「手の掛かる弟」
「あんちゃんっ!」
警視庁捜査一課。
犯罪捜査の聖域と呼ばれるその部署に一人の男が室井に向って突進して来た。
警視庁には相応しからぬラフな格好で平然と乗り込み、キャリアであり管理官でもある
室井を捕まえて“あんちゃん”呼ばわり出来るのは警視庁広しと言えどもこの男くらいの
ものだろう。
新宿北署の工藤刑事、青島とはまた別の意味で警視庁の名物刑事だった。
恐ろしく真剣な表情で自分に向って来る工藤を見て室井の眉間には深々と皺が刻まれた。
「工藤君、今更呼び方をどうこう言わないが場所と時間は弁えてくれ」
「あ?んなこたどうでもいいんだよ」
「・・・・・」
「それよりアンタ、あいつにどういう教育してんだ?」
「・・・あいつとは青島の事か?」
「他に誰がいるよ?」
当然とばかりに言う工藤に溜息が漏れる。
「青島がどうした?」
「アンタ、俺があいつに北京語を教えてんの知ってっか?」
「ああ、聞いているがそれが何だ?」
「あいつ俺が迎えに行くから駅で待ってろって何度言ってもウチの署まで一人で
歩いて来やがんだぜ?」
「それのどこが問題なんだ?青島だって子供じゃないんだから自力で行くだろう。
ましてや青島は君に教えを請うている立場だ」
生真面目な口調で正論を述べる室井に工藤は呆れたと言わんばかりの表情を隠そう
しなかった。
「アンタまで何言ってんだよ?まさか本当に分かってないのか?」
「何がだ?」
心底不思議そうに聞く室井の隣で一倉の笑い声が響く。
一倉はそれまで室井と工藤の遣り取りを面白そうに聞いていたのだが室井の余りの察し
の悪さに思わず吹き出してしまったのだ。
「一倉・・・」
「いや、悪い・・・」
「言いたい事がありそうだな」
「室井、新宿北署の所在地はどこだ?」
一倉の、微妙に肩を震わせての言葉は今ひとつピンと来なかった室井だったが律儀に
答える。
「どこって、新宿の・・・・・!」
言っている間にやっと気付いたのか一気に青褪める室井。
「やっと気付きやがったか」
「実害はないんだろう?」
固まったままの室井に代わって一倉が工藤に確認する。
「まあ、今のところはな」
それを聞いて漸く室井も顔色を取り戻したようだ。
見ればあからさまにほっとしている。
「そうか・・・」
「あ〜、だがナンパは毎回されてるな」
「なにぃ!?」
「最低でも3人には声掛けられてるようだぜ?それに中には強引なのもいるからよ、
あんまり安心しねぇほうがいいんじゃねえ?」
「・・・まったく・・・・」
「アンタもなぁ、頼むからもちっとアイツを上手く管理してくれよ」
「君はそう言うがな、あいつは自分で自分の事がまるで分かってないからな。
自覚がないものをどう言い聞かせろと?」
「アンタ、そんな暢気な事言ってていいのかよ?どこぞでアイツが喰われちまっても
俺ぁ責任取れねえぜ?」
「っ!」
「兎に角!忠告はしたからな。何とかしてくれよ!」
言うべき事を言い終わった工藤は居心地の悪い場所に長居は無用とばかりに一課を
出て行く。
後に残された室井は青島を取り巻く状況に重い溜息を吐き出し肩を落とした。
「ご愁傷様」
そんな室井の肩をポンと叩き一倉はニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「他人事だと思いやがって・・・・」
「他人事だろう」
凄く楽しそうな一倉の顔を見ながら何が何でも青島には自覚を持たせようと決意する
室井であった。
一課を後にした工藤は入り口付近のホールで青島とバッタリ出会った。
青島は工藤を見つけると嬉しそうに駆け寄って来る。
「あれぇ、工藤さん?」
「おお、偶然だな」
「珍しいですね?工藤さんが本店に来るなんて」
「ああ、あんちゃんに話があって、ちょっとな」
「室井さん?今、一課にいるんですか?」
「おお」
「そっかぁ」
会えるとは思っていなかったのだろう。青島の表情が嬉しそうに輝く。
「ああ、そうだ。あんちゃんに言っといたからな」
「何を?」
「お前が俺の言いつけをちっとも守らなねえから困ってるってな」
「言いつけって・・・」
「あんちゃんの小言、覚悟しとくんだな」
「む―――」
「んだよ?」
「もう、室井さんって無駄に心配性なんだからあんまり変な事言わないで
下さいよ」
「変な事じゃねえし、あんちゃんの心配はちっとも無駄じゃねえよ」
「何でですかぁ?」
「だから、お前はもちっと自覚を持てって言ってんだろ?
今まで何回ナンパされたよ?」
工藤に頭をグリグリと掻き回されて青島はその手から逃れようともがく。
しかし工藤は更に青島の頭を抱え込んで言い聞かせた。
「いいか。お前はその手の奴らにモテんだよ。中にはお前が刑事だってお構いなしに
強行に及ぶやからもいるって事忘れんじゃねえよ」
「う―――」
「いいな」
「うぁい・・・」
「なんだぁ?その返事ぁよ」
「はい!分かりました」
「よし。じゃ、あんちゃんとこ行きな。早くしねぇといなくなっちまうかもだぜ?」
「あい」
漸く青島を解放して送り出す。
青島は慌てて乱れた髪を手櫛で整えてエレベーターホールの方へ走って行った。
その後姿を見送って工藤は溜息を吐く。
「ホントに分かってんのかねぇ・・・」
首を振って踵を返したところでもう一人の顔馴染みが工藤を見ながらニヤニヤと笑って
いる事に気が付いた。
「よお、久し振りじゃねぇか」
「ど―も・・・」
「しっかし、相変わらず本庁に来る格好じゃねえなぁお前」
「アンタにだきゃ言われたくねぇよ。木島サン」
「俺はいいんだよ。コレでここに馴染んでんだからよ」
「どういう理屈だよ」
工藤は目の前の、カーゴパンツにドカジャンという出で立ちの先輩を見て呟いた。
この木島と言う刑事はこれでもSITの人間で階級も警視だという。
だが工藤がこの木島を尊敬しているのも事実だった。
「おう、ところで今お前が話してたのってもしかして?」
「ああ、湾岸署の青島だよ」
「ほう・・アレがねぇ・・・・」
木島の言葉には“あんなガキみたいなのが”という響きが隠されていたのを工藤は
敏感に感じ取っていた。
「言っとくが木島サン、アイツぁあれでも四十手前だぜ?」
「はぁ!?アレでか?まるっきりガキにしか見えねえぞ。おい!」
「アンタだって例のおぼっちゃんから聞いてんだろうが。今更なに言ってんだよ」
「・・・台場でガキ共から若さ吸い取ってんじゃねえかアイツ?」
「あのなぁ・・・・」
「ま、いいや。今度一緒に飲もうって言っといてくれ」
「あいよ。じゃ、な。俺も忙しい身なんでな」
「おう、じゃあな」
警視庁舎内で異様に目立つ二人はホールのど真ん中で人目をまったく気にせずに話して
いたのだが工藤が木島の相棒である浅尾の姿を見つけたのをきっかけに話を切り上げる。
工藤は軽く手を上げて庁舎を出て行った。
それから数日後。工藤は馴染みの居酒屋で青島と飲んでいた。
珍しく青島の方から誘いがあったのだ。
「・・・で?何があったって?」
工藤が些か持て余したように呟くのも無理はない。
目の前の青島はこれまた珍しく不機嫌全開なのだ。工藤の前で青島が不機嫌な様子を
見せるのは初めての事だった。
「・・・だから、今度の非番、室井さんに急用が入ってダメになったんです」
「仕事だろ?しゃあねぇだろうが」
「接待ゴルフだもん・・・」
「それだって仕事だろう?」
「そりゃ・・・」
「だったらそんな拗ねてんじゃねぇよ」
口を尖らせて唸っている青島の頭を宥めるように撫でる様はまるで聞き分けのない弟を
窘める兄のようだった。
「だって・・・」
「だって、なんだ?」
「三ヶ月ぶりなんですよ?非番が合うのって・・・・」
「あ?お前等、三ヶ月も会ってなかったのかよ?」
三ヶ月振りという青島の言葉に流石に呆れる。
「全然会わなかったわけじゃないけど・・・」
「メシ喰って酒飲んで、じゃサヨナラってやつか?」
工藤の言葉に青島の頭がコクリと下がる。
その様子と青島と室井を取り巻く状況に流石に気の毒になった工藤は仕方ないなと苦笑
して青島に手を延ばした。
「あ〜そりゃ切ないなぁ・・・ホレ、こっちきな」
言って青島を自分の隣に呼び寄せる。
青島は素直に隣にやって来て工藤の肩に額を押し付ける格好で擦り寄った。
「まあ、役者が不足だろうが今日のところは俺で我慢しときな」
しがみ付かれているのと逆の手で青島の柔らかな髪を撫でて慰める。
「室井さんじゃないのは寂しいけど工藤さんは役者不足じゃないです」
「お〜可愛い事言ってくれるねぇ」
「でも、寂しいぃ〜〜」
「あ〜、ハイハイ。今日のところは甘やかせてやっからよ存分に泣き言ぶちまけな」
「う〜〜」
酒が入って完全に子供帰りしている青島にひたすら苦笑する工藤。
男気があり面倒見の良い工藤にとってこうやって慕われるのは自分で思っている以上に
気分が良いものだった。
と、その時、丁度店に入ってきた人物とばっちり目が合ってしまった。
しまった、と思ってももう遅い。
その人物は面白そうに工藤達のいる座敷に近寄って来た。
「よお工藤、えらいモンひっつけてんじゃねぇか?」
「よりにもよって何だってこんな時にアンタが来るんだよ?え?木島サンよ」
「あ?何か文句でもあんのか?」
「こういう時は見てみぬ振りするのがイイ男ってもんだろうが」
「見てみぬ振りをするには俺の無邪気な好奇心が黙ってなかったのよ」
「何が無邪気だ。邪気の塊のくせしやがって」
工藤と木島の遣り取りを青島は工藤にしがみ付いた格好のまま聞いていた。
一度顔を上げるタイミングを逃してしまったものだからどう対応すればいいか分からなく
なってしまったのだ。
「どうしたんだ、ソレ?」
「ちょっとな・・・」
「例の青島だろ?おい、ちょっと顔みせろよ」
「アンタにゃデリカシーってもんがねえのかよ?」
「んだと?」
勝手に座敷に上がりこんだ木島が工藤に詰め寄ろうとしたタイミングで青島が工藤から
離れ決まり悪そうな表情で木島に向って頭を下げる。
「あ、あの・・初めまして湾岸署の青島です。噂は真下から良く聞いてます」
「おう、俺も真下からお前の事は嫌って程聞かされてるぜ。宜しくな」
「はい。こちらこそ宜しくお願いします」
「ふ〜ん、コレが青島ねぇ・・・」
「な・・んですか・・・?」
真正面からまじまじと見詰められて一瞬たじろぐが目は逸らさない。
木島は自分の眼力から視線を逸らさない青島が気に入ったようで表情を和らげた。
「確かに室井が気に入りそうな奴だな」
納得したような木島のから室井の名前が出て青島の表情がほんの少し翳った。
「あ?」
その事に木島が気付いた瞬間に工藤が青島の頭を抱え込み表情を隠してくれる。
「今日はあんちゃんの話題はNGだ」
「喧嘩でもしたのか?」
「ま、そんなとこだ」
「そうか。おう、青島。そんな時にはゲン直しだ!飲むぞ!」
「へ?」
「いいからホレ」
ニっと笑って銚子を差し出す木島に工藤が苦笑して青島を促した。
木島なりの気遣いを受けて青島も普段の表情を取り戻し酒を受ける。
後はもうなし崩しだった。
勧められるままに杯を重ね気が付いた時には許容量を超えてしまっていた。
工藤は潰れて自分の膝を枕にしている青島を見詰めた。
工藤のジャケットの裾を掴んでいる様子が何だか子供のようで思わず笑みが浮ぶ。
「何だ、随分可愛がっているじゃねぇか」
「実際可愛いぜ?」
「ま、そんだけ真っ直ぐに慕われりゃな」
「羨ましいかよ?」
「バカ言ってんじゃねえよ。それよりどうすんだ?ソイツ」
「ああ、担当者呼ぶから心配いらねぇさ」
「担当者って室井か?」
「他に誰がいるよ」
「あ〜・・・ナルホド」
「納得か?」
「納得だ」
そうして数十分後。慌てて恋人を引き取りにやって来た室井を巻き込み奇妙な面子での
酒盛りは閉店時間まで続くのだった。
END
あさこさんのサイトの10000HIT記念小説です!
フリーでしたので、お言葉に甘えまして頂いて参りました(^^)
あさこさん、素敵な小説を有難う御座いました。
そして、おめでとう御座います!
私、あさこさんの描かれる工藤さんが大好きなのです。
このお話のタイトルどおり、青島君のお兄ちゃんみたいにいてくれたら嬉しいなぁと。
本編での絡みは一切ないのですけどね・・・妄想はつきません;
そして、妄想を満たしてくれるあさこさんには大感謝です!
青島君をそんな危険なところに野放しにしちゃダメだよ!室井さん!(笑)
いや、室井さんが悪いんじゃないですけどね〜(^^;
室井さんは益々工藤さんに頭が上がらなくなると良いです。
そして、青島君に懐かれまくる工藤さんに、嫉妬の嵐になれば良いと思います♪(酷)