■ 休日の朝
「うわぁ〜」
朝食の準備をしていた室井は、青島の悲鳴に慌ててバスルームに向かう。
「どうした!」
バスルームの扉を開けると腰にバスタオルを巻きつけただけの青島がしゃがみ込んでいた。
今度はなんだ?と室井はあたりを見回す。
低血圧気味の青島は朝に弱い。覚醒するために熱いシャワーを浴びて初めて目が覚めるのだ。
それでも歯磨き粉とシェービングクリームを間違えたり、ボディソープとシャンプーを間違えたりと
失敗談には事欠かない。
「室井さぁ〜ん」
涙目で見上げてくる青島に、今日も可愛いなと人が聞けば溜息しかでないような事を思う。
今年で40になる男には不似合いすぎる形容詞だが其れはあくまでも一般論だ。
青島に関しては室井の思い込みだけではないところが恐ろしい。
青島俊作40歳
デビューして20年間、トップアイドルの地位を維持している。
ファン層は老若男女を問わず不動の1だ。
そして室井慎二44歳
T大法学部教授で青島の秘密の恋人。
同じマンションのお隣さん。
青島も室井も自分たちの想いを卑下したりはしていない。
が、世間的には少数派である事を理解している。
ましてや青島は芸能人、室井は大学教授。
バレた時の影響は計り知れない…
その為の苦肉の策だ。
もっとも青島の部屋は趣味の工房(ミニタリーグッズや時計)とかし、仕事が終わって帰る場所は
室井の部屋となっているのが現状だが。
同棲とどこが違うんだとはマネージャーの恩田すみれのお言葉。
この事実は青島の所属事務所『オフィス湾岸』では公然の秘密となっている。
「どうしたんだ青島」
「ひげ…」
「歯磨き粉と間違えたのか?」
一番ありえそうな理由を口にするとむっとしたように睨みつけて来る。
「違います。そんな失敗するはずないでしょ」
するはずないと言われても室井が知っているだけで5・6回はある。
「そっか。じゃ、どうしたんだ」
同じようにしゃがみ込んで聞いてくる室井にバツが悪そうに俯く。
否定してはみても実際には何度もしたことがあると誰よりも自分が一番知っているから…
「ひげを間違えて剃っちゃって」
「きれいに剃れているぞ」
基本的に青島の体毛は薄い。
すね毛などもほとんど目立たず、それが青島にはコンプレックスとなっているようだが
室井としては恋人のスベスベの足はお気に入りのひとつだ。
「きれいに剃れてるからマズイんですよぉ〜」
「なぜだ」
「だって、ひげを伸ばそうと思って」
「なぜだ」
「だからぁ〜不精ひげになるようにって。それなのに忘れて剃っちゃったんです」
「どうして髭を伸ばそうなんて思ったんだ?」
似合わないにも程がある。
そんな事をすれば周囲が大騒ぎするに決まっている。
『おれの天使』と豪語する一倉が知れば卒倒するかもしれない。
「今度の映画で俺、浪人役するんです」
「あぁ、あれか」
「はい。素浪人なのでひげがあった方が良いかなって」
「なるほどな」
「其れなのに何時ものように剃っちゃって…」
ガックリと肩を落とす青島の裸の肩を叩く。
「分かったから服を着ろ。そんな恰好でいると風邪をひくぞ」
「はぁ〜い」
不精髭の青島を思い浮かべて、あまりの似合わなさに苦笑する。
本人はちょい悪オヤジ風になりたいと思っているようだが自分を知らないにも程がある。
青島の一番の魅力は年齢不詳の少年っぽさだから…
それを分かっていないのは本人だけ。
「室井さん、お腹すきました〜」
生成りのシャツにGパンと休日仕様の青島が入ってくる。
室井手作りの朝食は完全な和食。
油揚げと小松菜の味噌汁。ほうれん草のおひたし。だし巻き卵にブリの照り焼き。
これぞ正しい日本の朝食。
「うわぁ〜美味しそう♪」
「いつもロケ弁で野菜不足だろうから、休みの日くらいな」
仕事中は冷めてしまったロケ弁や肉が中心の食事に偏ってしまうので栄養のバランスを考え
休日は和食中心となっている。
室井の得意料理が和食である事も大きいが…
「いただきます♪」
「いただきます」
二人揃ってテーブルに着き食べ始める。
「旨い。室井さん、このだし巻き卵絶品っす♪」
「そっか」
旨い、旨いと言いながらご飯とおかずを交互に食べていく。
その食欲は見ているだけで気持ちがいい。
好きな相手が自分の作った料理を美味しそうに食べてくれる。これほど嬉しいことはない。
「おかわり!」
「あぁ、たくさん食べて大きくなれ」
177cmと日本人男性の平均身長をクリアーしている青島にかける言葉ではない。
「室井さぁん。俺を幾つだと思ってんすか。成長期はとっくに終わってます」
「あ〜、すまん」
身長だけなら青島の方が室井より数センチ高い。
それでも美味しそうに食事をしている青島を見ていると言いたくなるのだ。
たいがい終わってるなと苦笑するしかない。
「ま、身長の方はともかく体重は増やさなきゃいけないんで沢山食べます」
「増やすってどうしてだ」
青島は太りやすい自分の体質を気にして仕事前にはダイエットをして臨むことを知っているので
不思議に思って聞く。
「ほら、着物を着る時ってお腹に晒しとかバスタオルを巻いたりするじゃないですか」
「ああ、役作りとしてか」
青島が役のために体重を増減させる事を知っているので納得する。
「ん、役作り以前の問題っすけどね」
いつもより多めに盛られたご飯を受け取りながら説明する。
「今度の役って剣の達人だから殺陣の練習をするんですけど、お腹にバスタオルなんて巻いて
練習するとズレたりして見えそうになったりするんです」
そんな事を気にしながら殺陣の練習してると動きが制限されて嫌だし自分で納得できない。
青島の言葉を聞きながら相変わらずだと出会った頃を思い出す。
10年前に室井は悪友である一倉から一方的に呼び出された。
それは室井にとって『運命の日』だった。
青島俊作。名前だけは知っていた日本を代表するアイドル。
会うまでは30前の男がアイドル呼ばわりされて情けないと思っていた。
軽蔑していたと言ってもいい。
それが…
真っ直ぐに見詰めてくる瞳の美しさと激しさに胸を撃ち抜かれた。
室井の人生において絶対にあり得ないと思っていた『一目ぼれ』だった。
知れば知るほど青島は室井のイメージしていた芸能人とは違っていたのだ。
デビュー10周年記念の4夜連続12時間の超大作ドラマ。
警察機構の矛盾に悩みながらも自分の正義を貫こうとする若手官僚。
従来の刑事ドラマでは描かれる事がなかった警察官僚の実態。
フィクションとノンフィクションを織り交ぜたプロデューサー曰く『なんちゃって社会派』ドラマ。
そのオブザーバーとして室井は呼ばれたのだ。
その時も青島は官僚として刑法の意味を知らなければ台詞がウソになると言って
現役の法学生より熱心に刑法を理解しようとしていた。
「視聴者ってバカに出来ないと思います。上辺だけ取り繕っても気付かれる。
ドラマだけど現実に何処かで生きてるかも…って思わせたいんです」
そう言って照れたように笑った青島。
所詮作り物とドラマに夢中になっている学生達に呆れていた過去の自分を深く反省した。
リアルではなくリアリティ…
それが青島のドラマに対する姿勢だった。
それから10年。
今も変わらずに真摯に仕事と向き合っている青島。
そんな恋人を室井は心から尊敬している。
自分のような真面目だけが取り柄のような面白みのない男が
青島ほど魅力にあふれた男の恋人だと未だに信じられない時がある。
万に一つの可能性もないと諦めていた青島への想いが成就した時には
世界中のありとあらゆる神に感謝した。
その感謝の気持ちは今も忘れていない。
青島を失う時が自分の人生の最後だと思っている。
目の前で一生懸命に如何すればリアリティを感じさせることが出来るかと
熱弁をふるっている青島。
どんな美辞麗句も青島の前では色あせるなと本気で思っている室井。
三十過ぎてから知った恋は末期的に重症の様だ。
そして室井は知らない。自分が今どんな目をして青島を見ているか。
愛おしくてたまらない…
そんな目で見られている事に気付かないほど鈍感でもない青島はどうしていいか分からない。
頼むから室井さん、朝からそんな目で見ないでよぉ〜
それって反則!
頬だけでなく耳まで赤くなっているのが分かる。全身が熱を持ったように熱い。
「む、室井さん、おかわり!」
「よし、たくさん食べろ」
おかずが足りないだろうと立ち上がると冷蔵庫から材料を出し始める。
他にも作るつもりらしい。
「室井さん、俺漬物だけでも良いっすよ」
そう言いながらも室井の目が自分から離れたことにホッとする。
あんな目で見るのは夜だけにしてほしいよな…
END
しーの洸様
青島バカ全国大会優勝候補のしーの様から頂きました!(誉めてます)
毎度毎度、愛されアイドル青島君をありがとうございます〜vぐふぐふ。
お休みの日の二人というのが、またいいですね。
こう、アイドルの日常を盗み見るような…
しーの様のエッチ!(それはお前だ)←すみません…
今回は映画ともリンクしていて、お得感倍増でございました。
室井さんの最後のまなざしで、
なんとなく室戸ハンベイさん(カタカナで書くとセンベイさんみたい…)
を思い出しました(笑)
この回も、幸せで可愛い青島君をありがとうございました!
template : A Moveable Feast