口内炎












「あた、たたた・・・」

青島の声に台所で包丁を握っていた室井は振り返えった。

リビングでテレビを見ながら、ピーナッツをつまんでいた青島が頬を押さえて蹲っていた。

包丁を置いて、青島の背中に近づく。

「どうした?青島」

声を掛けると、青島は頬を押さえたまま振り返る。

「いえ、なんでもないっすよ」

苦笑を浮かべている青島に、室井は方眉を持ち上げる。

「虫歯か」

「違いますよ」

「嘘付け」

「・・・俺をいくつだと思ってんですか。歯医者が怖いなんて言いませんよ」

行きたかないですけど、と付け足す青島に「おや?」と首を捻る。

虫歯だと室井に言えば歯医者に強制連行されると思って嘘を言っているのかと思ったが、そうで

もないらしい。

不思議顔の室井に、青島は苦笑したまま肩を竦める。

「口内炎です」

「口内炎・・・」

「大したことじゃないから、わざわざ言わなくてもいいかなって思っただけですよ」

やっと落ち着いたのか頬から手を離す。

どうやら油断していて、ピーナッツが患部に直撃したらしい。

「口内炎のときに、ピーナッツなんか食うからだ」

呆れたように室井が言うと、青島がへらっと笑う。

「腹すいてるんですよ」

「だから、今夕食を作ってるだろう」

「だから、ピーナッツで我慢してるでしょ」

美味しいご飯を食べるために、と言われてしまえば苦笑するしかない。

青島は良く食べる。

確かにピーナッツを食べたくらいで夕飯が入らなくなることはないだろう。

「口内炎が出来るのって、ビタミン不足らしいですね」

さすがに懲りたのか、ピーナッツの袋を片付けながら青島が言う。

「そうなのか?」

「すみれさんが言ってました。んで、雪乃さんがタブレットくれたんすけど、なんか毎日飲めっ

て・・・」

飲みかけのタブレットを丸ごと頂いたらしく、鞄から引っ張り出して見せてくる。

相変わらず仲の良い湾岸署の様子が目に浮かび、室井は小さく微笑む。

「そうか。さすが女性だな」

「そうっすよね。こういう情報に詳しいですよね、女の人は」

「そういえば、塗り薬があるって言うな。口内炎の」

これも人に聞いた話だが、室井は思い出して言った。

「へぇ。そうなんすか」

「買ってみてはどうだ?」

「えぇ?いいっすよ。ほっときゃ、すぐ治ります」

大げさな、と笑う青島に室井は眉を寄せる。

「痛いんだろ?」

「大したことないですって」

「さっき痛がったのはどこのどいつだ」

粘る室井に、青島は苦笑した。

「室井さん、口内炎になったらどうしてます?」

「・・・・・・治るまで放っとく」

聞かれてみれば、室井だって口内炎位できるが、治療や生活改善をしたことなど一度も無い。

気になるのはいつも出来始めくらいで、そのうち治るだろうと放っておく。

忙しさに紛れて、気づけば治っているという感じだ。

「でしょ。俺もいつもそうです」

確かに自分もそうなのだが、なぜか青島が痛そうにしていると早く治してやりたくなる。

そんな自分自身に呆れながら、室井は「そうか」と呟く。

いい大人が大丈夫だと言うのだから、室井としても納得するより他にない。

今室井が出来ることといえば、ピーナッツを腹の足しにするほど飢えている青島の腹を、少しで

も早く満たしてやることくらいだ。

「もうすぐ出来るから、ちょっと待っててくれ」

「はい!」

嬉しそうな青島の背中に激しく振られる尻尾が見えた気がしたが、きっと気のせいた。







食事を済ませ風呂に入った後、軽く酒を飲む。

明日は二人とも非番で、ひさしぶりにゆっくりとできるのだ。

お互い自然に任せたらいつ非番が重なるか分からないので、希望を出してもぎ取った休暇だった。

「上手いウィスキーっすねぇ」

高い確率で日本酒が出てくる室井の家では珍しいウィスキーを飲みながら、青島が感心した声を

漏らした。

「貰い物だがな」

「いいなぁ、室井さん。ご実家からは上手い日本酒も送られてくるし、こんな高価なウィスキー

は手に入るし」

「うちに来た酒は、大抵君の口にも入るじゃないか」

「・・・そうでした」

べっと舌を出して悪びれる青島に苦笑する。

上手い酒がどうとかいっているが、青島が安い酒だって喜んで飲むことを室井は知っている。

酒が好きなのはお互い様で、口から余す酒がないのもお互い様だ。

室井の方が若干強いが、元優秀営業マンの青島だってかなり飲める。

青島は気兼ねなく酒が飲める数少ない相手だが、理由は酒が強いからだけでは決してなかった。

いつだって、彼の側が一番落ち着く。

久しぶりに会った恋人の顔をぼんやり見つめていると、ふいに視線がぶつかる。

柔らかく微笑まれて、室井は短く息を呑んだ。

それを知ってか知らずか、青島が室井の頬に手を伸ばしてくる。

「・・・久しぶりですね。こうして、室井さんに触れるの」

照れくさそうに、嬉しそうに室井の頬を撫ぜる。

室井は思わずその手を掴んで引き寄せた。

そして、口付ける。

優しく触れ合わせると、青島の腕が室井の背に回る。

それを同意と受け取って、室井はそのまま青島を床に押し倒した。

優しい口付けを目を閉じて受け止めていた青島は、室井がキスを深くした途端に目を見開いた。

「ちょっ、ちょっとタンマ!室井さん!」

突然声を上げて胸元を押し返された室井は、目を見開いて青島を見下ろした。

「イヤか?」

抵抗されたことに驚きつつも、青島が本当に嫌がることはしたくないと思っている室井は律儀に

確認を取る。

驚いて見開いた目に小さく傷ついた色を見つけた青島は、慌てて首を振る。

「まさか!ええと、そうじゃなくて・・・」

頬を薄っすら染めて首を振る青島に、室井はほっとして表情を和らげる。

「あの、・・・キスはなしでお願いします」

「・・・・・・・・・は?」

青島の恋人に向かって言う台詞とは思えない台詞に思わず目が点になった。

室井が凝視するので、視線をさまよわせながら言い辛そうに青島が零す。

「や、だから、口内炎が。・・・痛いんですよ」

「口内炎・・・」

数度瞬きしてから納得した室井は、憮然とした表情になる。

―そんな理由でキスを拒まれたのか。

「青島」

「・・・はい」

「明日、やっぱり薬買ってきて塗れ」

「え!ヤですよ!」

室井の様子を伺い見ていた青島は、目を見開いて首を振る。

それに、室井も首を振る。

「嫌じゃない。いいから、早く治せ」

「ええっ?そ、そりゃ、俺だって早く治したいですけど・・・。室井さん、口内炎の塗り薬って使

ったことあるんですか?」

「ないが」

「どんな味するんすかね?口の中に塗るのに変な味だったらキツイでしょ」

「仕方ないだろう、薬なんだ。だいたい、それこそ口の中に塗るもんなんだから、それほど酷い

味にはしないんじゃないか?」

「・・・チョコレート味とか?」

「・・・・・・胸悪くなりそうだ」

「それに塗り薬自体、あんまり好きじゃないんすよねぇ。なーんか、ベタベタしてうっとうしく

なりません?」

好き嫌いの問題じゃないだろう。

声には出さずに突っ込む。

「じゃあ、ビタミン取れ」

「・・・取るのはいいですけど、取った瞬間に治るモンでもないと思いますけど」

それにしても、さっきまでの雰囲気はどこにいったのだろうか。

押し倒しているにもかかわらず、そんな雰囲気が皆無なのは気のせいだろうか。

室井は眉間の皺を深くする。

「君はキスしたくないのか」

いつになく強気な室井の質問に、青島はぎょっとしてから赤くなりながら鼻の頭を掻いた。

「・・・したくないわけないでしょ」

「じゃあ、早く治せ」

「だ、だから、永遠にキスできないわけじゃないでしょ!今日くらい我慢してくださいよ」

青島にしてみれば室井がなぜそんなに今キスできないことにこだわっているのかさっぱりわから

ないのだろうが、室井にしてみれば切実な問題だった。

気難しい顔のまま青島を見下ろして、室井は呟いた。

「青島に触れているのに、キスできないなんて困る」

「!」

金魚のように口をパクパクさせて、青島は真っ赤になった。

それを見て、少し気の済んだらしい室井は眉間の皺を解く。

「早く治せ」

青島の耳元に唇を寄せて囁くと、青島が小さく反応した。

「・・・・・・・・・普段無口なくせして、こんなときだけずるいよ、室井さん」

ぶつぶつ言いながら背中に伸ばされる腕に、室井は微笑む。

それから、青島の唇に触れるだけのキスを落とす。

「青島」

「・・・はい」

「寝室、行くか?」

キス以外はさせてくれるんだろ?

再び耳元で囁くと、青島が一瞬言葉に詰まってから苦笑を浮かべた。

「・・・えーええ、そりゃもう。まかせてください」







翌日。

再び口内炎でもめる二人の姿があったとか。



























END
(2004.2.25)


口内炎があまりにも痛い時に書いたものです。単純(笑)
男の人って口内炎とかあんまり気にしないかなーと思ったんですけど、どうですかね?
痛いって思っても治そうとは思わないんじゃないかなぁ、と。
あ、それは、私もか。
ビタミン何が不足すると口内炎になるんでしたっけ・・・?