■ 恋をとめないで
「それでね、タイミング計ったように遭遇」
まるで今日の天気でも話しているかのような気儘さ。
「…だから言ってやったんですよ。『俺は慈善事業でこんなことしてるんじゃな
い』って」
口いっぱいに鯖と白米を頬張りながら、箸をかざして熱弁を揮う。
「けど悪い気はしないっすよね。『ありがとう』なんて笑顔で言われたら」
いそいそと椀の中身をかきこんで食事を流し込む。
「もしかしたら、俺に憧れてその子も将来俺と同じ道歩くかもしれないし、なんて」
傍から見れば刑事というイメージからは程遠い仕草。軽い物言い。
「可憐な美人に言われたわけじゃないけど、嬉しくって鼻の下伸びちゃって」
こんな彼を見て、一体どれだけの人間が彼の職業を「警察官」だと連想するだろう。
数日前、台場に家族連れで来ていた男の子が見知らぬ男に声を掛けられた。
母親とはぐれ泣いている迷子を、その男が見過ごすはずがなく、男の子の手をひいて
歩いているところを、偶然警備員が通りがかった。
泣きはらした男の子の顔と男の寄れたコートが不信に思わせたのか、警備員は男に同
行を願う。
問答無用の物言いに驚いた男が口をひらきかけたそのとき、連れ添っていた男の子が
一言。
『このお兄ちゃん、お巡りさんなんだよ。ママを探してくれてたの。シュンサク君て
いうんだって』
「正義の味方はね、ちょっと怪しくて多少カッコ悪いくらいが好印象でいいんです」
「…青島」
「あ、俺うるさかった?」
残りの白米に通しで出された番茶をかけ、バツが悪そうに視線を泳がせる。
ピークを過ぎた食堂で遅い昼食をとる男二人を意識する客は他になく。
それでも、いい歳の男に「よく噛め」と言い掛けた自分が妙に恥ずかしく、「どうか
している」と
自身の思考に呆れて溜め息をついた。
上司の顔色を伺っていた部下はその溜め息に何を思ったのか「多かったら俺食いま
しょうか?」
なんて向かいから自分のどんぶりを差し出してくる始末。
眉間に皺がよるのを自覚しながら「何でもない」とつまんだままだったトンカツを口
に押し込んだ。
偶然だった。
ぽっかりと出来た休日。散髪屋を出た足で、見知った定食屋の暖簾をくぐったのだ。
昼間の混雑を避けた午後二時。
店の入口に背を向け、カウンターに肘をつき蕎麦をすする客が一人。
私が引戸を閉める音と「室井さん?」 という声が同時だった。
「やっぱり室井さんだ」と続ける声に視線を上げると、そこには『名コンビ』と謳わ
れた片割れである湾岸署の青島がいた。
「どーぞ座って下さい」
何が嬉しいのか口の端を上げ目を細めて、自分の為に隣の座席をひく。
どうしたものかと眉をひそませていると青島が苦笑し困ったようにおどけてみせた。
「とって食いはしませんよ」
あ、それとも誰かと待ち合わせでもしてました?などと勝手に話を進める。
多少の社交辞令は含まれているだろうが、キャリアである自分との後ろ盾を得たいが
為ではない、
あくまでもスマートな青島の対応に、見返りを求めない接待を受けたことのない分居
心地の悪さを
感じながら隣に腰を下ろした。
「若いんですね」
何がだ?
「髪。下ろしたらぐっと若く見える」
君には関係ないだろう
「はははは、…室井さん」
………
「よく言われません?」
「何だ」
「眉間で語る男、って」
その後も、どういうわけかここで青島と食事をしている。
相変わらず青島が一方的に自身の近況を語り自分は「そうか」とうなずくだけだ。
気のきいた言葉も出ない男、まして上司である自分と話していて何がおもしろいの
か。
相槌をうつ自分に「そうです」と満足そうに箸を進める青島がいつも不思議だった。
――――君はなぜここに来るんだ
それは、自分にむけた疑問そのものでもあった。
だから聞けずにいた。
約束をしたわけでもない。待ち合わせなんてするわけがない。
にも係わらず今日で三度目になる昼食。木曜日の午後二時。
決まった時間に店を訪れるのは自分。そして、待っている青島。
約束をしていないのだから、来なければいい。
食事なら本庁の食堂で済ませればいい。
「室井さん?」
忙しなく口を動かす青島の大きな目に射抜かれ、一瞬思考が止まる。
「…なんで」
「はい?」
じっと見つめていたのは自分なのだ。それなのに、青島と目が合った瞬間「なんで見
てる」なんて。
―――――何を動揺している!
「いや、あ、青島」
「はい」
「…よく噛んで食べろ」
「はあ」
苦し紛れに出た言葉がこれだ。自分で自分が居たたまれない。
お互い二の句が次げないまま食事を続ける。但し、視線は合わせたままで。
言いつけ通り黙って咀嚼する青島の視線が痛い。
けれど、もうこの視線は外せない。
やがて口の中のものを呑みこむと、青島が核心を突いてきた。
聞いてもいい?そんな顔で。
「よく、会いますよね。ここで」
「…君は」
続けて下さい。肩をすくめて先を促す。
「君は、誰かを待っているのか?」
「え?」
「いつも同じ曜日、この時間に会うだろ。誰かと待ち合わせでもしているのか?」
いつかどこかで聞いたような台詞。
『誰か』など他にいなければいいと都合のいい期待をしている自分がいる。
あの日私に同じ言葉で話しかけた彼は、そこにどんな期待をこめていたのか。
やがて、遠い記憶を引き出すように青島がゆっくりと頷き、箸を置いた。
「…ええ、そうです」
「待ち合わせてるんですよ」
「ずっと俺の一方通行なんですけどね」
穏やかな笑みを浮かべ、静かに語る青島から、刑事の顔が消えた。
通報で駆り出された自身を面白おかしく語る無邪気な男はどこにもいない。
海の凪を思わせる柔らかで深い眼差し。
その深い深い海の底にいるのが自分だったら―――――
ふっと視線を外したのは青島だった。
それをきっかけに我に返る。
「あ、」
青島の胸元で携帯電話が振動しているらしい。呼び出しだろうか。
ちょっとすいません、そういって画面表示を確認すると青島が目を見開いた。
「構わない。出たらいい」
話を途中で折ってしまったことに、もう一度すいませんと申し訳なさそうに電話に出
る。
「あ、すみれさん?」
青島の口から出た名前に、今度は私が目を見開いた。
当の本人が見たら「失礼ね」と舌を出すだろう。苦手な女刑事の顔が浮かんだ。
電話口からは何かをまくし立てるような声が聞こえているが内容までは聞き取れな
い。
青島は私の顔をちらちらと見ながら気まずそうに「うん」「そうだけど」と曖昧な返
事をしている。
顔が赤い。
以前湾岸署を訪れた際、じゃれあうように仲のいい二人の姿を目にしたことがある。
周りも気にした風ではなく、公認の付き合いなのだろうかと思ったほどだ。
それくらい、自分の目には、青島の隣にすみれがいるのが自然にうつった。
―――――そういうことか。
青島が待っているのは同僚のすみれ。
小柄で、抱きしめるには片腕で足りてしまうほど儚く柔らかな女性。
どこをどうとっても硬く張りのない男の自分が青島の待ち人であるはずがない。
当然じゃないか。
腑に落ちたと同時に自覚したのは、拠り所を失ってしまった焦がれる心。
不可解な心が漸く答えを見つけた瞬間、自分は失恋したのだ。
止まっていた箸を猛然と動かし、皿に残るキャベツと肉をひとまとめに口へ押し込
む。
どんぶりに貼りついた米粒を番茶で溶かし碌に噛みもせず一気に胃へ流し込んだ。
電話が終ったのか、携帯を握りしめたままで青島が唖然としている。
「室井さん、よく噛まないと…」
「失礼する」
タン、と盆に箸を揃え立ち上がると、ひいた椅子もそのままに店を後にする。
真っ白な頭が会計も済ませずに出てきたことを思い出すのは、本庁に戻ってからだっ
た。
一人店に残された青島は、たった今まで食事をしていた上司の顔を思い浮かべてい
た。
電話に出た自分の一言に目を見開き、いつもの三割増しで眉間に皺を寄せて出て行っ
た室井。
「…勘違いしてるな、ありゃ」
もうここで会うことはないかもしれない。
けれど、律儀な室井のことだ。部下に食事代を払わせたまま黙ってはいないだろう。
遅かれ早かれ、室井から連絡が来るはずだ。
自分はそのときを待てばいい。
伝票を手で弄びながら、ここにはいないすみれにも呟く。
「前途多難、て感じだよすみれさん」
『いつまでも片恋の君を眺めてないでさっさと戻りなさいよ。わたしのキムチまん
!』
「…鈍いぞぉ室井慎次」
END
ハナビ様
私も言わせて頂きましょう。
「鈍いぞう室井慎次!」(笑)
でも、それでこそ室井さんでございます。
悶々と思い悩むがいいさ!(鬼)
いや、でも、ほどほどに思い悩んで頂いて、
はやいところ青島君を幸せにしてあげてください(どこまでも青島至上主義)
ハナビ様はオフラインで室青サークルを始めたそうです。
お互い頑張っていきましょうね(^^)
素敵なお話をありがとうございました!
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