■ ラムネ
日もすっかり落ちたのに、まだまだ暑い。
青島はうんざりしながら、隣を歩く室井を見た。
「室井さん、暑くないんですか?」
「暑いに決まってるだろう」
何を聞く、と方眉を持ち上げる室井。
青島はへらっと笑った。
「だって、何か涼しそう」
心頭滅却すればとか何とか言い出しそうだと思ったが、さすがにそれは黙っておいた。
室井だって暑いのだろうが、青島みたいにあまりぼやかないため、涼しそうに見える。
「もう夏なんだな…」
室井は溜息を吐いて、呟いた。
もしかしたら自分より室井の方が堪えているのかな、と青島は思った。
ぼやかないだけで、夏が得意ではないようだからだ。
秋田生まれなのだから、当然といえば当然であるが。
溜息を吐く室井の横顔を見ていた青島は、視界の隅に懐かしいものを捉えた。
そして、思い立つ。
「室井さん、ちょっと待っててください」
そう言うなり、室井の返事も聞かずに走り出した。
驚いた室井に名前を呼ばれるのを、背中で聞きながら。
「お待たせしました」
暑い暑いと言っていたくせにダッシュで戻ってきた青島は、両手に透明なビンを握っていた。
ラムネだ。
目を丸くした室井に、一本差し出す。
「これは…」
「何か懐かしくないです?」
どうやら、これを買いに行っていたらしい。
「確かに、子供の頃以来だな」
「そこのお店のね、張り紙が見えたから。気分的にちょっとだけ涼しげでしょ?」
ラムネ一本飲んだところで涼しくなるわけではない。
ないが、炭酸の泡が見える透明な瓶とビー玉は、確かにちょっとだけ涼しげだ。
「ありがとう」
150円のラムネ一本に律儀に礼を寄こす室井に、青島は微笑んで首を振った。
室井が口をつけるのを待ってから、自分も口に運ぶ。
サイダーの甘みが口に広がり、唇にビー玉が触れた。
懐かしい味と感触。
言ってしまえば、ただのサイダーだ。
特別美味しいものでもないが、これも気分的なものだろう。
暑い中でよく冷えたラムネは何だか美味しく感じられた。
室井が美味いと呟いてくれたので、青島はそれだけでちょっと嬉しくなった。
「子供の頃、中のビー玉欲しくなりませんでした?」
「ああ、なんとか取り出そうとしたっけな」
「俺、叩き割って、親に怒られたことありましたよ」
「君らしいというか何というか」
「室井さんはどうしました?」
「しばらくは取り出そうと努力したと思うが、不可能だと悟ると諦めた覚えがある」
「それも、室井さんらしいなぁ」
「そうか?」
室井は青島を見つめて、微笑した。
「今なら叩き割ってでも、取り出すと思うけどな」
青島は目を丸くする。
室井が口にしたのはきっと、ラムネのビー玉の話じゃない。
「本当に欲しいものは、どんなことをしてでも必ず手に入れる。君に教わったことだ」
清々しく微笑む室井に、一瞬見とれる。
『本当に欲しいもの』
それが自分のことだったと青島が気付くのには、もう少し時間が掛かりそうだ。
END
2004.7.2
あとがき
ラムネの瓶のフォルムって素敵じゃないですか?
可愛いなぁと思います。
味は特別美味しいわけじゃないと思うのですが(笑)
懐かしい気分がするせいか、なんだか好きです。
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