■ midnight visitor4


冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、青島はどっかりと床に胡座をかいた。
濡れた髪をタオルでがしがしと拭いながら、片手でプルトップを持ち上げる。
缶に口をつけて一気に半分ほど空けた。
シャワーを浴びたばかりで火照った身体が、内側から少し冷えた気がした。
ふぅと一息吐いて、時計を見る。
もうすぐ午前二時になる。
思いの他長引いた残業を終えて、疲れた身体を引きずるように帰宅したのが30分前。
明日も当然のように仕事である。
シャワーを浴びて寝るくらいしかできることはなかった。
この一缶を空けたら、寝るつもりだった。
テーブルの上に置いてある煙草に手を伸ばしながら、次はいつ休みだったかなぁとか、室井さんの休みはいつかなぁなどと考える。
仕事が忙しい時期に考えることなど、その程度のことしかなかった。

煙草を咥えるが、インターホンが鳴り手を止める。
「誰だ?こんな時間に」
真夜中の訪問者というのは不気味だが、だからこそ放ってもおけず、煙草を箱に戻し立ち上がる。
開けっ放しだったパジャマのボタンをしめながら、玄関に向かった。
一応覗き穴から外を見てみる。
見慣れたシルエットを視界に捉えて、青島は驚いて覗き穴から顔を上げた。
慌ててドアを開ける。
「室井さん?」
惚けた青島の前にいたのは、スーツの上にいつもの黒いコートを羽織った室井だった。
「夜分にすまない」
「いや、それはいいんだけど、どうしたんすか……あ、入って入って」
室井を部屋に上げながら、首を傾げる。
こんな夜中に約束はもちろんしていないし、突然やって来るのも室井らしくはなかった。
眉間に皺を寄せて、室井が言う。
「泊めてもらいたい」
「そりゃあ、構いませんけど」
青島はちょっと笑った。
「室井さん、酔っ払ってる?」
室井から結構な酒の匂いがしていることには気が付いていた。
どこかで酒を飲んでから、青島の自宅に寄ったらしい。
いつかの逆だったが、室井がこんなことをするのは初めてだった。
「酒は入っているが、酔っ払ってはない」
しっかりとした口調で否定され、青島は頷いた。
「室井さん、酒強いもんね」
室井が酒に飲まれる姿など、青島は見たことがなかった。
いつか見てみたい気もする。
「明日は仕事?」
「ああ、君もだろ?悪いな、急に来て」
「いいっすよー別に、泊めるくらい。近くで飲んでたんですか?」
何の気なしに聞きながら、さっき吸いそびれた煙草をまた手に取った。
「いや、うちの近くで飲んでたんだが、会いたくなったから来た」
思わぬ返事が帰ってきて、手にした煙草を取り落とす。
何を言い出すんだと思って室井を見ると、室井は真顔だった。
何かおかしなことでも言ったかと言わんばかりに見返され、青島は半笑いで「なんでも」と首を振った。
おかしなことではなかったし多分その通りなんだろうなとも思ったが、なんの衒いもなく言われて言われたこっちの方が照れる。
室井はもしかしたら見た目よりも酔っ払っているのかもしれない。
思いがけず嬉しい言葉をもらってしまったが、それ以上この話を掘り下げるようなことはせずに、青島は煙草を拾った。
「なんか飲みます?」
「いや、腹一杯だからいい」
「シャワーは?」
「すまない、それより寝たい」
素直な室井に、青島は思わず笑ってしまった。
手にした煙草は結局吸わずにテーブルに戻した。
シャワーは必要があれば、朝に浴びればいいだろう。
「りょーかい。今布団敷きますから、ちょっと待っててください」
青島のベッドの横に来客用の布団を敷いて寝てもらおうと思ったのだ。
寝室に行きかけた青島を室井が呼び止める。
「青島」
「はい?」
「一緒に寝たい」
きっぱりと言われて、青島は目を丸くした。
「何も、しないから」
続く言葉に、頭にじんわりと血が登る。
いや、断られるまでもなく、青島もそんなことを心配しているわけではなかった。
手を出されて困る関係ではないのだ。
困るのは明日が仕事で、今が夜中だということくらいだ。
「えーと…狭くない?」
一応言ってみる。
室井とシングルベッドで寝たことがないわけではないが、成人男性二人で寝るにはさすがにかなり窮屈である。
それこそ何もしないのであれば、無理して一緒に寝ることもない。
「いやか?」
室井の眉間に皺が寄る。
―やっぱりこの人結構酔っ払ってるんじゃないの?
そう思いながら、青島は苦笑した。
言葉ははっきりしているが、言っている内容はあまり理性的ではない。
だからといって、恋人に向かって言うのであれば非常識なことを言っているというわけでもない。
「室井さんがいいなら、俺はいいっすよー」
青島は気軽に請け負うと、室井を寝室に促した。

スーツを脱ぎ肌着だけになった室井と一緒にシングルベッドに収まる。
「室井さん、もうちょっとこっちにこないと落ちますよ」
室井の身体がベッドから落ちないように引き寄せると、引き寄せるまでもないと言わんばかりに室井の手が青島の背中をしっかりと抱いた。
自分より熱い身体に抱きこまれる。
酒の匂いに混じって整髪料と汗の匂いがした。
熱と匂いが生々しく室井の存在を押し付けてくる。
密着した身体はもちろん嫌ではないが、落ち着かなかった。
―男の身体に興奮するようになるとはなぁ。
内心で苦笑しながら、青島は室井の背中を軽く叩いた。
「室井さん、暑いでしょ?そんなに抱きつかなくても」
くっつかなくては落ちてしまうが、抱きつかなくても寝られる。
「大丈夫だ、暑くない」
「俺が暑いんだってば」
「我慢してくれ」
珍しいことに、室井が我が侭を言っている。
暗闇の中、青島は目を凝らして室井を見つめた。
視線が合ったのかどうかは分からなかったが、室井が身じろいだのは分かった。
言葉通りに離れては行かず、更に青島を抱きしめ、青島の首筋に顔を埋めてくる。
首筋に息がかかり、青島は焦った。
「ちょ…ちょっと、室井さん…」
「大丈夫だ」
「何が?」
「何もしない」
「いや、何もしないも何も」
すでにしてるじゃないの、と思った。
首筋にキスをするのは、何もしないとは言えないだろう。
たじろぐ青島を抱きしめることで押さえつけて、首筋に吸いついてくる。
愛撫をしているというほど熱のこもったそれではないが、何度も吸いつかれれば青島の方がいたたまれない状況になってしまう。
されるがままでいるわけにもいかなかった。
「室井さん、ちょっと待って」
「大丈夫だ」
そう言ったくせに、強く吸いついてくる。
青島の口から掠れた小さな声が漏れたが、雰囲気出してる場合かと自分を叱咤し室井の背中をバシバシ叩く。
「室井さん、さすがにまずいってば」
「大丈夫だ」
「いや、だから何がさっ」
思わず突っ込む。
室井の言葉なら大抵のことは信じる青島でも、今の室井の「大丈夫」は信憑性がなかった。
室井に触れられれば困ったことに気持ちが良い。
相手は他ならぬ室井だし流されてしまってもいいのかもしれないが、室井が酔っ払っている分青島は理性的だった。
誰かと二人で酒を飲んでいて先に相手に酔われると、自身はあまり酔えなくなってしまうことがある。
それと似た状況なのかもしれない。
どうしたものかと悩んでいると、室井が青島の名前を呼んだ。
「青島」
「なんすか?」
青島は返事をしたが、室井からは何も言ってこない。
気付けばキスは止んでいて、ただ青島にしがみついている格好だった。
青島が視線を落とすと、室井は青島の胸元に強く額を押し付けてもう一度名前を呼んだ。
「青島…」
それきり動かないし、何も言わない。
「室井さん?」
返事の代わりに、低い寝息が返ってきた。
室井が眠ってしまったことを悟り呆気に取られたが、すぐに笑いがこみあげてくる。
「なんだよもう…なんだっての…」
くすくす笑いながら、室井の頭をぎゅっと抱え込んだ。
いきなり夜中にやってきて酔っ払った室井に振り回された気がするが、腹は立たない。
むしろ、意外な一面が見られたことは嬉しかった。
我が侭を言う室井も、訳が分からない行動を取る室井も、中々お目にかかれない。
なにより、室井が自分の名前を呼びながら眠りに落ちるところなど、見たいと願っても見られるものではない。
何か得した気分だった。
イイ気分で室井の髪に触れているうちに、室井の乱入で遠ざかっていた眠気が急速に戻ってきた。
疲れているからそれも当然だったが、疲れているわりに幸せな気分で青島は目を閉じた。
聞いてもいない室井に、声をかける。
「おやすみ、室井さん…」
室井の名前を呼ぶ時には既に半ば夢の中で、図らずも青島も室井の名前を呼びながら眠りに落ちることになった。





翌朝―
「なんで青島がいるんだ?」
目を覚ました室井の第一声がそれだったから、青島は失笑した。
人の身体を抱き締めたまま目覚めておいて言う台詞かねと思いながらも、一応教えてやる。
「ここ、俺の部屋」
室井は目を見開いた。
確かめるように視線を回してから、また青島を見る。
「…本当だな」
ぼんやりと認める室井がおかしい。
「寝ぼけてる?」
青島は笑いながら室井の頭を引き寄せ、額に唇を押し付けた。
「おはよ、室井さん」
「おはよう……なんで俺はここにいるんだ?」
されるがままになりながら、不思議そうに呟く。
青島はゲラゲラと笑いながら、言った。
「知らないよ、そんなこと」
ここは青島の部屋だが青島が攫ってきたわけでもなく、室井が勝手に来たのである。
ここにいる理由が本人に分らないのなら、青島に分かるわけがない。
少しは目が覚めてきたのか、室井は気まずそうに眉間に皺を寄せている。
夕べのことを思い出そうとしているのかもしれない。
思い出せば、特に不思議なことはない。
酔っ払って、青島の自宅に乗り込んできただけである。
そんな事実は、思い出しても思い出さなくてもどっちだっていい。
青島は愛しい室井の背中を抱いて、さも当たり前とばかりに言った。
「俺に会いたかったから、ここにいるんじゃないの?」
目を剥いた室井だったが、少し考えて頷いた。
「なんだか良く分からないが」
真面目腐った顔で前置きして、断言した。
「それは間違いない」

昨夜のことは覚えてなくても、それだけは断言できるらしい。
常日頃、思っているからに他ならない。










END

2008.9.21

あとがき


終了したはずなのですが、また書いてしまいました(苦笑)
今度は室井さん編。
見た目は変わらないけれど密かに泥酔している室井さんでした。
ダメな男になってしまいましたけども(笑)
普段ちゃんとしている人が乱れると、いやエッチな意味じゃなくて、
いやいや別にエッチな意味でもいいですけど、
萌えるんじゃないかしらーと思います。思いますよね。きっと思うんです。

さすがにこれで打ち止めだと思うのですが、しつこく失礼いたしました!
お付き合い感謝でございます〜!



template : A Moveable Feast