「………?」
何だか身体が重いな、と微睡の中で気付いたら、目が覚めてしまった。うつ伏せで首を横に向けていた所
為で、付け根辺りに鈍い痛みを感じる。
寝違えてなきゃいいが。
ふ、と息を小さく吐くと、背中に何かが触れていることに気付く。そうだ、身体が重い、と思って、起き
たんだった。
細い繊維のようなものが皮膚を擽る。生暖かい風が規則的に肌を撫でる。そして、包み込むような、自分
のものではない温もり。
ああ、そうか。
その正体を知って、一倉の頬は緩んだ。
青島が上半身だけ覆い被さるようにして、眠っているのだろう。
ったく、どうせ眠るなら、もっとマシな寝相をしてくれ。これじゃ呼吸が苦しくて、寝てられん。
思いつつも、青島を横に退かそうとはしない。いや、したくない、と言った方が正しいのかもしれない。
遮るものの無い肌と肌が触れ合う、渇いた感触。数時間前までは、ふたりとも汗まみれだったというの
に。
既に過去のものとなってしまった僅かな時間の前のことを断片的に思い出しながら、また緩やかに眠りに
就こうとした時。ふと、背筋に新たな気の流れを感じ取った。
つい、と筋を撫で上げるそれは、指の動き。寝相にしては、繊細すぎる所作。
起きてるのか?
けれど、一倉の姿勢では、青島を見ることは到底叶わない。仕方なく、じっと息を殺して、青島の様子を
探ることにする。
すい、と上下に動いたと思ったら、今度はそこから少しずれた箇所を、また同じように上から下へ。まる
で何かのラインを辿る動作。何だろう、と思っていると、指で辿った跡を、続けて別のものが追い駆け始め
た。ぺたり、と皮膚に吸い付くように、湿り気を帯びたもの。
それが、青島の舌だと気付くのに、然して時間は掛からなかった。少しざらついた感触が、得も言われぬ
秘めやかな情感を優しく擽る。
声を掛けようか、どうしようか、逡巡する。まさか、眠っている(と青島は思い込んでいる)一倉を、ど
うこうしようという気があるわけではないだろう。愛撫にしては、妙に硬い感じもする。
「………ね」
か細いさ
「ごめん、なさい……」
何が「ごめん」なんだ?
完全に眼が覚めてしまった一倉は、青島の言わんとするところが分からず、眉間に皺を寄せた。
「傷、いっぱいつけちゃった………」
そして、またぺろり、と。
ああ、そうか。
合点がいった。
確かに、それは愛撫なのかもしれない。但し、「労わり」という意味を含めることも可能ならば。
鏡に映さなければ自分で見ることは叶わないけれど、恐らくそこには紅い筋が何本もあるのだろう。もし
かしたら、皮膚が裂けて、血が滲み出している箇所もあるかもしれない。
その傷を付けたのは、他でもない青島。爪を立てても傷つけないように、と常日頃から綺麗に切り揃えて
いても、激情の波に揉まれたセックスの最中では、そこまで気が回ることは無い。結果として、こうして一
倉の背中に爪痕が残るのは、今までも度々あった。
労わるように、愛おしむように、指がそれを辿り、舌が追い駆ける。
官能とは程遠い仕草であっても、一倉の体内にぽう、と灯る小さな火があった。けれど、決してそれは、
欲情に直結するような淫らなものでは無い。
言葉にするならば、そう。
揺り籠の中で穏やかに眠るような、暖かな安堵。
一倉は小さく苦笑した。
青島がその傷痕を気にする必要なんて無いのだ。それよりももっと耐え切れない苦痛を、自分は青島に強
いている。いや、勿論与えるものは苦痛だけではないはずだが、それでもやはりまったく痛みを感じないか
というと、そういうわけではなく。
だから、いいんだ。
けれど、代償、と言うつもりはない。
青島も受けている苦痛の何分かの一でも、分けて欲しい、とか、そんなことを思いはしない。
傷は、所有の証。
自分だけを愛して欲しい。
あなただけを愛している。
そんな可愛らしいこと、しなくたって。
一倉は目を閉じたまま、微笑った。
声を掛けようかどうしようか、やはり迷っている内に、いつの間にか再び訪れた微睡が、一倉を眠りの淵
に柔らかに誘い込む。
言いたいことは、たくさんあるのに。
意識は急速に霞んでいく。
でも、いいか。
「今」しかないわけじゃない。
ふたりで過ごす時間。
これからも、もっと増えていくだけだから。
母の胎内に宿る赤子のように、心から伸びやかに、眠る。
夢を見る必要はない。
これ以上の、幸福な夢。
有りはしないから。
・・・END・・・
「一倉氏生誕祭」主催のうらん様より頂いて参りました!
さすがは私を一青に嵌めた張本人・・・(笑)
スィートでデリシャスで一粒で二度美味しい(?)作品です!(落ち着け)
爪痕をなぞる青島君が可愛いです。一倉さんへの愛を感じます。愛ですよ、愛(しつこい)
エロオヤジじゃない一倉さんもカッコイイです。
エロオヤジでもカッコイイんですけどね(笑)
素敵な一青をありがとうございました!
微睡の揺り籠