束縛したいなんて、考えちゃいない。

 目指すものがあるから、立ち止まってなんていられないし。

 そのためになら、無理をすることだって苦にはならない。

 

 でも、足を止めたくなる時は、必ずある。

 隣に居て欲しい者の存在を思い、眠れない夜もある。

 会いたいと、簡単に口に出来きはしないから。

 

 ココロだけが、叫び続ける。

 

 

 

    『会いたくて』

 

 

 

 めずらしいこともあるものだ。

 

 室井は、自分の部屋に明かりが灯っていることに、少しの驚きと期待を感じていた。

 合鍵は渡してあるが、その相手が室井の留守中に上がり込んでいることは、今まで数える程度しかない。

 忙しい、それが何よりの理由だった。

 自分も彼も、仕事を疎かにすることは出来ないから、気が付けば一月以上も顔を合わせていないことなど

当たり前の日常で。

 だから、せめて少しの時間でも、と鍵を渡した。

 部屋の明かりは、彼がそこにいることを教えてくれている。

 それだけで、さっきまでの陰鬱な気分が吹き飛んだとしても、誰に文句を言われる筋合いもない。

 

 会いたかった。

 もう、1ヵ月も顔を見ていない、青島に。

 

 室井は、急ぎ足になる自分を抑えられなかった。

 

****

 

 どうしちゃったかな、俺。

 

 青島は台所で食事の支度をしながら、自分の大胆な行動に、少しの照れと幸せを感じていた。

 鍵を使って、まだ主の帰ってない部屋に上がり込んだのは何度目だったかな。

 合鍵をもらえた時、彼の懐に入れてもらえたのだと、嬉しくて涙が零れたことは今でも覚えてる。

 仕事が忙しくて使う機会は限られるけど、それでも何度か使ってはみた。

 でも、帰ってこないかもしれない彼を待つのは、余計淋しさを募らせただけで。

 それに気付いてから、使えなくなってしまった一片の塊。

 けどね、そんなことは言い訳にならないって、ある人に教えてもらったんだ。

 お前が待ってるってわかれば、あいつは飛んで帰るぞ、ってさ。

 

 ものすごく会いたくて仕方ない。

 室井さんに、1ヵ月も会ってない。

 

 青島は、鳴り響いた玄関のベルに、最高の笑顔で応える。

 

 

「おかえりなさい」

 シンプルな群青色のエプロン姿で、青島は待ち人を迎え入れた。

「…ただいま」

 青島が部屋にいることはわかっていたが、こんな風に、しかもエプロン姿で迎えてくれるとは思っていなか

った室井は、戸惑いながらも顔を綻ばせる。

「お疲れ様でした」

 言いながら青島が手を差し出したので、自然に鞄を渡していた。 

 そんな違和感のない流れに、まるで新婚家庭だな、と室井の胸に甘い感情が沸く。

 らしくないことをしてみよう、そんな気さえ起きてくる。

「それ、よく似合ってるぞ」

 微笑みながら口にすれば、目の前の青島の顔は、一瞬にして赤く染まった。

 そんなところが、可愛いと思う。

 感情に正直な青島の反応は、どんなことであれ、室井を惹きつけてやまない。

―――このままここで、キスの一つや二つ…

 室井が不埒なことを思い描き始めたのを遮るように、青島は受け取った鞄を胸に抱いて、回れ右をしてしま

った。

―――室井さんって自覚ないけど、タラシだよな、ホント!

 顔は熱いし、胸はドキドキ言い始めるし、1ヵ月振りなのにいきなりそれでは刺激が強すぎる。

「今日は、夕食作ってみました。手の込んだものじゃないけど、味は…それなりだと、思います…でも、室井

さんみたいに上手じゃないから、期待はしないでくださいね」

 照れ隠しもあったが、室井にこれ以上恥ずかしい言葉を言わせないために、青島は一気にまくし立てた。

 その心を知ってかしらずか、室井はいつもと変わらずに、受け答えをする。

「そんなことはない、いい匂いだ。肉じゃがか?」

「当たり。雪乃さんに教えてもらって。…からかわれましたけどね」

 コートと上着をクロゼットにしまい、リビングに戻ってきた室井は、部屋を満たす香りに今更ながら空腹を

覚えた。

 現金なものだ、と笑う。

 一人で摂る食事ほど味気ないものはない。摂取しなければならない義務感だけで、食事をしているとも言え

る。

 それが、どうだろう。

「俺の、好物だ」

 室井の言葉に、振り返った青島の嬉しそうな笑顔。

 それが何よりも、心を満たしてくれる。

「よかった〜。すぐにご飯もよそりますから、座っていてください」

「いや、それくらいは俺がやろう」

 青島が止めるまもなく、腕まくりをした室井は、炊き立ての白米をお揃いで買った茶碗へ盛る。

「ビール、飲みます?」

「ああ」

 青島が缶ビールを2本持って腰を下ろすと、室井も同じように向かい側に座った。

 ちょっと味が濃い目の肉じゃがに、水菜とじゃこのサラダ、小松菜と揚げの煮びたしに、わかめの味噌汁。

 いただきますと言い合って、室井は青島が自分のためだけに作ってくれた肉じゃがを、早速頬張った。

「美味い。俺好みの味付け、よく知ってたな」

 目の前でこちらを祈るかのように見つめている青島に、室井は正直な賛辞を送った。

 一気に青島の顔が、明るくなる。

 どうやら味付けで迷っていたらしい。

 東北出身の方だから、少し濃い目の方が好きかもしれませんよ、そうアドバイスしてくれた雪乃に、青島は

素直に感謝した。

「煮びたしも、甘みがあって、染み込み具合も丁度いい」

「えへへ、そうですか? 前に教えてもらった通り、ちゃんとダシ取りましたもん」

 そう言って、青島は親に褒められた子供のように胸を張った。

  

 他愛もない会話。

 時には仕事の話なんかもして。

 会えなかった時間を埋めていく。

 1ヵ月。その間にメールや電話でやり取りはしたけれど、顔を合わせて過ごすこの時間に比べたら、あっさ

りと吹き飛んでしまうくらいのつながりだったと思い知らされる。

 明日は二人とも朝から仕事で、終電までには青島はこの部屋を出なければいけないのだけれど。

 我侭だとわかっていても、僅かな時間でも傍に居たいと、居て欲しいと思ったから。

 こうして、今二人は向き合って、食事を楽しんでいる。

 何かあったのかなんて、室井は聞かない。

 青島も、ここに来た理由を言うつもりはない。

 それでも確かに、気持ちは伝わっている。

 

「…ありがとう」

 声に顔を上げれば、穏やかな色を湛えた瞳で見つめられ、青島も真っ直ぐに室井を見返した。

 呟かれた言葉は、たった一言だけ。

 けれど、青島を見つめる室井の瞳は、それ以上の想いを語っていた。

 口下手な自分には、この胸を満たす感情を伝えることが出来ない。

 ただ、何よりも青島が愛しい。

 変わることのないこの想いだけが、全てなんだ、と。

 そう伝えてきた眼差しに、青島は困ったように口元を綻ばせた。

「今日のところはわかってあげますけど。たまにはね、ちゃんと言葉でも伝えてくださいよ?」

「言葉では…無理だな」

「…では?」

「そうだ」

「じゃあ、何で伝えてくれるんですか?」

 青島は笑ったまま首を傾げて、下から覗き込んで見上げる。

 その眼差しに、ある意味を含ませて。

 向けられるのは、ただ一人。

 ぞくりと、室井の背を何かが駆け抜ける。

 意味を知っている者は、自分だけだという、優越感。

 さっきまでの穏やかな気持ちは、どこかへ消え去って。

「そうだな…」

 室井の瞳が、獲物を前にした獰猛な獣のような激しさを帯びる。

「態度で示してやろう」

 低く囁かれた、自分だけが聞ける、熱に掠れた声。

 ぶるりと、青島の身体が甘い痺れに震えた。

 もう、我慢なんかしなくていい。

 テーブルに両手を付いて腰を上げ、前に身を乗り出す。

 その意図を読み取った室井も立ち上がり、近づいてくる青島の頭を引き寄せる。

 

 触れ合うだけの口付け。

 ビールの匂いと、肉じゃが味のキス。

 

 それでも、1ヵ月振りのキスは、二人の鼓動を速めるには十分で。

 青島の首の後ろに回していた手を、くしゃりと髪の中に差し入れ、軽く食んだ唇は柔らかく、理性を溶かし

ていくほどに甘かった。

 指で引っ掻くようにして、室井のシャツの胸元に皺を寄せ、ぺろりと温かな舌を唇に這わせて、誘いをかけ

る。

―――これじゃ、足りない。

 どちらともなく、深い繋がりを求めた時。

 がっちゃんと、嫌な音が二人の動きを止めた。

 

「「…あ」」

 

 下を見なくても、机の上の状態は想像できた。

 救いは、ほとんど食べて食器を空にしておいたことだろうか。

 目を見合わせて、肩を竦める。 

 今、自分たちがどんな状況でキスしていたのか、ほんの少しも頭の中になかった。

 そのことが、素に戻ってしまえば、正直気恥ずかしくて。

 けれど確実に、生まれた熱は身体の奥で燻り続けていて。

「…片付けは、後だ」

 黙って乱れた食器に視線を落としていた室井は、少しの逡巡の後、口を開いた。

 眉間に皺が寄っているけれど、それは怒りからではない。

 その理由を青島だけが、知っている。

 だから、直ぐに室井の傍に駆け寄った。

 

 寝室までの僅かな距離も、もどかしかった。

 

****

 

 食欲が満たされて、心が満たされて、でもそこで終われるほど涸れちゃいない。

 もっと濃密で、脳髄が痺れて焼き切れるほどの刺激を、味わいたい。

 どうしようもなく、自分たちは大人だから。

 言えない言葉も、隠さなくちゃいけない気持ちもあるけれど、身体は嘘をつけないことは、嫌と言うほど知

っている。

 だから、4週間も触れていなかった、肌に触れて。

 余すところなく、口付けて。

 縋る腕を、引き寄せて。

 収まらない熱を、混ざり合わせて。

 一緒に堕ちていく。

 

「…アイシテル」

 

 馴れ合うことは、出来ない性分だから。

 時には背を向けて、会えない日々を歩かなければならないこともあるけれど。

 でも、ココロはずっと傍にある。

 形無いもの、形在るもの。

 そのどちらもが、二人を繋いでいるから…

 

 

 立ち止まらずに、

 明日も駆け出せる。














 



>藤崎様

 …当初予定していたものとは、大幅にズレてしまったシリアス仕立て。

 自分でもビックリなので、送り付けられたかず様も困惑されていることでしょう。
 あああ、すみませぬ〜〜〜〜(大汗)




藤崎様から、一周年のお祝いを頂いてしまいました!
玄関開けたら、エプロンあおしーですよ?
どうしますか?押し倒しますか?(落ち着け)
天然でタラシっぽい室井さんも素敵でした♪
夢中でキスをしていたお二人なので、この後はしっかりと愛を深め合ったのはないでしょうか〜v
藤崎様、ラブくて幸せな二人をありがとうございました!