■ 別、だからこそ愛しいという心
―――彼とはたくさんのものを共有してきたと思う。
時間、感情、熱意、信念、そして・・・恋情でさえも。
だから、
彼との境目がわからないときがあるのだ。
それぐらい、彼は私に侵食している。
そのせいで、つい忘れてしまうのかもしれない。
彼は、私とは、別の人間だということを ――――。
***
その日、二人は引越し作業の真っ只中だった。
新しく生活の場となる空間には、無数のダンボールが積まれている。
もともと物は増やさない主義といっても、広島で生活した時間は決して短くない。
本庁に戻ることになり、室井は荷物と共に帰ってきた格好になっていた。
室井は台所、青島は書斎と別々の場所で作業を進めている。
効率を考えた結果、そういうやり方に落ち着いたのだ。
室井は皿を食器棚に押し込みきって、時計に目をやる。
もう3時を指していた。
朝が遅かったとはいえ、そろそろ休憩にしてもいいだろう。
そう思った室井は、青島に声を掛けるべく書斎へ足を進めた。
書斎のドアは開いたままだったので、青島の姿はすぐ目に入る。
こちらに背をむけて、部屋のちょうど真ん中に立っていた。
声を掛けようとしたが、室井は躊躇った。
青島が、立ち尽くしているからだ。
動きもせずその場に固まっている姿に、違和感を感じる。
・・・何かあったのか?
訝しげに思いながら、近づく。
「・・・青島?」
そう声を掛けた途端、背中がビクっと揺れる。
その脅えたような仕草に、室井は警戒を強めた。
青島の身に何かが起きている、そう肌で感じたのだ。
「・・・どうしたんだ?」
室井の口から、低い声が洩れ出る。
それは威嚇ではなく、室井自身の動揺を抑えるためでもあった。
昨日、久しぶりに再会した二人。
お互いの間に多少の緊張感が宿っても仕方とも思う。
だが、今お互いの間にある緊迫感はそれとは別物だと思うのだ。
少しの間を置いた後、青島は体を動かした。
それは室井の手が、青島の肩に触れようとしたのと同時だった。
「・・・!?」
室井は手を挙げたまま、驚愕する。
青島が、泣いているのだ。
その手に、一冊の白い本を持って――。
傷つけた!
反射的にそう思った室井は、勢いのままその体を抱きしめた。
自分の迂闊さを悔やみ、歯を喰いしばる。
それは、あるひとの形見の日記だった。
いつもは引き出しの奥深くに仕舞い込んでいる代物。
それが、青島の目に触れてしまった。
きっと表紙からして、室井のものではないとわかった筈だ。
青島を悲しませてしまったことに、言いようのない怒りがこみ上げる。
反対に青島は、抵抗もせず抱かれたまま。
だが、いつものように室井に腕を回すことはしない。
右肩に濡れる感触がある。
青島の顔が、そこに埋められている。
そのことで、室井の腕に益々力が込められる。
慰めるなんてものでは、足りない。
青島の悲しみを奪い取りたい、そんな気持ちだった。
暫く抱き合ったままでいると、くぐもった声が耳に届く。
「・・・すみません。」
「君は謝らなくていい。」
間髪入れず答えを返す。
「・・・でも、中は見てませんから。」
「君なら、見たってかまわない。」
室井は本気でそう思った。
言われた青島は何を思っているのか、無言だ。
その様子に、室井は焦った。
ただでさえ、泣かしているのだ。
これ以上、青島を傷つけたくない。
「青島?」
「・・・すみません」
「青島、頼むから謝らないでくれ。
謝るなら、こっちだ。
すまない、君に不快な思いをさせてしまった。
君を傷つけてしまった。・・・君がいやなら、処分す、」
「違う!」
室井が言い切る前に、青島の叫ぶような拒絶を発した。
腕をつっぱり、室井との間に距離をとる。
涙が留まっている視線は、強い力を乗せて室井を睨む。
「・・・青島?」
「違う・・!!・・違いますから、そんなこと言わないでください。
あんたの、大切な過去を傷つけたくない。
そんなこと望んじゃいない。」
「だが君は・・・」
現にこうして泣いているじゃないか、
そう続けようとした室井に、青島はゆるく首を横に振る。
否定なのか、拒絶なのか。
青島の苦痛に歪む顔を見ても、判別がつかない。
青島の気持ちが読めない。わからない。
室井は自分の目の前にいる存在が、とても遠く感じる。
そんな苦い気持ちが室井の胸中に広がり始めたとき、
青島がおもむろに口を開く。
「・・・室井さん。
あんたね、きっと思い違いしてる。
俺はこれを見つけたから、悲しいわけじゃない。
あんたの大切な人を知って、凹んでるんじゃない。
あんたを疑って傷ついてるんじゃない。
そんなことじゃないんだ。
そんなことで、泣いたりしない。
・・・泣くもんか。」
泣くもんか、といいつつまた新たに流される涙。
だが、その顔には微かな笑みがある。
青島の、こんな表情は初めてだった。
強いような、脆いような。
相反する感情を湛えたような、その姿に室井は動揺する。
この滴の意味は?
この笑顔の意味は?
「・・・じゃあ何で君は・・」
室井の悲痛な声に、青島はそっと首を横に振る。
そしてそっと口に触れるだけのキスをして、室井の背中に手を回す。
どれぐらいそうやって、抱き合っていただろうか?
「ただ・・・いたい・・。」
消え入りそうな、くぐもった声がした。
室井は、ぐっと歯を喰いしばった。
そうしないと耐えられない。
激情が、溢れ出しそうになったのだ。
‘いたい’
それが‘痛い’なのか、‘居たい’なのか、わからない。
もしかしたら青島自身、
わかっていないのかもしれない。
わかっているのは、唯一つ。
たった一つだけ、わかっている感情。
それは謝罪でも言い訳でもなく、唯一無にの言葉。
それを室井は、目の奥が熱くなるのを感じながら真摯に伝える。
「・・・君が好きだ。」
くぐもった声が、返される。
「・・・俺もです。」
好きです、そう告げてきた青島の顔には、
胸が詰まりそうになるような微笑みが浮かんでいた。
――― 室井が容疑者になったとき。
一番心配し、一番動きたかったのは青島だった筈だ。
きっと張り裂けそうな激情を、その身に宿していた。
だが彼は、それを呑み込んだ。
彼が恐らく一番苦手な「何もしない」ことを選んだのだ。
そんな、一番、彼らしくない戦いをした。
それは誰であろう、室井のため。
室井だったからこそ、その信念を曲げてでも動かなかったのだ。
そんな中でも青島の下には色々な情報が舞い込んできたはずだ。
例えば事件の始まり。起訴されたこと。
例えば、過去を暴露されたこと。元恋人の自殺。
例えば、辞表を出したこと。・・・約束を、破りかけたこと。
挙げればきっと、きりがない。
室井が考える以上に、青島は沢山のことを知っている。解かっている。
そしてそれを、たった一人で呑み込んできた筈だ。
・・・そんな青島に対し、室井が出来たのはたった二つだけ。
電話越しでの謝罪と広島に行く、と伝えたことだけだった。
何の説明も言い訳もできない自分。
全てが終わった後の結末すら、言えなかった。
そんな室井に対し、
青島は「いってらっしゃい。・・・待ってます。」
ただ、そう言った。
電話が切れた後の機械音を聞きながら、堪え切れなかった嗚咽が洩れた。
彼の優しさに。
彼の強さに。
彼の愛情に。
彼の、孤独に。
あの時から、室井は思い続けている。
一つになってしまいたいのに、
決して一つになれない。
そのことに
少しだけ絶望を感じながら、
別の存在であることに、愛おしさを感じると―――。
END
みい様
あとがき
なんでしょう。。。すみません;;
人様の夢を壊している気がして、全くもって怖いです;;
これで喜んで頂きたいって。。。おめでたすぎな気が致します;
えっと、開き直って申しますと、
「容疑者、室井慎二」私はとても好きです。
室井さんの本編では見られない姿と、本編以上の苦悩と。
室×青というジャンルを知る前も好きでしたが、知ってからはもっと好きにvv(笑)
あの硬質でちょっと黒い画面の中に、
青島君が居たら・・・そう想像すると楽しさが尽きません(笑)
一番書いていて「身の程知らずだ」と思い続けていたので、
一番言い訳が長くなってしまいました;;
すみません;
みい様
「容疑者」でぼっこぼこになったであろう室井さんの心を癒してくれるのは、
やっぱり青島君しかいないよね!と思わせてくれる素敵なお話でした。
一つにはなれなくても、別々だからこそ愛しく思えて、
大事に思えて、大事に思ってもらえるのかもしれません。
みい様、このたびは胸がきゅんとなるような、愛しい室青をありがとうございました!
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