室井は自分をロマンティストだと思ったことは一度もない。
だが、この出逢いは運命であり、奇跡だと思う。
日本を代表するトップアイドル青島俊作。
20歳とアイドルとしては遅すぎるデビューでありながら
デビュー作である主演映画は大ヒット。
ロングランに次ぐロングランで最終的には1年近く上映していた。
当然、テレビ・映画・CMとオファーが殺到したが事務所は仕事を厳正に選び
青島を安売りすることなく、イメージを大切にした。
最初は新人でありながら仕事を選ぶことに否定的なマスコミ等のバッシングもあったが
すべて仕事で結果を出すことで黙らせてきた。
大御所と呼ばれ、気難しいと噂される人ほど青島を可愛がった。
青島の仕事に対する真摯な態度と真っ直ぐな気性が理解されるにつれ
周囲には利害抜きで青島の力になりたいと思う人が集まりだした。
まさに、本物のカリスマ!
室井が、一倉から紹介された時にはデビューから10年たち
押しも押されもしないトップアイドルの地位を確立していた。
「室井さん」
青島の声で呼ばれると自分の名前が特別な意味を持っている様に感じる。
「室井さんってば!」
「すまない。何だ青島」
真っ直ぐに見つめてくる青島の琥珀色の瞳に見とれていた室井が謝ると
心配そうな顔で聞いてくる。
「ごめん、室井さん。疲れてるよね?」
「そんな事はないぞ!お前といて疲れるはずがないだろ」
「本当に?無理してない?」
「本当だ。今はお前に…その…見とれていただけだ」
途端に青島の頬が赤くなる。
美辞麗句など聞き飽きているハズなのに室井のほめ言葉にテレまくる。
そんな青島が可愛くて仕方がない室井だった。
「初めて会った頃の室井さんからは想像つかないよねぇ」
テレている自分に気づかれないように話題を変えようとする青島だが
もちろん、室井は気づいている。
指摘するとムキになるので言わないが、そんな所も可愛いと思う。
今も、お気に入りのペンギンのぬいぐるみを抱きかかえてソファーに
座っている姿は年齢不詳…
「眉間にこ〜んな皺よせて、気難しい法律家って感じでさ」
「すまん」
「室井さん、芸能界に偏見もちまくりだったもんね♪」
「今はもってないぞ」
ほんの少しでも青島に誤解をされたくはない。
「分かってますって♪」
クスクス笑いながら小首をかしげて室井を見上げる。
「あ、ほらココ!何度も教えてもらった刑法の解釈」
デビュー10周年記念映画で青島は若手警察官僚を演じることになり
刑法を教えてもらう相手として一倉が選んだのが室井だった。
青島の貴重なオフに偶然つけたTVで放送されていたのが
その映画の何度目かの再放送だったのだ。
「何度聞いても理解できなくて…俺ってバカ?って思ったもん」
「覚えはよかったぞ。私の生徒たちに比べても理解度は早かった」
「…本当に?」
恋人の欲目なんかじゃなく?と声に出さずに聞いてくるその表情に
自然と笑みがこぼれる。
青島は自分を過小評価しすぎる所がある。
「刑事訴訟法第三一七条は?」
「え?!えっと…証拠…裁判主義?」
「正解だ。ほら、ちゃんとを覚えてるじゃないか。たいしたものだ」
「そ、そっかな…?」
「関連の仕事についている訳でもないのに、立派なものだ。生徒たちにお前の
爪の垢でも飲ませてやりたい」
半分以上本気で言ったのだが青島はクスクス笑って信用していないようだ。
「俺だって、室井さんから教わった事だから覚えてたんだよ」
好きな人に教えてもらった事だもんね。忘れられないよねと言う青島が
いとおしくてたまらない。
どれほど言葉を尽くしてもこの想いを伝えきれない。
自分のように平凡な男にこんな奇跡がおきるとは想像もしていなかった。
「ご両親に感謝しなくてはな」
「……?」
唐突な室井の言葉に不思議そうな顔をする。
「お前をこの世に生み出してくださった。どれほど感謝してもたりない」
「む、室井さんってば…なんてハズイ事を…」
「本心だ」
それに、全国に室井と同じ想いのファンがどれほどいるのか考えるのも怖い。
青島は自分を応援してくれるファンを大切にしているが、どれほどファンから
大切に想われているのか本当の意味では理解していないと室井は思っている。
「俺もね、室井さんのご両親に感謝してますよ」
「そっか」
「う〜ん、すみれさんの言うとおり俺たちってバカップルかも」
「恩田くんにそんな事、言われたのか?」
「うん。雪乃さんにも言われた。言葉は違うけど意味は同じだと思う」
恩田すみれ、柏木雪乃。
青島のマネージャー兼ボディガードは見た目だけなら、とびっきりの美女だが
外見に惑わされ侮ると、精神的にも肉体的にも多大な痛手を受ける事となる。
「誰に迷惑をかける訳でもない、構わないだろう」
「ですね♪」
二人の言葉を聞けば間違いなくすみれはキレ、雪乃はため息をつくだろう。
私たちに一番迷惑をかけている!と…
「明日から全国ツアーだな」
「はい。今回はね、今まで行けなかった土地にも行くんですよ♪」
楽しみにしているのだと嬉しそうな顔を見ればすぐ分かる。
「前回はドーム中心だったから、都会ばっかりだったけど今回は地方にも行くし…
あ!室井さんの故郷にも行きますよ。秋田」
「そっか、本場のきりたんぽを食べてくるといい」
「うん、室井さんのきりたんぽとどっちが美味しいかな?」
「どっちって…店のに決まってるだろう。プロが作るんだ」
「でも、愛情の込め方が違うでしょ?だから室井さんのきりたんぽが俺の1」
「ほんずなす」
「あ、テレてる。本当のことですよぉ〜俺にとってはどんなプロの料理より
室井さんが作ってくれる料理が一番でぇす♪」
「それは何か作ってくれと言う催促か?」
「えぇ〜違いますよぉ〜」
否定してはいるものの室井が立ち上がると顔がほころぶあたり、青島も正直者だ。
明日からはしばらく会えなくなるのだから青島の好物を作ってやろうと思う。
ゆっくり食事をして、青島を補給しておこう。
ツアーが終わるまで約2ヶ月、青島と会うことが出来ないのだから。
そんな事を室井が考えているとも知らずにキッチンに立つ後姿を満面の笑みを浮かべて
見つめている青島だった。
「俺、今日からツアーなのに…分かってます?室井さん」
「分かっているぞ。だから遅刻しないように起こしただろう」
ムーっと唇を尖らせて怒ってるんだぞと見上げてくる青島に苦笑する。
言いたいことは分かっているのだが…
最愛の恋人と2ヶ月も会えなくなるのだ同じ男として察してほしい。
プライベートの青島をどれほど独占していてもアイドルとしての青島を独占することは出来ない。
今では日本だけでなくアジアの国々でも青島の名前を知らない者はいない。
来年からは本格的に全米デビューに向けて始動すると一倉が気炎を上げていた。
日本映画はアニメとホラーだけじゃないと教えてやるのだと。
『俺の天使』の前に世界が跪くのも時間の問題だ!
その一倉の言葉に疑問も持たずに納得している室井だ。
いや、室井だけでなく事務所のスタッフは全員そう信じている。
青島にはそれだけの実力と魅力があると。
という事は、今以上にプライベートの時間が少なくなるということだ。
そう考えると同時に思い浮かんだ台詞にガックリと肩を落とした。
『私と仕事、どっちが大切なの』
小娘か!私はと室井は自己嫌悪に陥る。
青島がどれほど頑張って仕事をしているか誰よりも知っているつもりだし応援もしている。
それが…このザマか!と呆れてしまう。
青島を守るだけの力を持った男でありたいと思っている。
そのための努力ならば、いくらでもする。
それは、室井だけに許された特権。
誰にも譲るつもりはない!
「室井さ〜ん

」
室井をひと目で虜にした笑顔を浮かべて青島が呼ぶ。
この笑顔を守るのだと改めて心に誓う。
END