■ かぎ



――――鍵を貰った。

 

 「青島。これを貰ってくれないか?」

 そう言われ、手のひらに乗せられた。
 それは恋人として過ごすようになった、彼の二度目の誕生日のことだった。



 彼の部屋の合鍵が手の中にある事は、紛れもなく信頼の証拠で嬉しかった。

 だがその時、心の中を占めたのは単純な嬉しさだけではなく、
 この関係が縮む事に、少しばかり怯んだのが本音だったと思う。

 そんな気持ちを悟られたくなくて、軽い言葉で誤魔化した。

 「…あ〜、お互い何があるかわかりませんもんね。
  ―――有事の備えってことで預かっておきます」

 自分でも、可愛くない返事だと思う。
 鍵を握りしめながら「大切にします」と言わない自分。


 そんな様子に、彼は何を思っただろう?
 じっと見つめてきた真剣な視線が、何故か、ふと柔らかく微笑んだ。

 「―――それもあるな。
  …だけどそれ以上に恋人として、受け取ってくれ。」

 そんな真摯な言葉に恥ずかしくなり、思わず俯いてしまった自分。
 その頭をポンポンと、彼の手が触れる感触がある。

 
 そのあやすかのような仕草と、手のひらにある冷たい感触。


 ―――あぁ、自分はこの人に愛されている。

    心の底からそう思えた。
 


 この関係の始まりは自分。
 でもこの関係を保ってくれたのは彼だろう。


 今までに経験したことがない恋愛。
 お互いの将来に影響を及ぼすかもしれない不安。
 恋情だけでは済まされない間隔。

 それは自分の気持ちと行動に、距離感を生み出す。
 どんなに想いを交わし、身を重ねても、一歩引いてしまう自分がいる。


 その距離を埋めてくれたのは彼だ。

 「青島、君が好きだ」

 「君と一緒に居たい」

 「君が欲しい」

 眉間の皺と熱い視線と、真摯な想いをいつだって向けてくれた。
 
 
 あれから、お互いの間には多くの時間が流れた。
 その距離は縮んだり、離れたり…紆余曲折な時間を経てきた。
 その時々でこの鍵は、大きな役割を負ってきたなぁとしみじみ思う。
 
 しかし鍵はちゃんとここにある。
 自分のものとして、キーケースの中で他の鍵と共に納まっている。
 

 ――――紛れもなく、幸せの証だ。


 そんな事を考えながら、テーブルの上に彼の鍵を置く。
 自分にしては丁寧な手つきなのが、ちょっと可笑しかった。

 そして横に、紙袋から真新しい鍵を取り出し置く。
 それを二つテーブルに並べて、そっと撫でた。

 その際、鍵同士が触れてカチリと音を鳴らす。


 これからの事に、彼はどんな反応をしてくれるか…
 できれば、あの時の自分のように幸せになってくれればいい。

 
 少しの恥ずかしさと緊張感を伴う。

 何年たっても変わらないもんだな、と苦笑しつつ、
 彼がシャワーを浴びている音を聞きながら煙草を燻らせた―――。



「風呂ありがとう。――何してるんだ?」

「ん一?ちょっとね」

「…鍵か?」

「はい、鍵です。これ、今日出来上がってきたんですよ〜。
 やっぱり新しいのは輝きが違いますね」

「…あぁ、そうだな。それよりも新品ってことは、まさか鍵失くしたのか?」

「…ひどいっすよ、室井さん。なんですぐに‘失くした’なんですか」

「普通、そう考えるだろう。
 そして何より君と、君のいる湾岸署は、紛失に対して前科がありすぎる」

「…ちぇ」

「まぁ、とにかく失くならないように早く付けとくんだな。
 ―――そのキーケースにいれるのか?」

「いーえ!これにはいれません」

「…あんまり別々に管理すると分らなくなるぞ」

「大丈夫ですよ〜」

「…」

「なんすか、その信用のない視線」

「胸に手を当てて、自分に聞いてみろ」

「…」

「拗ねても駄目だ。かわいいだけだ」

「…っ!?あんた馬鹿じゃないですか!!」

「ほんとうのことだ」

「あー…もうっ!!…はい!!
 じゃあ失くさないようにしっかり管理してください!!」

「…俺にか?」

「そうです。あんたのです!!…受け取ってくれますか?」

「勿論だ。―――これは恋人として受け取っていいんだよな?」

「はい。有事の際以上に、恋人として持っててください。
 ――てか、室井さん。あの時のこと覚えてるんですか?」

「…当たり前だ。渡す時、断られたらどうしようとひどく緊張したからな」

「―――ははっ…俺も今回ちょっと緊張しました。
 だからあの時、素直に受け取らなくて悪かったなぁて、反省しました」

「まぁ…ここまで来るとお互いいい年だからな。
 有事の際も十分ありえる。間違ってはなかったよな」

「…過労でぶっ倒れないでくださいよ」

「君も怪我には気を付けろよ。
 あぁ思い出した。…あの時、鍵を渡したとき。
 君の言葉に、正直、少しはがっかりしたが…
 言葉とは裏腹に、君は真っ赤だったんだ」

「へぇ?」

「だから鍵を渡した瞬間、真っ赤になった。
 …その顔を見て、喜んでもらえたと思った」

「あ〜…俺って素直ですね」

「そうだな。青島、ありがとう。…幸せだ」

「俺も、幸せです」


***

 お互いにリビングで立ったまま、抱き合い微笑む。
 いくつになっても、甘い雰囲気を持てることは幸せだと感じる。

「…正直、君の合鍵を貰えるとは思ってなかったんだ」

 首筋を軽く啄まれながら、そんな独白のような言葉が聞かれた。
 青島は室井の髪を梳くように撫でながら、答える。

「―――あ〜…室井さん催促しませんでしたもんねぇ」

「あぁ。君からいつか貰えればいいとは思っていたけどな。
 …無理強いはしたくなかった。」

「室井さんのそういうとこ、好きですよ。
 ―――でもまぁ本当はもっと前に渡す予定だったんですけどねぇ〜
 いやぁ、自分でも予想外で…」

「?…どういうことだ?」

 自分のぼやいた言葉に、訝し気な顔が目の前にきた。
 首筋から唇が離れてしまい残念な気がするが、困惑している表情もいいな、と思う。

「いや、ね。準備してた鍵がどっかいっちゃって。
 探そう探そうとしてたら、時間ばっかり過ぎちゃって――――」

 あはは、と笑いながらそう告白すると、
 青島の腰に回っている腕が、拘束の強さを増す。

 ちょっと、室井さん…と苦情を申し立てようとするが、
 室井の怒った表情を見て、青島は思わず固まった。

 眉間の皺と真剣な眼差しが、ド迫力だ。
 いつの間にやら、甘い雰囲気もどこかに消えている。


「それで、青島。鍵は、見つかったのか?」

 一言一言区切るように言われた言葉に、思わず視線をそらした。
 が、それが青島にできた最大の抵抗であり、降伏だった。

「…―――失くなっちゃいました。…すみませんっ!!」


 その後。
 青島は室井に抱きしめられたまま、
「警察官たるもの」や「危機管理」などなど、散々説教をされる羽目になった。


 こんなことなら合鍵渡さなきゃ良かった、と心の隅で思ったのは秘密である。











END

みい様


可愛い室青話を頂きました!
一歩引きがちだった青島君に、合い鍵という形で愛情を見せてくれた室井さん。
男前!ありがとう!(何のお礼?)
青島君ちの合い鍵を巡って、室井さんに謝る青島君も可愛いかったですが、
最後にこんなことならあげなきゃ良かったって思う青島君が好きです。
青島君、そういうところありますよね(笑)

みい様、ありがとうございました!





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