「はい?」
「何してるんだ?挟み片手に自分の手なんか見つめて」
「いや」
「ん?」
「鋏で爪って切れると思います?」
「・・・青島」
「はい?」
「まさかとは思うが、その鋏で自分の爪を切るつもりなのか?」
「やっぱり、無理ですかね」
「・・・・・・可能不可能で言えば、可能だろう。だが、爪どころか肉まで切るぞ」
「それはヤだなぁ」
「青島」
「いや、爪切りが見当たらなくって。
わざわざ買いに行くのも面倒くさいし、鋏で切れないもんかなーと」
「・・・・・・・・・はぁ」
「なんすか、その溜息は」
「ちょっと、待ってろ」
「はい?」
「買って来てやるから、待ってろ」
「ええ?あ、じゃあ、俺も行きます!」
「・・・・・・・・・・・・そうか」
じゃあ、最初から自分で買いに行け。
とは言わない室井。
一緒に外出するのがちょっと嬉しいだなんて思ったことは、秘密である。
(17)
「青島」
「イヤですよ」
「・・・なんで」
「暑いから」
「・・・・・・仕方ないだろう。夏なんだから」
「ええ。仕方ないですよね。だから、室井さんも我慢してください」
「クーラーがあるだろう」
「肌が接触するだけで、暑い」
「・・・・・・・・・もう一月も触れてない」
「・・・そうですけど」
「君はしたくないのか?」
「いや、そうでもないですけど」
「じゃあ」
「暑いから、イヤです」
「・・・・・・・・・窓開け」
「大却下」
「・・・・・・・・・・・・風呂場でしよう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・(普段シャイなのに、
こういうときだけどうしていつもいつもいつも)」
バカなことで苦悩するキャリアが悲しくも愛しい青島が頷くまで後ちょっと。
(18)
「あああ、今日は事件起こらないでくれないかなぁ」
席にぐったりしながらぼやく青島。
それを眺めていたすみれが肩を竦める。
「なあに、ばかなこと言ってるの。そんな願いが通じたことが今まであった?」
「ないけどさぁ。こう暑いとさぁ。署から一歩も出たなくないんだよねぇ」
間延びした青島の声に、すみれは呆れて苦笑する。
確かに暑い、今日の最高気温は34度だと言っていたが、体感温度はそれ以上である。
青島じゃなくても、こんな日は外に一歩も出たくない。
「青島君」
刑事課に入ってきた袴田に声を掛けられて、青島は嫌そうな顔をした。
何か用事を言いつけられるに決まっているからだ。
「暇そうだね」
「いや、ほら、昨日の報告書を・・・」
「室井管理官、本店お帰りになるから、車出して」
青島の表情が目に見えて変わるのが、すみれにははっきりと分かった。
「室井さん、来てたんですか?」
すみれが尋ねると、袴田が頷いた。
「そう。署長のとこに真っ直ぐ行ってたみたいでね。ほら、青島君」
袴田が促すと、青島は立ち上がった。
先ほど外に出たくないとぼやいていた人物と同一人物とは思えない。
満面の笑顔で。
「はい、よろこんで〜」
締まりのない笑顔で、さっさと刑事課を出て行く。
あの様子なら、しばらく会っていなかったのかもしれない。
すみれは苦笑した。
「・・・どうしたのよ、青島君。悪いものでも食べた?」
笑顔が不気味だったのか、袴田がすみれに擦り寄って尋ねてくる。
「青島君は、いつもああです」
「ああ・・・なるほど」
(19)
「室井さん」
「なんだ?」
「どの子が好みですか?」
「どの子って?」
「ん、この雑誌、ちょっと見てくださいよ」
「・・・・・・・・・アイドルか?」
「知らないんですか?室井さん。しょっちゅうテレビに出てますよ、この子たち」
「見たことがあるような無いような」
「(ぷ)室井さんらしいなぁ」
「(ムッ)どういう意味だ」
「悪い意味じゃないですって!ほら。眉間、寄ってますよ」
「わ、分かったから、皺を伸ばすな!」
「で、どの子が好みですか?」
「君は」
「俺?んー・・・・・・・・・・・・この子、かなぁ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・こっちが恥ずかしいから、アイドルに妬かないでくださいよ」
「別に」
「そうですか、それなら良かった。んで?室井さんは?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「(妬くなって言った手前、文句も言えないけどさぁ)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「(そんな真剣に悩まれると、それはそれで傷つくんだけどなぁ・・・)」
「・・・・・・・・・・このひと」
「あ、れ。ちょっと意外です。どの変が好み?」
「髪が短くて、肌が浅黒い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そこだけだ」
「・・・まさかと思いますけど」
「そこだけ、君と似てる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「消去法だな」
「・・・そうですか」
(20)
「すみれさん」
青島が困ったような声をあげると、青島の首に両腕を絡めていたすみれが耳元で囁く。
「仕方ないでしょ、被疑者に感づかれたら困るもん」
私だって抱きつくなら青島君よりキムタクの方が良いなどと言われては、青島も苦笑するしかない。
軽く支える程度にすみれの背に手を当てる。
この体勢なら恋人がいちゃついているようにしか見えないはずだ。
ここ数日で何件か、この公園内でカップルを狙った暴行事件が起きている。
それで張り込みをしているのだが、男女がぼうっと突っ立っているだけでは、いくら暗いとはいえ怪しいことこの上ない。
そんなわけでちょっとしたカップルの真似事をしているわけだが。
囁きあっている言葉は禄でもなかったり。
「だいだい、こんなとこでいちゃいちゃしてる方も悪いのよ」
「すみれさん、それ僻み?」
余計な一言で、すみれが青島の足を踏みつけてくれる。
「いっ・・・。ごめん、ごめんって」
「公共の公園だっていうのに」
「そりゃあ、まあ、そうだけど。だからって暴行犯が許されるわけないし」
「それはもちろんだけど。暴行犯は許せないけど」
だけどさぁと、ぼやくすみれの気持ちは良く分かる。
こんな時間に現れるかどうかも分からない犯人を、カップルだらけの公園で張り込まされるなんて嬉しくない。
暴行犯どころか、カップルにさえ八つ当たりしたくもなるというものだ。
「まさか」
「ん?」
「青島君も室井さんとこんなとこでいちゃいちゃしてるんじゃないでしょうね」
耳元でとんでもないことを囁かれて、青島は引きつった。
「ま、まさか。するわけないでしょ」
「動揺するところが怪しい・・・」
「あの人が、外で、そんなこと、できると思う?」
「・・・そうだった。そういう甲斐性だけは無かったわね。室井さん」
褒めているのか貶しているのか微妙な評価だったが、青島はそれ以上何も言わなかった。