■ 帰したくない
帰したくない。
青島が来てから、何故か落ち着かないようなソワソワするような心を意識しないようにしていた俺だったが、壁の掛け時計を仰ぎ見た青島が「終電の時間なんで帰ります」と立ち上がった瞬間、このソワソワは青島を帰したくないと思っていたんだと唐突に理解した。
「食いっぱなしですいません」とか「すごい旨かったです」とか言いながらコートを羽織った青島を目にして、この男は、本気で、普通に、何も気づかずに、俺を置き去りにして帰るつもりだと思った。
悔しさ とか、淋しさ とか、色々な感情が胸を渦巻いている。
しかし青島を振り向かせるような甲斐性を持たない俺は、拳を握りしめて立ちすくむしか出来なかった。
玄関に座り込んだ青島のつむじを見下ろし、俺のもとを去ろうとする背中をただ見つめる。
「よ・・っと」
軽い掛け声で立ち上がった青島の背を見つめて、プライベートで会うのはこれが最後かもしれないと思った。
今回はあの時の約束があった。
共に査問委員会に掛けられたあの日。
本庁の大階段で約束を交わした。
あれから何度か湾岸署に足を向けたが、そのたびになぜだか景色が色あせて見えた。
恩田君も真下君も何か言っていたように思うが、その言葉は心にまでは響かない。
青島が。
唯一青島だけが、私の心に語りかけてくれた。
青島が居ない。
その情況に耐え切れなくなった俺は、約束を口実に青島を呼び出した。
背中を向けたまま俯いていた青島が、勢いをつけて顔を上げる。
帰らないでくれ。
帰らないでくれ。
頭の中で繰り返される懇願。
それでも掛ける言葉が出てこない。
別れの言葉を言えなくしてしまえばいい。
「青島」
衝動のままに名前を呼んで、返事を帰される前に腕を掴んで引き寄せた。
「なん・・」
青島。
青島。
お前をこの腕に閉じ込めておきたい。
お前をこの部屋につないでしまいたい。
唇を押しあてるだけでは足りず、強引に舌を割り込ませた。
青島。
青島。
なぜ拒否しない。
なぜ為すがままでいるんだ。
このままでは俺は・・・きっとお前を・・・・・・
「靴を脱ぐのが面倒だったら帰ってくれていい」
俺の最後の矜持だった。
無理強いだけはしたくない。
嫌なら、俺を殴ってでもここを出てくれ。
いつもは目の高さにある肩に顔を埋めて、一瞬でもこの腕に収まった青島を忘れないために抱き締める。
数秒の間の後青島の手に胸を押し戻されて、この世のものとは思えないほどの絶望を感じた。
「すまなかった」
男で、上司で、仕事で数回しか会ったことのない相手。
突然のキスをどれだけ不快に思ったことだろう。
俺を殴れ。君にはその権利がある。
ただ蔑むような視線を受け止める覚悟ができなくて、俺はきつく目を閉じた。
ぼこんぼこん、と何かが玄関に投げ出されて、どしんと正面から体当たりされる。
慌てて目を開けて見ると、青島との逆転していた身長が戻っていた。
おでこが触れそうな僅かな隙間を開けて、青島の大きな瞳が俺を見ている。
「面倒じゃないです。帰らなくていい?」
言葉の意味など理解できないほど、身体の一部が熱くなるのを感じた。
おまえが帰らないと言ったんだ。覚悟しろ。
青島の腕を掴んで寝室へと戻る。
青島。
青島。
お前のすべてを愛させてくれ。
翌朝腕の中で目覚めた青島が、恨めしそうな視線で見上げてきた。
口角が下がりまくって、ひん曲がっている。
気まずい私は視線を逸らしたが・・・チラリと戻すとまだ青島は見つめていた。
『室井さん、なんか忘れてなぁい?肝心なこと、忘れてなぁい?俺はあんなに何度も言ったのに。俺はアンタを受け入れたのに。こんなことになってもまだ言わないの?ねぇ室井さん。室井さん室井さん。俺に言うことあるんじゃないの?』
無言のプレッシャーが俺を責め立てるようだ。
こんなことなら先に言っておけばよかった。
覚悟を決めろ室井慎次。
「好きだ」
ぐいぃ〜と口角を上げた青島が、俺の胸をぎゅううと抱きしめた。
END
瀬尾様
「帰りたくない」の室井さんバージョンも頂いちゃいました!
こんなに色々考えているのにちっとも口に出さない室井さんに焦れて、
頬っぺたつまんでぐりぐりしてやりたいです青島君が(笑)
でも言わない方が室井さんっぽいから困っちゃう。
無言のプレッシャーを仕掛けてくる青島君が可愛くて困っちゃう。
青島君可愛い〜(ちっとも困ってない)
瀬尾さん、可愛い室青をありがとうございました〜!
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