■ soulmate
「………」
「………」
「…室井さん」
「…どうした?」
「…まだですか?」
「…君こそまだなのか?」
「まだです…」
「…あまり我慢するな」
「室井さんこそ…」
この二人、何をしているかというと全身汗びっしょりで言葉少なに話しをしている。ほぼ全裸の状態で。
一応恋人と二人きりなのに色気は微塵も無い。理由は意味の無い意地を張り合っている真っ最中だからだ。
事の発端は青島の
「広い風呂に入りたい」
という一言だった。
長年恋人として付き合っている青島と室井だが、表立って言える関係ではないため二人で外に出かけるということはほとんど無い。
この日は久しぶりに互いの非番が重なった日であり、前日から青島の部屋に来ていた室井は青島とともに朝を迎えた。
昼近くになって、
「温泉か銭湯行きたいな〜」
と、青島がアメリカンスピリットを燻ゆらせながら呟いた。
それはしっかり室井の耳に入り、
「行きたいのか?」
「ええ。何か広いお風呂入りたいな〜と思って。もう何年も行ってないし、久しぶりに行ってみたいなって」
「今から行くか?」
「え?」
「俺もずっと行ってないしな。昔と比べて今はどうなってるか見てみたい。それに…」
「それに?」
「今日は人前で脱いでも大丈夫だろ?」
「……あ、そですね」
昨夜青島は日付が変わってから帰宅し、家主のいない部屋に合い鍵で入った室井は先に就寝していたため、寝床に潜り込んできた青島と少し話しただけでどちらもすぐ眠りについた。
昨夜のようにただ一緒に寝るというのもたまにあるが、いつもなら抱き合った時は互いの体に紅い痕を少なからず残す。
痕が残る体では当然人前で裸にはなれない。そういう意味では今日は貴重な日といえた。
「じゃ、用意しよっと」
「どこに行く?」
「ん〜、せっかくだから大きいところ行きたいです」
この時はただ入浴に行くという目的だったが、ある時点で当初の目的から大きく外れることになる。
近場だと誰かしら知り合いに会いそうで落ち着かないので、郊外の大型入浴施設に行くことにした。
受け付けを済ませ脱衣所に行き服を脱ごうとしたところで、お互い何となく手が止まる。
「…どうかしました?」
「…いや」
それとなく一瞥し、後はさっさと脱いで大浴場に向かった。
「へ〜、最近はこうなってるんだ」
「色々種類があるんだな」
「寝風呂もありますね」
「まず体洗うか」
「ですね」
体と髪を洗い、それぞれ湯船に浸かった後サウナに入った。
「は〜、サウナなんて何年ぶりだろ」
「やっぱり昔の銭湯と違うな」
「寝風呂は本当に寝そうだったな〜」
「さっき打たせ湯で荒行みたいなことしてなかったか?」
「見てました?」
「見なかったことにした」
「え〜」
「子どもみたいなことしてるからだ」
他の利用客とテレビの邪魔にならないよう静かに話していたが、いつの間にか自分達だけになっていた。
この施設は高温と低温の二つのサウナがあり、二人が入っているのは室温50度の低温で、高温より低いものの入ってから30分後の今では全身から汗が吹き出していた。
「結構汗かいたなぁ…」
「高温より熱くないがサウナに変わりはないな」
「今度いつ来られるかわからないからもうちょっと…」
「水分補給した方がよくないか?」
「ギリギリまで粘ってみたいんで…」
「…やっぱり子どもみたいだな」
「じゃ後で大人なところ見せます」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です」
二人だけなことをいいことに際どいことを言っているが、公共の場所であることと、いつ誰が入ってくるかわからないためあくまで静かに言葉を選んで話す。
それから15分後、まだ二人ともサウナにいた。どちらも出ようとせず、何か勝負をしていた訳ではないのだが、何となく先に出た方が負けのような空気になっていた。
二人が意味の無い意地を張っていたことに気付くのは、文字通り頭が冷えてからだった。
更に15分後、つまりサウナに入ってから1時間後、仰向けになっていた青島が声を掛けた。
「…室井さん」
「………」
「そろそろ出ません?ちょっとヤバいかも…」
「…おぶってやろうか?」
「…出来ればお姫様抱っこで」
「…いいんだな?」
「…後でいいですか?」
「構わないが」
「じゃ、帰ったら。とりあえず出ましょう」
「ああ」
これ以上は命に関わると判断し、出てすぐ水を飲み、脱衣所で出続ける汗を拭く。
「はぁ〜…」
「…こんなに長く入ってたのは初めてだ」
「オレもですよ〜。な〜んか室井さんが出ないから…」
「君が出ないからだろう」
「ん〜、じゃあ痛み分けってことで」
「そうだな」
汗が引いたところで軽くシャワーを浴び、帰り支度を済ませ帰る前にロビーで一息つく。
「銭湯で牛乳飲むってガキの頃以来だ…」
「昔からの定番は変わらないな」
ロビーは様々な人が行き交い、これから入浴する人は脱衣所に向かうが、湯上がりの人は連れと待ち合わせたり、食事をしたりテレビを見たりと思い思いに過ごしている。
すると二人の目の前を美人と言える二人組の女性が通り過ぎる。湯上がりの女性二人に自然と目が行く。二人は帰るところだったようで出入り口へ向かっていった。
「飲んだか?」
「ええ。そろそろ行きます?」
「ああ」
荷物を持ち、飲み干した牛乳瓶を販売機横のケースに入れ、施設から出て青島の部屋に戻った。
部屋に入り鍵を掛け靴を脱いだと同時に、
「青島、荷物置いてくれ」
「?」
言われるまま置くと、先ほどの宣言通り室井が青島を抱き上げた。
「む、室井さん!?」
「お前が望んだんだろ?」
「そうですけど…」
「ちゃんと掴まれ。その方が安定する」
空を切っていた腕を室井の首へ回す。そのままソファーまで運ばれそっと下ろされた。
「吃驚した…」
「そんなに驚いたか?」
「帰ってからって言いましたけど、いきなりだったんで…。オレも室井さん抱っこしていい?」
「お手柔らかに頼む」
今度は青島が室井を抱き上げる。青島より小柄だが、筋肉の重みと硬さを感じる体は間違いなく男の体だ。
力尽きて落とす前にソファーへ下ろす。
「どうだった?」
「結構筋肉の重みあるなーって。室井さんは?」
「筋肉の重みはあったがしなやかで柔らかかった」
「オレ柔らかいんですか?」
「ああ。とりあえず荷物片付けるか」
「あ、オレ持ってきます」
玄関に置いてきた荷物を片付けソファーに並んで座った。
「本当は一瞬迷った」
室井が眉間に皺を寄せて呟いた。
「何をですか?」
「銭湯に行くことだ」
「え?」
「銭湯に行ったら風呂に入る訳だから当然裸になる。わかっていたが誰にもお前の肌を見せたくなかった」
「室井さん、あの時手が止まったのってそれ?」
「ああ。だがここまできたら単純に楽しもうと思った」
「それオレもですよ。オレはあの時気付いたけど、気にしても仕方ないかって」
「お前は気付いてなかったかもしれないが、さっき目の前を通った女性たちにうっとりしてたな」
思いもよらなかったことを言われ、青島の目が泳ぐ。
「え、あれは何ていうか…」
だが青島に向けられる室井の目は冷ややかではなく、眉間の皺も消えている。
「わかってる。俺とお前は異性愛者じゃなくなった訳じゃない。さっきのように女性に目が行くのは男として当然だ」
「……」
「だからそれを怒るとか責める気は無いが、全く嫉妬しない訳でもない。だが嫉妬は罪だからな」
「嫉妬が罪?」
今まで考えたこともなかったことを聞き、室井の言葉により耳を傾ける。
「昔何かの本で読んだ。嫉妬はキリスト教の西方教会における用語の七つの大罪の一つだ。残りの六つは傲慢・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲で、「罪」そのものというよりは、人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指すそうだ」
「何か重い話しですね…」
「何となく読んだ本だったがこの部分は未だに覚えてる。嫉妬は強い力になるが同時に恐ろしい力でもある。最悪の場合、人を殺してしまうほどにな」
「確かに嫉妬絡みの事件って多いな…」
「感情としてはお前がさっきのように女性を見たりアプローチされたり、考えたくないが男からそういう目で見られるのを見たり聞いたりするのは面白くない。だが派手に嫉妬する必要は無いだろ?」
「それってどういう…?」
体ごと向き合い互いの距離を縮め、室井が雄弁な瞳に確信を込めて青島に問う。
「お前の恋人は?」
「室井さんです…」
「お前が本気で好きなのは?」
「室井さんだけです…」
「俺も同じだ。俺が本気で好きで本気で想ってるのは青島、お前だけだ」
「室井さん…」
青島を抱き寄せ、腕の中に包み込んだ青島へ囁く。
「お互いそれを知っていればそれで充分だろ?」
青島は室井に身を任せ、室井だけが知るうっとりとした表情で目を閉じている。
「うん、そうですね…」
世界で一番安心する場所でため息のように呟く。
ゆっくりと目を開き、室井と視線を合わせる。
そこにいるのは青島だけが知る室井。
二人の想いは完全に一致していた。
「室井さんの本気見せてくれます?」
「青島、さっき言ってた大人なところ見せてくれるか?」
「覚悟してくださいね」
「それはこちらのセリフだ」
笑いながら軽口の応酬をしつつ、強く指を絡ませ寝室に向かった。
「室井さんの肌すごくすべすべですね」
「お前もな。長くサウナにいた甲斐があったな」
いつもよりも滑らかな恋人の肌がとても心地良く、求め合った後もずっと寄り添っていた。
「青島、今度は泊まりで温泉に行かないか?」
「泊まりで?」
「ゆっくり出来るだろ?サウナは無理でも温泉付きの部屋なら誰の目も気にしなくて済む。さっき言ったことと矛盾しそうだが、やっぱりお前の肌を誰にも見せたくない」
「ですね。オレも室井さん見せたくないし。いつか行きましょうね」
「ああ」
今まで相手や自分の想いを疑ったことは無いが、互いに女性や恋愛、結婚が絡むような話しや噂を耳にした時に、多かれ少なかれ不安や嫉妬を覚えない訳では無かった。
だがこの日を境に、二人の想いは以前にも増して確固たるものとなる。
絶対的な信頼とどこまでも深い愛情で繋がる二人の間に、入り込むものは何も無いのだから。
END
泉様
泉さんから、可愛らしい室青を頂きましたv
終始二人のやりとりが可愛かったです。
青島君を軽くお姫様だっこしちゃう室井さんはさすが!って感じです。
それでこそ室井さん。さすがの警察官僚です(関係ない)
泉さん、ありがとうございました!
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