■ 痕を残す
シャワーを浴びていたはずの青島が風呂場から飛び出してきた。
腰にバスタオルを巻いただけという、朝っぱらから拝見するには少々目に毒な恋人の姿に、朝ごはんを作っていた室井はぎょっとした。
「酷いですよ!室井さんっ」
いきなり罵られて、更に目を丸くする。
「な、何がだ」
「コレですよっ」
ぐっと室井に向かって腰を突き出したから、室井は危なくお玉を落とすところだった。
中々刺激的な格好である。
何を怒っているのか室井には分からないのだが、青島は興奮気味である。
ここで腰のバスタオルを剥ぎ取ったら殴られるだろうなと思いながら、室井は精一杯神妙な顔をした。
「だから、何の話だ」
「コレですよっ、キスマークっ!」
「キスマーク?」
夕べは確かに致したが、青島の希望通り見えるところに痕は残していないはず。
―興奮しすぎて気が付かないうちに、どこか見えるところにでも残しただろうか?
夕べの強烈なはずなのにかなり曖昧な記憶を手繰り寄せていると、青島が膨れっ面をしながら自分の腹を指差した。
「ここですよ、ここ」
青島の指差したところに、赤い鬱血が見られる。
ヘソの脇辺りだ。
痕まで残したかどうかは定かではないが、そこにキスをした覚えはあった。
ということは、間違いなく室井が付けたのだろう。
しかし、青島が怒っている理由が分からない。
青島がヘソを出して歩くというのなら話は別だが、分別のある30代後半の男性がする格好ではない。
少なくとも、青島がそんな格好をしているのは見たことが無かった。
「まずかったか?服で隠れるならいいと言っていなかったか」
あまり青島を刺激しないように、そっと尋ねる。
夕べが楽しかった分、朝からつまらないケンカをして仲違いをしたくはなかった。
「……無言の警告ですか」
低い青島の声。
「は?」
「ダイエットしろ、ってことですか?」
「…青島?何のことだか…」
「腹にキスマークを残されるなんて、屈辱です!」
叫んだ青島に、室井は唖然とする。
「どうせ、俺の腹は柔らかいんだっ」
キスマークは柔らかい部分じゃなければ、確かに付き難い。
だが、室井は柔らかいところを狙って吸い付いているわけではない。
意識的に首筋に残すのなら別だが、行為の最中にその身体に痕を残すのは青島への気持ちが高ぶってのことである。
だから、間違えても、
「これは俺に痩せろって言ってるんですね!」
そんなつもりでキスマークを残したわけではなかった。
青島に睨まれて、室井は焦る。
「い、いや、そんなつもりでは」
「うう…確かに、最近腹回りが気になってきてはいたんですけど」
「そ、そうか?」
「これでも、腹筋を始めたところだったんですよ!」
そうだったのかと思いつつ、思いの他青島が自分の体型を気にしていたことを知った。
それにしたって、キスマーク一つでそんな疑いをかけられるとは、思ってもみなかった。
「青島」
「今に見ててくださいよっ」
腹を六つに割ってやるっ!と意気込んでいる青島に、室井は溜息を吐いた。
「青島、風邪を引くぞ」
また睨まれる。
相手にされていないと思ったのかもしれない。
室井はお玉を置いて、鍋の火を消した。
手を伸ばして青島の腹に触れる。
だが、それほど柔らかいわけではない。
日頃から運動量の多い青島だから、つくべき筋肉はついているのだ。
自分の付けたキスマークに指で触れると、青島が小さく反応を見せた。
「そんなつもりじゃなかった」
はっきり言ったが、青島は疑わしそうに室井を見ている。
苦笑しながら、そのまま青島の腰を抱き寄せた。
「良く覚えていないんだ、そこに痕を残したことを」
覚えていないのに、他意があるわけがない。
暗にそう言いながら、室井は続けた。
「君が愛しいと思ったから、つけたことだけは確かだけど」
さっきまでの勢いを無くした青島が、薄っすらと頬を染めた。
「迷惑だったか?」
「迷惑、じゃないけど」
「そうか、良かった」
微笑すると、青島がふうっと一つ息を吐き、室井の肩に顔を埋めた。
「何か上手く丸め込まれた気がする」
それはちょっと心外である。
「俺は嘘は吐いていない」
「分かってますよ。室井さんの嘘なら、嘘吐く前に見破る自信があります」
それはそれで心外である。
が、室井自身、嘘を吐く前に青島にはバレそうな気がしているから、否定は出来ない。
室井は目の前の青島の首筋に唇を押し付けた。
「俺は今の君に不満は無い」
「本当に?」
「実は少しある」
「やっぱりっ」
「出来るだけ怪我をするな」
「……は?」
「どんなに忙しくても、食事はちゃんと取るように」
「……」
「もちろん、睡眠も。仮眠だけで済ますなよ」
「……室井さん」
「無茶だけはしないでくれ」
顔を上げた青島が、唇にキスをくれた。
そして真顔で一言。
「ダイエットに協力しませんか?」
室井が意味を図るのに要した時間は約10秒。
返事はキスで返した。
朝食が昼食になったのは言うまでも無い。
END
2005.1.27
あとがき
元気だなぁ(おいおい)
「ダイエットに協力してやる」は
一倉さんの台詞だなぁと思いまして(どんな認識)
室青では青島君からのお誘いにしてみました。
まあ、室井さんはウハウハだったのではないかと思われます(笑)
くしゃみをした青島君に「暖めてやろうか」な室井さん
というオチも考えていたのですが、
どうやってもエロオヤジな台詞しか出てこないのは
如何なものかと思うのですよ、自分でも…。
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