魔法の呪文












  「ちょっと、青島君!起きなさい!」

  「う…っもぅ、ょっ……だ…」

  「もうちょっとだけ、じゃないわよ!!仕事しろー!!」

 夢と現実の狭間にいる青島の前にすみれは腰に手を当てキレていた。整えられた眉が

  怒りを表す様に美しいアーチを作っている。 

  ここは湾岸署内の休憩所。

  ちょっと一服と休憩したまま帰ってこない青島を、課長に探すよう頼まれたすみれが覗き

  に出ると、本人は長椅子に体を投げ出し、あどけない顔を見せながら熟睡していた。

  最初は「可愛い顔しちゃって」そう思いながら揺すって声を掛けるのに、起きるどころか

  その気配さえ見せない青島に段々苛立ち、不毛なやり取りが数十分と続いている。

  途中で投げ出して仕事に戻りたい思うのだが、青島が報告書や雑務をほっぽり出して休憩

  へ出てしまい、怒った袴田が青島捜索を命じた為に戻れなかった。

  すみれは思う。こんな時、真下君が居れば押しつけるのに、と。

  「まだ残してるモンがあるでしょうが!いつまで経っても帰れないわよ!」

  「そ……」

  「…あのねぇ」

  30歳をとうに超えた男を可愛いと思ってしまう自分もどうかと思う。

  ただ、今の状況ではかわいさ余って何とやら。

  すみれは頭を抱えたくなった。

  「どうしたんですか?すみれさん」

 青島に引き続きすみれもなかなか戻ってこないため、雪乃が様子を伺いに来た。

  尋ねる声には振り返えらず、熟睡している青島を指さして。

  「ちょっと雪乃さん、どう思う?コレ」

  「あー、青島さん…完全にお休みモードですね。ここ最近、休めて無かったから」

  確かにここ何日間か事件が立て続けに発生し、青島だけでなくすみれや雪乃も休みらしい

  休みは過ごせていない。

  しかし、只今お休み中の彼は文句を言いながらも事件が発生するたびに、目を輝かせながら

  1番に部屋を飛び出して行った。

  どうやらそのツケが体に現れている様だ。

  「冗談じゃないわよ、まったく。課長が青島君どこなの?報告書とか終わったの?って

  うるさいから呼びに来たのに、全然起きないんだもん」

  「拡声器で呼んでも無理ですかね?」

  「たぶん無理ね。意地になって余計に起きないかも」

  「眠ってるのに意地になるんですか」

  「青島君、お子様だから」

  わかった様な、わからない様な。

  でも青島さんだしそうなのかな、とそんな理由で何となく納得する雪乃。

  一方、すみれは左手で右腕の袖口をまくり、握り拳を作ると青島めがけて振り落とそうとする。

  その時、救世主?が現れた。

  「……何をしているんだ、君たちは」

  相変わらずほとんど黒一色の服装で手には鞄と書類を持ち、眉間に皺を寄せた室井が立っている。

  長椅子で眠る青島、拳を振り上げるすみれ、その横で止めようとしない雪乃の構図を 不審そう

  に見つめる。

  「見てわからない?職務怠慢の罪で刑を執行するところよ」

  「職務怠慢?青島が?」

  すみれから罪状を聞きつつ、長椅子で熟睡中の被告人:青島を見る。

  室井が来ているのにも気づかずに、青島は長椅子で幸せそうに眠っている。

  大きな体を小さくし、丸くなって眠っている姿は微笑ましかった。

  自分の夢を見てくれているのだろうか、この状況下でそんな不埒な事を考えてたりする。

  室井の表情が柔らかくなったのを、すみれは見逃さない。

  「ちょっと、室井さ〜ん?青島はどんな夢を見て幸せな顔をしてるんだー、とか思ってな

  いでしょうね〜?」

  図星。

  そんな勘は仕事で発揮してくれれば良いのに、と思わず室井は願ってしまった。
 
  気まずい為に視線を合わせない室井に対して、雪乃が今までの経過を説明する。

  「青島さん、随分前から眠ったまま起きないんです。呼びかけても怒っても青島さん全然

  反応が無くて。で、すみれさんが実力行使に出ようとしていたんです」

  「こうなったら、旦那様が起こしてやってよ」

  「だっ…」

  室井は「旦那様」発言に目を剥きすみれを睨む。

  すみれにとっては当然痛くも痒くもない様で、無言の睨みを綺麗に無視。

  妙な緊張感がある休憩所で青島はやはりまだ夢の中。幸せそうに口を動かしている。

  「青島さん、幸せそう〜」

  可愛い、幸せそうを連呼しながら小動物を愛でるかの様な雪乃は楽しそうである。

  「室井さん。ホント何でもいいから、青島君を起こしてよ。課長から青島君を連れてくる様に

  言われてるんだから」

  この貸しは絶対に青島君から返させてやる!と鼻息も荒いすみれに対し、室井は青島のそ

  ばに膝を折り呼びかける。

  「起きろ、青島」

  「…ろ…ぃ…さ…?」

  優しい、聞き慣れた声に反応を見せる青島。

  「報告があるんだろ?青島」

  「ん……っ…………」

  声に一瞬反応するも、また眠りの世界へと引きずり込まれた様だった。

  その後、何度か声を掛けるも生返事ばかりで一向に起きる気配を見せない。

  さすがの室井もこの状況は面白くなかった。

  「旦那様ぁ〜、頑張って〜」

  無責任に揶揄するすみれに対し、

  「青島さんの場合、開けゴマ!みたいな呪文があれば便利でしょうね」

  青島の頬を指で突きながら雪乃が唐突に言う。

  「うーん……起きろゴマ!とか?」

  「報告書あげろゴマ!とか」

  「ランチ食わせろゴマ!は?」

  「有名菓子店のケーキを買ってきてゴマ!…はちょっと長いですね」

  どんどん己の欲望が膨らみつつある二人を尻目に、室井は雪乃の言葉を回想する。

  呪文。

  この場合、青島を起こすための呪文であるが、室井の中でひょっとしたら使えるの

  では?と思うものがある。

  すみれや雪乃に聞かれない様、青島の耳の横へ口を寄せると

  「…………?…………………。……?」

  二言三言、何事か呟く。

  すると−。



  ガバッ!!



  今の今まで幸せそうに眠っていた青島が、囁かれた方の耳に手をやり顔を真っ赤にして

  起きあがった。

  「えっ嘘!!」

  「何のゴマ?」

  「…起きたか」

  三人にそれぞれ声を掛けられ、一瞬どこに居るのかわからない様子の青島だったが、室井

  を見つけると顔を真っ赤にしたまま睨む。

  「むっ、室井さん!!」

  「何だ」

  「何だ、じゃありませんよ!いきなりあんなっ……」

  言いかけて黙る。すみれや雪乃が居るためかその先を言い出せず、悔しそうに口を一文字

  引く。顔を赤らめ、うっすらと瞳が潤んで悔しそうな表情を浮かべる青島の様子に、先程の

  面白くない気分がすっかり晴れていた。

  (可愛いな)

  声には出さないが満足げに青島を見つめ、そう思う。 

  アンタと年齢がそう変わらない男に対する表現か、とすみれに突っ込まれそうだ。

  青島にしてみれば、その表情が自分をいたたまれなくしてしまうので、居心地がたいへん

  よろしくない。後で絶対にすみれや雪乃にからかわれた後、食事接待にご招待(強制?脅迫?)

  しなければならなくなるから。

  むすっと膨れている青島に

  「課長が探してたから、さっさと戻って」

  すみれは手をしっしっと振って追い立てる。

  「俺は犬か」

  「忠犬じゃないけどね」

  バリバリと苛立ちを表す様に頭を掻きながら青島が部屋へ戻ると、袴田が

  「どこ行ってたんだ!青島!室井管理官を本庁までお送りしろ!!」

  情け容赦ない言葉を投げる。

  「いや、しかし、君にはやる事があるのだろう?私は一人で帰れますから」

  報告書やら雑務やらが滞っていると聞いているので、気を遣ってやんわりと断りを入れる

  室井に対し、少しでもデスクワークは後回しにしたいのか青島は喜々として

  「わっかりました、送らせて頂きます」

  そう言って、強引に室井を部屋から押し出す。

  その後ろ姿を眺めつつ、雪乃はふと思う。

  「そういえば、室井さんの呪文って何だったんでしょう」








  部屋での袴田とのやり取りとはうってかわって、車内で青島は無言で運転していた。

  しばらく黙っていた室井だが、溜息混じりに話しかける。

  「まだ怒っているのか」

  「別に怒っていません」

  「じゃあ、何故黙っている」

  「俺だって黙って運転する時ぐらいあります」

  振り返りもせずに答えつつも、青島が拗ねている事は手に取る様にわかる。本人はポーカー

  フェイスを貫いているらしいが、どう見ても子供が膨れてムキになっている様にしか見えない。

  そんな所も可愛いんだ、と感じてしまう自分に呆れさえも感じる室井。

  「……そんなに効くとは思わなかった」

  その様子に溜息を付くと、窓を流れる景色を見ながら独り言を呟く。

  「効く?」

  「呪文」

  「っ…あれが?何でっ」

  「前にお前が好きだと言ったから試しただけだ」

  「うっ…」

  そうだけど何もあそこで、呪文て、とぶつぶつ文句を言う青島に、身を乗り出してそっと囁く。

  「俺があぎだ弁どご話しとるスところ好きだって言ってただべう?」

  俺が秋田弁を話しているところ好きだって言ってただろう?

  聞き慣れた低音の声で耳元に囁かれる秋田弁。

  耳だけでなく、体が無意識のうちに反応する。

  「ちょ、今っ。ズルイ!!」

  顔を真っ赤にして室井と距離を取り、それでも後ろを振り返らずに運転を続ける。

  「室井さん、絶対ズルイ」

  「お前が俺にそう言っただろう?……夜に」

  「………!!」








  『方言で囁かれたら何かえっちなカンジになりそう』

  『……いきなり何だ?この状況で言われたいのか?』

  『言葉責めが好きなワケじゃないです。室井さんが話すからかも』

  『俺が?誰が話しても代わらないだろう』

  『じゃあ、試しに何か話して下さいよ』

  突拍子もない青島の提案に頭を痛めつつ、しかし言うとおりにしないと拗ねられて膨れ

  られでもしたら…続きが出来なくなってしまう。

  暗い寝室で寄り添う様に寝ている青島の耳元に

  『なして欲しい?』

  どうして欲しい?

  『俺はまだおめどどご愛して』

  俺はまだお前を愛したい。

  『おめどは?』

  お前は?

  優しく注がれる言葉は何故か官能的で、青島の体を疼かせるに十分効果があった。

  『解説付きでわかり易いですけど……愛したいって』

  『……今日は朝まで愛してやる。覚悟しろ』

  暗くて見えないが恐らく顔を真っ赤にさせているであろう室井は、有無を言わさず

  青島へ覆い被さった。








  「呪文って…、だからって…あの時の台詞をまんま言わなくても」

  「しかし、起きられたじゃないか」

  「…反省してませんね」

  本庁に辿り着き車を駐車場へ静かに止めると、ようやく室井へ振り返る。

  やはり顔は真っ赤なまま。

  「反省するのは君だろう。職務怠慢だったんだから」

  「なっ」

  プライベートから仕事モードに切り替わった室井はドアを開け降りた。

  すぐには離れず、開けたドア越しに青島へ向かって

  「今日はおめどの所へいぐ」

  今日はお前の所へ行く。

  そう言い残してからドアを閉め、青島を振り返らずに本庁へと戻っていった。

  残された青島は

  「どうしよ…呪文効いてる……」

  ハンドルに体を傾け、くそ〜、エロ官僚!!と雑言を投げながら撃沈していた。

  少し熱くなった体と感情が立ち直るまでには、まだ時間が掛かりそうだ。

  残していった仕事はいつになったら終えられるのだろうか。

  「最後の最後までズルイよ……」








  青島が本庁の駐車場で撃沈していたその頃、

  「青島君、まだ帰ってこないの!?」

  袴田の怒りと悲しい叫びが湾岸署で響いていたそうだ。










END


e-na様から頂いてしまいました!
起きられない青島君と、秋田弁で言葉責めする室井さんです!(違)
室井さんの喋る方言が好きだという青島君に、この愛ある仕打ちですよっ。
もう、室井さんってば、ノリノリなんだから!(ノリノリなのはお前だ)

寝起きの悪い青島君って、本当に可愛いですよね〜。
方言を話す室井さんも大好きです。
方言で言葉責め(だから違うって)する室井さんというのは新鮮でしたが(笑)、
ラブラブな二人が見られて嬉しかったです!

e-na様、この度は有り難う御座いました!