電話に出た途端誘拐犯にそう言われて、室井は眉間に皺を寄せた。
携帯のディスプレイには「一倉」と出ている。
携帯の向こうが騒がしいので、どこかの飲み屋にいるらしかった。
「用事はそれだけか?電話を切るぞ」
『嘘だと思ってるんだな?』
「お前の暇つぶしに付き合ってられるか」
『嫌でも付き合ってもらうぞ』
何やら自信満々に言われて、室井はまさかと思った。
電話の向こうで一倉が電話を誰かに渡している。
『・・・・・・すいません。拉致られちゃいました〜』
青島の声に室井は目を剥いた。
本当に一倉と一緒にいるらしい。
「青島?今どこだ」
『人質の無事は確認できたか?』
返って来たのは一倉の声で、室井は痛む頭を抱えた。
「お前、一体何をしてるんだ」
『心配するな。指一本触れてないから』
「当たり前だ。触っただけで無期懲役にするぞ」
無茶を言う室井に、一倉は声を立てて笑った。
恐らく作戦の成功を喜んでいるのだろう。
『いつもの居酒屋で待ってるぞ30分で来ないと人質の身の安全はないと思え』
室井は溜息を吐いて、コートを掴んだ。
(22)
「・・・・・・」
「・・・ン・・・」
「・・・青島」
「・・・・・・はい?」
「煙草、変えたのか?」
「・・・・・・何すか、いきなり」
「いや・・・」
「試供品、貰ったんですよ。アメスピの買い置き切らしちゃってたから、代わりに吸ってたんです」
「ああ・・・なるほど」
「ていうか、今更ですよ。今日はずっと違うの吸ってたのに」
「・・・・・・今キスして気がついたんだ」
「・・・・・・匂いじゃなくて、味で覚えてるんですか?」
「そうなるな。君に慣らされたんだ」
「人聞き悪い。室井さんが勝手に覚えたんでしょ?」
「それこそ、人聞きが悪い」
「んじゃ、共同作業ってことで」
「・・・・・・(それならいいか)」
「それより、室井さん」
「ん?」
「続き、しません?」
「もちろん」
(23)
微かな物音に、室井は重たい瞼を持ち上げた。
寝起きで頭がはっきりしないが、すぐに隣に寝ていたはずの青島がいないことに気が付く。
耳をすますと、パタンとドアが閉まる音がした。
それから、パタパタと素足で歩く足音。
少しすると寝室のドアが開いて、青島が姿を現した。
「寒、寒・・・」
小さく漏らしながら戻ってきた青島は、室井が起きていることに気が付くと微笑んだ。
「おはようございます。あ、起こしちゃいました?」
「おはよう・・・・・・いや、大丈夫だ」
現にこうして起きているのだからだ「大丈夫」という返事もおかしな話だが、
寝ぼけ気味な室井はそれに気が付かなかった。
青島は苦笑して、ベッドにもぐりこんでくる。
「トイレに起きたんですけど、今日凄い冷え込んでますよ」
「そうか・・・」
「ほら」
そう言われて、室井が「ん?」と思っているうちに、
青島が足の裏を室井の脛にペタリとくっつけてきた。
フローリングを素足で歩いているうちに冷えたのだろう。
かなりの冷たさに室井が一瞬息を飲み込むと、青島が可笑しそうに笑った。
「目、覚めるでしょ?」
イタズラが成功した子供のような目をしている青島に、室井は苦笑した。
そして、腕を伸ばして青島の体を抱きこむ。
「ああ、目が覚めた」
「室井さん?」
「折角の休みなんだ。二度寝しよう」
「目、覚めたんじゃなかったの?」
「だからもう一度寝るんだ。改めて」
結局あまり目は覚めていないらしい。
室井は青島を抱きしめたまま目を閉じる。
「・・・なるほど」
青島は笑いながら、室井の背を抱き返した。
「室井さん」
「・・・ん?」
「起きたらキスしましょうね」
「・・・・・・ん」
それなら、今すぐにでも。
そう思いながら、室井は再び眠りに落ちた。
(24)
「子供が出来ました」
「誰に?」
「俺に、です」
「・・・君に子供!?・・・浮気したのか・・・」
「なっ・・・酷いですよっ、室井さんっ!」
「は?」
「室井さんの子に、決まってるじゃないか!」
「!!??」
「俺、アンタとしか寝てないのに・・・っ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。妊娠したのは、誰だ?」
「・・・?だから、俺だって言ってるじゃないですか」
「!!!???」
「迷惑ですよね・・・やっぱり」
「はっ?い、いやいや迷惑とか、そういう話じゃなくて・・・男の君がどうして妊娠なんて出来るんだ?」
「何時代錯誤なこと言ってるんですか。今は男も子供を生む時代ですよ」
「そう、だったか?」
「そうです」
「そうか・・・随分進歩してるんだな」
「・・・・・・そうですよね。俺と室井さんじゃ身分が違うし、俺なんか嫁に貰ってくれるはずないですよね」
「バカなこと言うな!」
「・・・室井さん?」
「嫁に貰っていいのか?」
「貰ってくれるの?」
「返せといわれても返さない」
「室井さん・・・嬉しいです・・・」
「三人で幸せになろう」
「はいっ」
ひしっと青島を抱きしめたところで、室井は目を覚ました。
そして、全力で脱力する。
―なんていう夢を見てるんだ、俺は・・・。
男の青島が妊娠するわけもない。
「・・・一体、どんな時代だ」
今更ながら、夢の中の青島の台詞に突っ込みをいれる。
隣をちらりと見れば、青島が気持ち良さそうに熟睡していた。
思わず青島の腹に手を伸ばしそうになって、室井は慌てて手を止める。
自分に呆れながら苦笑して、腹に触れる代わりに青島を抱きしめた。
目が覚めたら青島に夢の話をしよう。
そう思いながら目を閉じた。
笑うか怒るか呆れるか。
青島の色んな表情を想像しながら、室井は再び眠りに落ちた。
これで、全部です。
お付き合いくださいまして、ありがとうございました!