな話を聞いたのだ。
「何で真下君が知ってるのよ」
怪訝そうなすみれに、青島も頷いた。
「俺もそう思う」
一体どこから仕入れてくる情報なんだと呆れたが、企業秘密ですと言って教えてはくれなかった。
真面目に仕事しているのか心配にもなったが、一応課長なのでやるべきことはやっているのかもしれない。
やらなくてもいいことも随分しているようだが。
すみれも呆れた顔をしてため息を吐いたが、肩を竦めて再び歩き出した。
青島もついていく。
「付き合ってるってわけじゃなわよ」
「そうなの?」
「友達の紹介で何回か会っただけー」
何回かは会っているということは、これから発展する可能性がないこともないということか。
青島はニヤニヤとすみれの顔を覗き込んだ。
「どんな人?」
ニヤニヤした笑い顔が気に触ったのか、すみれは顔をしかめた。
「どんなって、別に」
エレベーターの前で立ち止まり、上りのボタンを押す。
「普通の人よ」
素っ気ない答えは、逆に青島の気をひいた。
「いくつの人?仕事は?」
「二つ上、普通の会社員」
「背は?」
「んー、高いかな」
「俺より?」
何でそんなことを聞くのかというような不思議そうな目を青島に向ける。
その目が上下した。
「大きい、かも」
「ふーん…優しい?」
「…多分、てかまだそんなに知らないわよ、三回しか会ったことないし」
すみれは苦笑した。
三回しか会っていないなら、確かに相手の人となりなどあまり分からないかもしれない。
だけど、すみれが「多分」と言う程度には気の良い男らしい。
でなければ、すみれが三回もデートしているわけもない。
ある程度はすみれが乗り気なのだと青島は感じた。
どうでもいい相手や失敗した見合いの時ほど、すみれの口は軽くなる。
素っ気ない語り口からいっても、今回は良い出会いなのかもしれない。
そう思ったら、青島は益々すみれの相手が気になった。
「業種は?何関係の人?」
「ええ?」
「家はどこなの?」
「ちょっと…」
「すみれさんの仕事に理解はありそう?」
「あ、青島君」
矢継ぎ早な質問を遮られて青島が黙ると、すみれは怪訝そうに青島を見上げた。
「なんなわけ、一体」
「なにって…気になるじゃない」
「なんでよ」
「変な人だったら嫌だから」
青島が当然とばかりに言ったら、すみれは目を丸くした。
相手がいい人なのか、すみれを幸せにしてくれるのか、どうしても気になる。
すみれには幸せになってもらいたいのだ。
「青島君、お父さんじゃないんだから」
すみれは溜め息交じりに呟いて、到着したエレベーターに乗り込む。
青島もそれに続いた。
「だめ?心配したら」
「だめじゃないけど…」
青島がすみれの顔を覗き込んだら、すみれは苦笑した。
「大丈夫よ、いい人だから」
そう言われれば、安心する。
すみれが前向きなら、きっと良い出会いだったのだろう。
良い出会いということは、いずれ結婚なんてこともあるかもしれない。
随分と気の早い想像をして、知らず眉間に皺が寄った。
良い出会いであるに越したことはないのだが、なぜだか納得がいかない。
「ねぇ、本当にいい人?」
「は?」
「今はほら付き合う前だからいいけどさ、付き合い出したら変わる男もいるし…いや、すみれさんのことだから大丈夫だと思うけどね?もし本当に付き合うんなら慎重に」
「だから、なんなの、青島君」
しつこい青島に、呆れたすみれの冷たい視線が刺さる。
「いや…だってさ…」
気まずさに口ごもる青島を横目で見て、すみれはニヤリと笑った。
「青島君、もしかして妬いてるんじゃないのー?」
からかうようなすみれの声に、青島は返事に詰まる。
言い返そうと思い考えてみるが、考えてみればすみれの言っていることは間違いでもないような気がした。
すみれに対して恋愛感情はないが、強い仲間意識はあった。
大事な人だと思っている。
だからこそ心から幸せになって欲しいと思う半面、すみれが誰かのものになるのは少しだけ寂しいと感じた。
「悪い?」
「んー?」
「嫉妬したら、悪い?」
横目ですみれを見返しながら言ったら、すみれは戸惑ったように視線を泳がせた。
何言ってんのと言いながらも、照れているのか世話しなく髪をかきあげる。
だが、彼女らしくさっさと気持ちを切り替えると、再び青島に視線を寄こした。
少し意地の悪い顔だった。
「青島君には室井さんがいるくせに」
青島の顔が露骨に強張ると、すみれはしてやったりとばかりに微笑んだ。
「そ、それとこれとは…」
ごにょごにょと言い訳めいた口調で反論するが、反論にもならない。
青島には室井という恋人がいるのに、すみれに恋人ができたからといって嫉妬をするのはおかしな話しだ。
お門違いも甚だしい。
すみれにしてみれば、何を勝手なことをという感じだろう。
だが、すみれは特に気分を害したふうではなかった。
両手を後ろで組んで、どこか楽しげにエレベーターのドアを見上げている。
「室井さんってさ、好きとか言ってくれるの?」
「…ご想像にお任せします」
「愛してるとか言うわけ?」
「知らないよ」
「青島君が知らなくて、他の誰が知ってるっていうのよ」
からかわれて、顔が熱くなる。
すみれの話しをしていたはずなのに、何故室井の話題になってしまったのか。
「俺のことはどうでもいいでしょ」
話題を戻そうと試みるが、すみれは青島の話しなど聞いていなかった。
「あーあ、いいわよねー、青島君は誰かさんとらぶらぶでー」
「ちょ、別にらぶらぶなんかじゃ」
青島が嫌な顔をしてすみれを見下ろすと、チンと軽い音を立ててエレベーターのドアが開いた。
二人とも思わず「あ」と声を漏らす。
目の前には、何故か室井がいる。
室井も青島とすみれが突然現われたせいで驚いたのか、目を瞠っていた。
一瞬三人とも固まったが、すぐにすみれは颯爽とエレベーターを降りた。
擦れ違いざまに室井の肩を軽く叩く。
「はい、こーたい」
それだけ言って、呆然としている青島と室井を残して消えていった。
その後ろ姿を見送り、室井がエレベーターに乗り込んでくる。
「交代って、何の話しだ?」
不思議そうな室井に対して、青島は不機嫌面だった。
「もー、タイミング悪いっすよ、室井さんっ」
気まずさのあまり室井に八つ当たりしてしまう。
室井にはなんの非もないが、丁度話題が出たところでご本人登場とは、あまりにもタイミングが良過ぎる。
いや、悪過ぎるのか。
何故こんな日に限って早朝から湾岸署になんぞやって来ているのか。
すみれにまたからかわれてしまう。
気まずいやら気恥ずかしいやらで、青島は不機嫌だった。
当然、現われたばかりの室井には、何の話しか分かるはずもない。
いきなり怒られて驚いた室井は、目を剥いて眉間に深い皺を寄せた。
「どういう意味だ」
「なんでもないっすよ」
止ったままのエレベーターに気付いて、二階のボタンを押す。
すみれについてきただけで、青島は刑事課以外に特に用事がなかった。
「おい、青島」
「なんでもないってば」
「ならなんで怒ってるんだ」
「怒ってませんっ」
そう怒鳴られて室井が呆気にとられている間に、エレベーターのドアが開き人が乗り込んできた。
乗り込んできた刑事が室井に気づき黙礼してくる。
人がいるところで問い詰めることもできないと思ったのか室井が黙り、青島は勝手に気まずさに耐えかね、閉じる直前のドアを片手で押えてエレベーターから降りた。
二階ではなかったが、構わなかった。
気まずさからくる苛立ちなど長続きはせず、さすがに冷静になるまでにはそれほど時間がかからなかった。
刑事課の自分の席に鞄を置いて同僚と朝の挨拶を交わしているうちに、何故室井に腹を立てていたのか分からなくなっていた。
落ちついて良く考えれば、考えるまでもなく室井に落ち度はない。
勝手に不機嫌になった青島を、室井の方こそ腹立たしく思っているかもしれない。
申し訳なく思った青島は、今から室井を捜しに行くわけにもいかないので、とりあえず謝罪のメールを送った。
事情は説明したくなかったのでしなかったせいか、
『怒っていない』
一言だけメールが返ってきたから、どうやらやっぱり怒らせているらしい。
八つ当たりをした自覚はあった。
悪いのは青島である。
ちゃんと謝って、許してもらわなければならない。
そういえば折角会えたというのに、その幸運も無駄にしてしまった。
深く反省しつつ青島はそれ以上メールを送ることはせずに、その夜室井の部屋にまっすぐ帰宅した。
「だから、らぶらぶだって言うのよ!」
すみれの声が聞こえてくるようだ。
END
2008.11.16
あとがき
青島君が、女の敵だなぁ…(笑)
すみれさんと仲良しな青島君が好きです。
仲良しなすみれさんと青島君が好きです。
ちょっと不憫な室井さんが好きです…
いやいや、青島君と仲良しな室井さんが好きなんですよ〜。
リカさんとお電話の最中に萌えたネタでした。
後いくつかあるので、書けたら書きます。
タイトルがそのまま過ぎてすみません。
捻ろうよ!と思うのですが、捻れませんでした…。
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