La Buche



 室井慎次は迷っていた。

 昨年、今日は誕生日だったなと言って買ってやったケーキは白いクリームが全体をこってりと覆い、真ん中に鎮座しているイチゴがなんとも愛らしい、実にショートケーキらしいものだった。
「誕生日、覚えててくれたんだ」
 嬉しそうな顔をして、誕生日にケーキだなんて何年ぶりだろ、と照れくさそうに言っていたのを覚えている。
 彼の部屋について、いつもどおり床の上に直に座って、となりに座った彼に「持ってろ」と言ってそのケーキの箱を持たせた。
 そうして両手を塞いだ彼にフォークでケーキを差し出してやって、「いただきまーす」とハートマークでも飛んでいそうな勢いで齧り付いた口元についた生クリームがあんまり美味しそうで、ついその美味しそうな唇ごと戴いてしまったら後が止まらなくなって、結局ケーキは口に入るよりも他の場所に入るほうが多くて、それはそれで悦んでいるんだとばっかり思っていたら最後に泣かれてしまったから、これは拙いことをした、と思ったのだ。
 だからクリスマスにはそんなことには絶対にならないよう、ツルリとチョコレートのかかったベルギースタイルのものを予約していたのに、ショーケースからそれが出てきたときから不満そうに口を尖らせていた彼は、切り分ける前に指でそのチョコレートを掬い上げたのだ。
 綺麗に伸びた指がこちらに向かってくるのを目で追いかけて、どうしたものかと思っていたところに「どうするの?」と聞かれて、ふわりと笑った顔に我慢が出来なくなった。
 逃げそうになった指を捉えて、舐めて弄って噛み付きそうになるのをやっとのことで堪えていたら「どっちが甘い?」と聞いてきた。
「俺の指と、チョコレートと、どっち?」
 そんなの決まってるだろうに。
 そう応える前に、抜かれた指の替わりにその唇が落ちてきて、そのあとはもう彼のペースでこっちは翻弄されまくっってしまったのだが。
 あれはあれで好かったよな。
 ふっと思い出して引き上げた口元を、誰かに見られなかったかと尚更きりりと背を伸ばして顔を上げたら、
「あのぉ・・・」
 と目の前の女性が声を掛けてきた。
「・・・どちらに為さいますでしょうか?」
 ブーンとひそかに音のする冷蔵のショーケースの向こう側、白いエプロンにサンタクロースとトナカイのブローチをつけた店員が、少し困ったような顔をして笑いかけてきた。
 そうだった、私は今ケーキを選んでいる最中だったのだ。


「えー、覚えててくれたの?」
 去年と同じことを言って彼はニカッと笑った。
 つられて笑うとまた照れくさそうに白い歯を見せて、そうしてカリカリと首の後ろに手を伸ばす。
 こういう、なんてことはない仕草ひとつが可愛いと思うのは、我ながら末期症状だよなと自覚しながら惹かれるように彼の顔に手を添えた。
「なに」
「いや」
 クスリと笑ってその唇を指で撫でた。
「なんでもない」
 人差し指が離れてしまう前に応えて、なんと言ってくるのかを待ってみた。でも何も言わないで、ギリギリまで離れたところでするりと彼は舌を伸ばしてきた。
「・・・っ」
「・・・・・なんでもないんでしょう?」
 クスクスと笑う顔を覗き込んで、まったく、と苦笑してしまった。ああ、これだ、こうやって彼のペースに巻き込まれると後はどうにでもなれと思ってしまう。まだこちらはコートも脱いでいないのに、彼は仕事から帰ったままの格好で、いつもの青いスーツをきっちり着込んでいるというのに、今すぐ押し倒してそのしなやかな肌に手を差し入れて、相手が許してと言い出すまで責め立ててやりたいと思ってしまう。
 彼が嫌がりだす前に、ジャケットの下に右手を入れてシャツの上からゆっくり上に撫で上げた。笑っていた顔がうっすらと目を閉じて、少しずつ口を開いていくのを眺めながら執拗に、探るように。
「だめ・・・」
「どうして」
「だって」
 甘えるような声にもう片方の手も添えて、背中にまわして抱きしめ、ようとした。
「ダメって言ってるっての」
 ポン、と突き放されるとムッとした顔が正面にあった。
「せっかく買ってきたケーキ、潰れちゃうじゃん」
「・・・・・あ」
 二人の間に挟まったケーキの箱を取り上げると、彼はすばやく私の下からすり抜けた。え、っと思っている目の前で鼻歌交じりに箱を開けているのを見ているってのは、なんだかそこはかとなく情けないような気がしてきたのだが、
「えーっ」
 と叫んだ彼に今度は何事かと慌ててしまった。
「なに、なんだ」
「だってこれ」
 指差してる先は、あの店員が「当店のお勧めです」としつこいくらいに勧めていたロールケーキで、さっぱりとした口当たりが自慢の一品です、と言っていたのだが。
 何か私は間違っただろうか。
「これってバースデイケーキじゃないじゃん」
「え?」
「ブッシュ・ド・ノエルっていって、クリスマスケーキなんだけど」
「・・・そうなのか?」
「そうなのかって」
 あんたなんにも知らないんだねぇ・・・と言って「あーあ」と漏らした彼が、ふと何かを見つけてにっこりと笑った。
「でもいいや」
「?」
「これに免じて許してあげる」
 指でつまんだのは、ほんの小さなチョコレートで出来たプレートだった。両端に極々小さなリボンの絵がついていて、文字が書けるようになっているそれ。
「あんたこれどんな顔して頼んだの?」
「どんな顔って・・・」
 ただその店の店員が、「お名前をお入れしますか」って聞いてきたからなんだ。
 ある人に買って帰ってやりたいんだけれど、去年はそれで失敗してしまったから今年はちゃんとしたケーキをプレゼントしたいんだ。そう言って何がいいかと相談したら、店の一番のお勧めって言うのを出してきたのだけれど、そこで何が行き違ったのかクリスマスケーキに名前を入れてもらって。
 おかげで今笑った顔が見れた。
「 ”しゅんさくくんへ” だって、なんかこんなのむちゃくちゃ久しぶり」
 チュッとそのプレートにキスをした彼が、くすぐったそうにはにかんでそれを口に咥えたところを追いかけて、そうして半分奪い取った。



 ブッシュ・ド・ノエルの中に詰まったクリームが、何に使われたのかはご想像にお任せする。ただ、
「クリスマスのケーキは3段重ねの生クリームのものを予約してきた」
 って言ったら、真っ赤になった彼が
「バカッ」
 と叫んだのだけはお知らせしておこう。








TEXT : くうりい@マイフェイバリットスウィートハーツ




昨年のクリスマス企画でくうりい様がお書きになった室青を、頂いて参りました〜(^^)
「クリスマス・ケーキ」の続きですv

室井さんが素敵にエロオヤジです(褒めてます)
それでこそ、室井さん!
思い出して口元が緩んじゃったり、来年のクリスマスに野望(!)を達成させようとしていたり。
ブッシュ・ド・ノエルの中のクリームの行方が気になるところ…。
青島君に「知らなくていいよ!」と怒られそうですが(笑)
クリーム絡みだけあって、とっても甘甘な二人。
幸せですねーv

普段は真新メインにお話を書かれるくうりい様が書いてくださった、室青。
ええ、もちろん、私のためではないですが(笑)
本当に嬉しかったです!

くうりい様。
快く譲ってくださって、有り難う御座いました!
ま、また、機会がありましたらー!ぜひー!(とか、図々しく言ってみます…)