Are you happy
?
「早かったな」
「んー、取調べに時間掛かりそうだったんで、真下に押し付けて、ムリヤリ帰って来ちゃいました」
「……大丈夫なのか?」
「ま、何とかなるでしょ」
「……(それでいいのか、湾岸署?)」
「あ、室井さん、今『真下なんかに任せていいのか?』って思ったでしょ?」
「そんなことはない」
「じゃ、『青島はテキトーな仕事をしているのか?』ですか?」
「そんなことも思ったことは無い」
「んじゃ、何?」
「別に」
「ウソぉ。顔が苦渋に満ち満ちてますよ?」
「元々だ」
「そりゃ、そうだ」
「………」
「ところで、オレ、めっちゃくちゃ腹減ってるんですよ〜」
「……(何だかコイツのいいようにあしらわれている気がする…)飯の支度はもうできてる」
「さぁっすが、室井さん!いや〜、いい香りがするなあとは思ってたんですよねぇ」
「風呂の用意もできてるぞ?」
「ん〜…。先に飯にしましょう」
「分かった。じゃ、手を洗って来い」
「はぁい」
勝手知ったる他人の家、とばかりに靴を脱ぎ散らかして、羽織ったコートもそのままに青島は洗面所へ消
えて行った。
その後姿を見遣りながら、やれやれ、と溜息を零し、室井はキッチンへと戻る。
今日のメインは、先日のグルメ番組で紹介されていて、青島が「食べたい、食べたい」と繰り返してい
た、牛すじの煮込み。我ながら会心の出来だ、と味見しながら、満足げに頷く。少し深めの器にそれを盛
り、手間のそう掛からなかったアスパラのサフランサラダと一緒にテーブルに置いた。新鮮さが売りの魚屋
で買った刺身を器用に盛り合わせたら、それもテーブルに。次に、冷蔵庫を開けて、よく冷えたビールとグ
ラスを取り出す。掌に伝わる冷たさ、味わい頃だと教えてくれた。実家から送ってきたぬか漬は、今日のメ
ニューには不似合いかな、と思いつつ、少し厚めに切って、小鉢に移す。
そうして食卓に料理を並び終えた頃、青島が洗面所から再び姿を現した。
「毎度のことながら、見事な食卓ですよねぇ」
「どこかの誰かさんは、何もしないからな」
「いやいやいや。ここまでされちゃうと、却って、する気も失せますって」
モノは言いようだ、と苦笑しつつも、自分ひとりの味気ない食生活より、誰かの為に作る料理の方が力も
入るし、断然美味しく感じる。それを分かっているから、室井も暇を見つけては、こうして青島の為に腕を
振るうのだ。
ふたりだけのさ
して、居心地の良さはいつになく強く感じる。取りとめも無い会話を交わしながら、その隙を縫って箸も動
くし、酒を酌み交わすペースも一定を保っている。
とても穏やかで、擽ったくなるような、暖かい時間。
しかし。
その暖かさに反して、室井は次第に、胸の奥に澱のようなものが積もっていくのを認めていた。
いや、料理の味付けは我ながら上出来。ビールの次に飲み始めた、貰い物だと言って青島が持って来た日
本酒も、咽喉越しが良い。青島は上機嫌だ。
己を取り巻くすべてが、確かに温かみに満ちているはずなのに。
何故だか、室井の気分は少しずつ降下し始めている。
いや、理由は分かっている。つまらないことにいちいち気を取られすぎだということも、悔しいが認め
る。
「……そしたら、そこですみれさんがー……」
「かと思ったら、今度は雪乃さんが、……」
「それで、すみれさんがですね……」
「雪乃さんも流石というか何と言うか……」
「で、やっぱりすみれさんと雪乃さんに敵う人間はいない、と思ったわけですよ」
……これだ。
ビールを2本空けた頃からだったろうか。お互いの近況報告は、いつの間にか湾岸署刑事課の最強(恐
?)スーパーウーマン(注:言語上『ウィメン』が正しいとかツッコむなよ、そこ)の話題に移り変わり、
5杯目の日本酒を空けた今でも、そのネタは延々と続いているわけである。
恩田君と柏木君の話なんぞ、俺は聞きたくはない!お前の話をしろ!
と、心では絶叫してはいても、流石にそれを口にするのは憚られる。仕方なく相槌を打ちながら、「う
ん」と言っては杯を煽り、「そうか」と言葉を挟んでは杯を煽る。酒量が増えれば少しは気が楽になるか
も、と気休めのように己を慰めてみるのだが、どうしたことか、気分はさっぱり上昇しない。
それに対する原因も、もう既に解明している。
杯から顔を上げて、真正面に座る青島を盗み見た。その頬はアルコールの所為で上気し、目許はやはりア
ルコールのお蔭でとろりと緩み、けれど満面の笑みで嬉しそうに楽しそうに、ここにはいない女性の話をす
る。
これだ。これが原因だ。
ええい、ちくしょう、俺の前で他の女の話をするな!
と、言えれば、室井の眉間の皺もこんなに深くなることはなかっただろう。更に始末に負えないことに、
当の青島はそんな室井の心情を気付く様子もまったくない。
ああもう、何でお前はそんなに鈍感なんだ!俺の貌をじっと見てみろ!楽しそうにしてるか?微笑ましそ
うに貌を緩めているように見えるのかぁぁぁっ!?
室井慎次、非常に心の狭い男である。
まあ、早い話が『嫉妬』しているのだ。それもちゃんと認めている。
ああ、嫉妬さ!笑いたけりゃ笑うがいい!俺の知らないところで、青島の日常を見られるお前らに俺の気
持ちが分かってたまるかぁ!
どうやら、心の中で湾岸署の面々に怒鳴り散らしているらしい。ご苦労様です。
けれど、言葉少なになった室井を気遣う気配も無く、青島の口は滑らかにいつまでも湾岸署ネタを紡いで
いく。飽くまで、すみれと雪乃を中心に。時々、真下も混じったりなんかして。
どうにもこうにも遣り切れなくなって、室井は徐に立ち上がった。がたん、とテーブルが音を立てる。
「……ちょっと、トイレ」
「あ、いってらっしゃぁ〜い」
ぶんぶんと手を振る青島の笑みが、更に一層深くなる。
ちくしょう、可愛すぎる!
ガッデム!ジーザス!しっかりしろ、俺!と、普段の見た目からはおよそ想像もつかない叱咤を繰り返し
ながら、用を済ませ、再びリビングに戻ってきた室井は、見た。
「おい、青島……?」
テーブルに突っ伏す青島の姿。
顔を近付ければ、微かに寝息のようなものまで聞こえてくる。ついさっきまでは陽気にひたすらぺらぺら
喋り倒していたというのに、この変わりようは何だ。
「おい……寝るんならベッドに行け」
まだ夜はこれからだってのに(何をする気だ、とか聞いちゃダメ)、眠られてしまっては、ひとり取り残
された室井も手持ち無沙汰になってしまう。揺さぶって起こしてみるが、既に眠りは深いのか、起きる気配
は感じられない。
さて、どうするか。
起きない者を無理矢理起こすのも些か気が引ける。連日、過酷労働が続いていたことは既知のものだった
ので、目覚めさせることは早々に諦めた。青島をベッドに運ぶか、それともリビングに転がして毛布でも掛
けてやるか、思案する室井の耳に、不意に飛び込んできた、声。
「……さぁ〜ん……」
起きたのか?思って、様子を窺うが、どうもそうではないらしい。寝言のようだ。
横向けた顔。少し上がった口端、緩やかに閉じられた瞼。楽しい夢でも見ているのかもしれない。
「ったく、暢気なもんだ」
苦笑を禁じえず、無意識のうちに伸びた指先が、青島の柔らかい髪の毛に触れた、その時。
「むろい、さん……」
小さく呼ばれた。
どきり、と心臓が大きく音を立てる。
「むろ、…さん……」
何度も何度も自分の名前を呼びながら、その顔に浮かぶのは、微笑。
「一体、どんな夢を見てるんだ、お前?」
胸中に渦巻いていた醜い嫉妬など、いつの間にか綺麗さっぱり吹き飛んでいることに、室井はそこで気付
いた。
現金なもんだ。
笑いが込み上げてくる。
どんなにすみれと雪乃と時々真下の話をされようとも、青島がこうして心から安心して伸びやかに眠れる
のは、きっと室井の前でだけなのだ。
理解していたつもりだが、こうも改めて思い知らされると、どういう顔をして良いものやら、少しばかり
困ってしまう。
「……しばらく放っておくか」
毛布を掛けられて突っ伏したまま眠る青島と。
猪口を傾けながら、そんな青島を穏やかな瞳で見守る室井と。
優しい時間は、いつまでもそこに流れていた。
END
拙宅の一周年記念にうらん様が書いてくださいました!
青島君にベタボレな室井さん・・・v
青島君の話題に他の女性が出てくるのが許せない。
だけど嫉妬丸出しに出来なくて悶々としている室井さんが可笑しかったですv
寝言一つですっかりほだされる室井さん(笑)
青島君のそんな姿を見られるのは室井さんだけですからね!
ある意味特権です。恋人だけの特権v
この幸せものめ〜v
室井さんより幸せなのが、私です(笑)
こんな素敵な小説をうらん様に書いて頂けるのですよ?
幸せじゃないはずがない!(落ち着け)
うらん様、本当にありがとうございました!
心から感謝を。
心から愛を(それはいらない)