Crescent Moon
水平線を暁に染めながら、ゆっくりと沈み行く太陽。
同じ空には、細く研ぎ澄まされた白刃のような月が煌いていた。
「幻想的な、光景だな」
室井は遮光カーテンの隙間から、眼前に広がる色のコントラストに感嘆の言葉を零した。
その背後に歩み寄り、太陽光の最後の輝きを避けるようにしながらも、青島も同じように風景を眺める。
しかし、青島は室井の隣には並べない。
それは、二人を分かつ、決定的な距離。
永遠に交わることのない、平行線の壁。
室井は、俺のために生きろと、言った。
青島は、嘘偽りのない永遠を、誓った。
けれどそれは、甘い睦言なのかもしれないと、思い囚われる。
青島の瞳が、夕焼けをその身に浴びて微笑む室井の横顔を見つめる。
命の恵みの光を受けて輝く、闇とは一切無縁の愛しい、ひと。
「…触れちゃいけないくらい、綺麗、だなぁ…」
零れた呟きは夕闇の静寂に溶け込み、室井にはその言葉の真の意味までは届かなかった。
あれから、三日が経った。
いや、まだ三日、というべきか。
二人は国外へと脱出して、昔は栄えていただろう面影を残す、今は寂れたとある繁華街へと足を踏み入れ
ていた。
背中に何かしら背負ったものばかりが集まる場所。
どこからみても訳アリ風の男二人が迷い込んだとしても、誰も気付かない。干渉しない。
今の二人には、その無関心さがありがたかった。
素性を偽り、宿を借りた。
昼間は外を移動できない青島のために、借りる宿。
夜間は逃亡のための時間に費やされるため、室井も昼夜逆転した生活を送る。
そして、二人の活動時間へと世界がシフトする夕刻、二人は別々のベッドで目覚めた。
「あと半時もすれば、完全に陽が落ちるな。それまでに、外に出られる準備をしておこう」
カーテンをきっちりと閉じて、室井は振り返った。
「そうですね。俺、顔洗ってきます」
その視線から逃れるように、青島は備え付けられたバスルームへと走り去っていく。
ばたんと扉が閉まる音を聞いてから、室井は口元を掌で覆うと、盛大なため息を漏らした。
―――やはり、避けられている。
何も視線だけではない。
室井が触れることも、青島から触れることも、拒絶とまではいかないが、明らかに避けている節が見て
取れる。
―――俺の醜い欲を、感じ取られてるのかもしれないな。
室井は自嘲気味に嗤った。
今だって理性で湧き上がる欲を封じ込めておかなければ、無理やりにでも青島に手をかけてしまうことだ
ろう。
それほどに、室井は飢えている。
喪う寸前で我が手に引き戻すことの出来た、愛しい相手。
青島が自分とは異なる生命の持ち主でも、異形のものでも、何一つ、この想いを消す材料には成り得なか
った。
青島だから、愛した。
鳶色の瞳で自分だけを見つめ、儚く笑いかける、誰よりも愛を欲していた、青島というただ一人の男を、
他の全てと引き換えにしても構わないほどに、愛した。
その愛しき相手が、手を伸ばせば届く距離にいる。
それがどれほど室井の心をかき乱しているか、青島には想像できないだろう。
―――こんな俺を知ったら、青島…お前は俺を恐れるか?
熱に触れたい。
刻み付けたい。
混ざり合いたい。
視線も、温もりも、体液さえも、一つになれたら。
「…室井さん?」
部屋の中央で立ち尽くす室井に、どうしたの?と問う声をかける。
暗い室内では、青島から室井の表情は窺うことが出来ない。
ただ、纏う雰囲気がいつもの清廉としたものではないことだけは、わかった。
「…っ」
そして、室井が息を飲む。
心も身体も、魂さえ引き付けられ、逆らえない。
僅かに戸惑いが見て取れる、上目使いの瞳に。
濡れて色づいた、厚みのある唇に。
雫が伝い落ちていく、首筋と鎖骨に。
前が開けられたシャツの奥にある、青島の初めてみる素肌に。
理性と名のつくものが室井の中で砕け散り、本能のままに、身体が動く。
獣なのは、自分のほうだと室井は思う。
青島を自分のものだけにしたいと、浅ましく思い、そしてその欲をぶつけようとしている。
安物のベッドが、二人分の重みを受けきれずに、悲鳴を上げた。
吐息も奪うような、荒々しい口付け。
その合間に青島が何かを言おうとするが、それすらも室井の舌に絡め取られる。
青島だけに向けられた、激しい情欲。
あの室井が、自分を失うほどに欲しているのは、紛れもなく自分。
それをキスの中に感じた青島は、嬉しさで涙を零した。
青島の腕が室井の背中に回り、引き寄せる。
一方的だった口付けは、青島が応えることで、甘く濃密なものへと変わってゆく。
ひとしきり、恋人同士のキスを堪能した後、名残惜しそうに室井が唇を離した。
「…すまない、乱暴をした」
低く掠れた声を漏らした室井の眉間に、自分の行動を省みて出来た皺が刻まれていた。
間近の距離で見上げ、乱れた呼吸の中で、青島は素直に心を開く。
「びっくりしましたけど…でも、嬉しかったです。俺からは、室井さんに触れないから…」
「触れられない…? 意思とは関係なしに、エネルギーを摂取してしまうからか?」
青島の理由を知らない室井は、その能力にあるのだと思った。
しかし、それを青島の瞳が否定する。
「では何故、触れられない?」
「…俺の手で、あなたを穢してしまうのが怖かったから」
伏せられた睫毛が、怯えたように震えていた。
室井の背中に回された指が、縋るようにシャツに絡みつく。
その青島の仕草に、室井の胸が、込み上げた愛しさに締め付けられた。
「…同じだな。俺もお前を汚してしまうことが怖くて、手が出せなかった」
先程までの激しい熱情は消え失せて。
ただこの存在を守りたいと、ただひたすらに想う。
そのためになら、いくらでも強くなれるだろう自分が、いとも容易く想像できた。
どんな苦難が待ち受けていようとも、この腕で、青島と二人の未来を勝ち得てみせよう。
青島が、室井に触れられない理由。
室井が、青島に触れられなかった理由。
互いに互いを思い合うばかりに、気持ちをすれ違わせていたことに、気付いた二人。
通じ合えたならば、その先は一つ。
「俺から触れるのは、構わないか?」
そっと壊れ物でも扱うように、室井の掌が青島の頬を包み込んだ。
だがその優しい所作とは裏腹に、青島の奥に潜むものを引き出そうとするように、指が唇をなぞり上げ
る。
ぞくり、と青島の背中に痺れが走った。
それは紛れもなく、悦びを感じた証。
心は迷いを見せても、身体は正直だ。
「…ずっと、触れて欲しかったって言ったら、どうします?」
伏せられていた瞳が室井を見上げ、視線が交わる。
その青島の瞳の奥に、自分が持つ欲と同じものが閃いたことを、室井は見逃さなかった。
「そうだな…俺が知らない場所が無くなるまで、どこもかしこも触れて、口付けてやる」
触れるだけの口付けを唇に落として、そのまま青島の首筋に食らいついた。
捕食者と獲物の立場は逆転し、貪られ奪われる。
そして同時に、欲しいだけ強請るだけ与えられる。
青島は誰にも聞かせたことのない、欲に濡れた声を室井の腕の中で上げ続け、室井は仄かな月光を受けて
輝く青島の肢体に、時を忘れて溺れた。
シーツに埋もれるようにして眠る青島の髪を、室井が愛おしそうに梳いている。
小さく身じろぎしたその身体を引き寄せ、強く抱き締めた。
迫りくる追尾の足音を、青島には聞かせぬために。
月齢三日の月は、太陽の後を追うようにして西の空に沈んでいた。
室井や青島を、その二人を追う者の姿を、照らし出す月は空にはなかった。
END
藤崎キョウ様より、ヴァンプ青島第2弾!!
初夜ですvうふうふうふ・・・(落ち着け)
初めて・・・いいですよね。ロマン(?)です。
激しく愛し合ったっぽい描写にドキドキです。ドキドキ。
続きも検討中とのことです!
皆様も私と一緒にお待ちしましょうv
なんて、藤崎様にプレッシャーをかけてみます(笑)
藤碕様、ありがとうございました!